参 吾らが女王
ツキナ女王を拝謁しに来た人々は、その美しさに心を打たれて、あれで「男」であると言う事実を聞いて、自分の中にある「もの」が確実に捻じ曲がる音を聞いていた。他所の「クニ」からも大勢の民がその姿を1度は見たいと言う人々が押しかけていた。
その護衛と「クニ」の守護職の乙女、アマノの存在もまた、ツキナ女王のカリスマを押し上げていた。アマノは、髪の毛を左右に結って伸ばした妙ちくりんな髪型で、整った容姿をしていたが、鋭い三白眼で全部台無しにしているが、本人は全く意に介していない。それでいて、戦には滅法強いのだ。剣を持たせれば、こいつに敵う奴は居ない。現に元居たと言う西の「クニ」では、戦の展開を引っくり返したと言う噂もある。
こうなると、面白くないのは、隣接する他の「クニ」である。ツキナ女王の人気があがり、民の心をガッツリ掴んでいる中で、他の「クニ」の首長への人気が落ちているのは、何とも面白くない。このままでは、自分達を放って置いて、ツキナ女王の「クニ」に移民してしまうかも知れない。現に、そう言う話が囁かされ始めていた。
これ以上、人気が上がる前に討つべし。あるいは、こちらに「味方」として、「属領」として吸収合併するか。そのどちらかである。
ツキナ女王は、「クニ」の民達を集めて、この事態を如何するべきか、話し合っていた。アマノは、ツキナ女王の傍に居ながら、あえて一言も発しない。アマノはあくまでもツキナ女王の守護職。指導者に対して求められても居ない発言をするつもりは無い。
「戦うべきか。あるいは吸収合併されるべきか」
そのどちらかしかない。別に悪い二択では無い。むしろ、この程度の二択はよくある話であった。この倭国にて100以上の「クニ」では、「クニ」が滅びるのも吸収合併されるのも、何なら新しく「クニ」が出来るのも珍しい話ではない。
最初は、発言がそんなに出てこなかったが、1人の民の言葉が、全てを決していた。
「俺達の女王は、誰にも渡さねぇ。もうツキナを不幸にさせるのは嫌だ」
これに次いで、民達は続々と声をあげていた。流れは、完全に「徹底抗戦」の方向に向かっていた。アマノは、その場の結論をこの一言で纏めて叫ぶ。
「私達の女王が欲しければ、奪って来いと言うしかないわね。私が居る限り、そんな事はさせない!」
アマノは拳を突き上げる。その場に居た民達も、これに倣って皆拳を天に突き上げる。となれば、戦の準備だ。鎧と剣を大急ぎで揃える。足りなければ、他の「クニ」の市で調達してくる。
近々、ツキナ女王の「クニ」が戦を始めるらしい。その噂は、近隣の「クニ」に広がっていた。俺達のツキナ女王が欲しければ、力で奪ってこい。こちらも全力で戦ってやる。そんな強気の態度が、他の「クニ」の戦意を刺激していた。
近隣の1つの「クニ」が、最初に挙兵していた。規模はツキナ女王の「クニ」と同程度、兵達の数も質も同程度、完全に互角である。
「聞けば、あの「クニ」の守護職は乙女だと言うでは無いか。乙女に戦が出来るのか。今ある噂だって、単なる噂に過ぎんよ」
その「クニ」の首長は、自ら兵を率いて、ツキナ女王の「クニ」へと攻め込んでいった。
何処の「クニ」にも、必ず1つは建っている櫓から、叫び声が聞こえる。
「隣の「クニ」の兵が来るぞぉっ!」
大急ぎで、畑や田んぼで仕事をしていた男女の内、男達は急ぎ準備する。鎧を着て、銅剣を手にする。柵に囲まれた領土の外へと出ると、平地でもって「決戦」である。領土内にて防御に回るべきだとする意見もあったが、アマノはこれを一蹴。堂々と前方から打って出るべし。彼女はそう言って、敵が迫ってくる平地にて陣を敷いた。
相対する2つの「クニ」の兵達。アマノは最終的な確認を行う。
「帰るのならば今の内よ!」
「女王を抱くまで退けんなぁっ!」
「後悔するなよ」
互いに宣戦布告を済ませると、お互いの兵が真っ正面からぶつかり合う。相手は首長が後でドッシリと護衛を伴って構えている。アマノは、1人も護衛を立てない中で、1人、じっと戦場を見つめる。双方合わせて100人程度の男達が、銅剣でお互いの身体を打ち合いながら、汗を流して、血を流している。
その戦場の中を、アマノはじぃっと見つめる。そして、斃すべき相手を見出す。後でドッシリと構えている、あの男だ。あいつを討てば、それで終わりだ。
銅剣を抜いて、まるで狼の如く走り出す。混乱している戦場の中に紛れ込んで、その中を駆け抜けて、互角な戦況の中で安心しきっている敵の首長の顔面に銅剣を叩き付ける。色々なものが砕けて、潰れて、飛び散る音が聞こえる。
敵の首長を一撃で斃してしまうと、アマノは来た時と同じくらいの速さで元居た場所へと、戦場に紛れ込みながら駆け抜けていく。そして、血で汚れた銅剣をブンッと振って払う。付いていた血と脂が、平地の草に赤いまだら模様を描く。
あっと言う間に首長が斃された敵は、混乱して退いていく。持っていた銅剣を捨てて、所々割れている鎧を身につけたまま、逃げ出していった。
正に、合理主義のみで出来上がった戦法であった。討つべき相手を正確に見抜いて、必要最低限の攻撃で相手の最重要人物を討つ。理解は出来るが、実際にやれと言われると、なかなか出来るものではない。そこまで冷静に、そして冷酷に判断して行動出来るものではない。
ツキナ女王の「クニ」が、初めての戦に勝った。敵の「クニ」は首長を殺されて無惨に敗退した。この話もまた、あっと言う間に広がっていった。敗れた「クニ」は、使者を送って、降伏の旨を伝え、ツキナ女王の「クニ」はより大きくなっていた。
戦の具体的な流れも、次々と広がっていった。アマノの戦い方、今風で言うと究極の一撃離脱、もしくは「斬首作戦」は、アマノにしか出来ない戦法として、他の「クニ」は恐れ戦いた。
こうなると、もう他の首長は呑気に構える事は出来ない。このまま戦の度に領地を広げていったら、100以上の「クニ」が1つに纏まってしまうだろう。それがツキナ女王の「クニ」となるのかどうかは、これから立ち回り次第だ。
アマノは、銅剣で素振りをしながら、新しく手に入れた領地にて、他の兵達と共に調練に勤しんでいた。今後は争いが増える。アマノはそう踏んでいた。あの一戦での勝利は、良くも悪くも誇張されて広まっている。自分達の女王は、自分達で守るのだ。アマノは、ツキナと交わした約束を最後まで守り切るつもりであった。




