弐 新しい魔術
ツキナは、確かにこの「クニ」の首長の長男だ。ゆくゆくは、父の座を継ぐ筈なのだが、ツキナの父親は前の首長と1つの交換条件をもって、今の地位を得ていたのだ。長男を慰み者として譲り渡すと言うのがそれだ。
アマノは、その話を聞き終えたところで、一計を案じる事にした。ツキナは今の立場を受け入れてはいない、出来る筈が無い。他の「クニ」の隣人達は、前首長の力と「悪い癖」について、もはや諦めているらしく、ツキナを救おうとするものはいない。
それに、この「クニ」にて混乱が起これば、他の「クニ」が混乱に乗じて攻め込んでくるのは充分に有りうる。それが怖くて、誰も何も言わないのも理由としてある。
アマノは、それでも躊躇しないで、ツキナを救う為に手早く動いていた。前首長は身体がデカく、手下も多い。でも、主導者さえやってしまえば、後はもう簡単だ。ツキナの口から最終的な了解を得ると、アマノはアッサリと決意を固めて、それを実行していた。
前首長、ソツマは3人の腕っ節が良さそうな手下を引き連れて、現首長のカイマを前にして、小屋の中で米を食いながら言う。
「最近、ツキナに女が出来たらしいな。妙ちくりんな髪型をした女だ。アマノらしいな」
「あ、あのアマノが」
カイマの顔に、ソツマに対する「媚び」に代わって「恐れ」が浮かぶ。
「なんだ、カイマよ、知っているのか」
「アマノは、西の「クニ」からやってきた、戦に滅法強い乙女です。力も強く、素早く走る。ただの一撃で、互角の戦がひっくり返ったという話もあります」
「ふん、乙女に興味は無い。第1、俺に勝てる筈が無いだろう」
と言って、箸で米をかき込もうとした時、何かが小屋に駆け込んでくる。3人の手下が反応するのも遅かった。それはあまりにも早すぎた。気が付けば、ソマツの頭に銅剣の刃が叩き込まれていた。ソマツの巨軀が倒れて、米を炊いていた囲炉裏へと頭から突っ込んでいく。それでも無反応だ。と言う事は、もう死んでいる。
誰だ。やったのは。それを確認しようとした次の瞬間には、何が起きたか分からないという表情のカイマの額を、先程と同じ銅剣がかち割る。後に倒れて、ピクピクと震えた後で、一切の動きを止める。
妙ちくりんな髪型。髪の毛を頭の左右に結って伸ばした髪型。整った容姿を持ちながらも、鋭い三白眼が全てを台無しにしている女。
「アマノ、てめぇ」
「今日からここの首長は、ツキナよ。文句ある奴は今から叩き割る」
生き残った3人の手下は、既に完全にビビり倒している。もう此処まで来たら、アマノの手下になるしかない。ツキナは、骸になったソツマとカイマに対して、別に蹴りもしなければ唾も吐かず、但し一顧だにしないままに、「クニ」から少し離れた森の中に穴を掘って埋められるまで、何一つ言葉も涙も怒りも見せなかった。
今で言うところの「クーデター」は、こうしてあっさりと成功裡に終わる。
「クニ」の民達は、これに不安そうな表情を浮かべる。これは絶対に他の「クニ」にも話が広がる。この混乱の隙を突いて、倉庫に貯めた米と、これから収穫できる米を狙って、攻め込んでくる「クニ」が現れるに違いない。不安げにツキナとアマノの2人を見る民達に、ツキナは言う。
「大丈夫、アマノは強い。乙女なのに、1度に2人の男を斃した。あっと言う間だった。あれだけ強ければ、アマノが居る限り、戦になっても絶対に負けない」
ツキナはそう言うと、民に1人が答えて曰く。
「アマノに対しては、信頼できる。だが、ツキナ、お前には何が出来る。ソツマの所業と、カイマの動機は、許せるものではなかった。私もそれを止められなかった事は後悔している。でも、アマノは戦の才はあっても、首長の才はない。お前に何が出来る」
今風に言うと「正論パンチ」である。ぐらぐらと身体が揺れている気分のツキナであったが、ツキナはギリギリになって返答を捻り出す。
「じょ、女装とか」
民達は、ポカーンとした後で、身体に寒気が走る。あの前首長、とんでもない男である。無惨に死ぬのが相応しい男であった。
「男が、どうやって女になる」
「ま、魔術とかで」
「誰でも使える魔術じゃあ、意味ないぞ」
「わ、分からないじゃないか。やってみなくちゃ」
民達は、それから暫く円陣を組んで相談する。アマノが欠伸をするくらいの所で、ようやく民達はツキナに言う。
「「クニ」の娘達に、準備させよう。「少年」の「女王」なんて、あまり聞かないが、やってみようか」
そうして、ツキナは「クニ」の娘達に連れられて、首長の家に連れて行かれる。「準備」の間、先程手下にした3人の丈夫がアマノに尋ねる。
「本当に、上手くいくんでしょうかね」
「男が女の格好をして、なんか気持ち悪いですね」
「前の親分の趣味はキツかったですが、これもキツそうですな」
この意見に、アマノは一蹴する。
「もしここで上手くいかなければ、私達の謀反は失敗、良くて追放、悪くて死刑、もしかすれば戦で負けて、奴隷か死か。信じるしか無いわね」
かくして、「魔術」はこの世に存在した。そこには確かに「女王」が居た。気品と美しさ、それにアクセントの可愛さもあって、なる程、ソツマの気持ちも分からんでもないとうっかり思ってしまう場面であった。
「これからは、ツキナが私達の女王よ。戦での主導者は私よ。この「クニ」に手を出す連中は、何処の「クニ」だろうと許さない」
先程、カイマとソツマの頭を割った銅剣を抜いて、ブンッと音を立てて素振りする。民達の瞳には、一旦は消えかけていたモラール、士気が再び燃え上がり始めていた。子供を取引の道具に使う様な前首長と、その首長の子供を食い物にしていた首長よりも、この「女王」の方がやる気が出るというものだ。こんな「女王」を首長にしている「クニ」なんて、この倭国には無いだろう。
自分達で、他所の「クニ」がやっていない事をやると言うのが、此処まで燃え上がるのか。民は、ツキナ「女王」を前にして、跪いていた。今風に言うと、これは「カリスマ」とでも言える感情であった。
その「クニ」の存在は、あっと言う間に近隣の「クニ」に噂となって広がっていった。半分は驚きついでに呆れて、半分は好奇心を持ってうちもやろうかと検討していた。元々新しい物好きの民族性も手伝って、この「クニ」、後に「邪馬台国」として後世に伝わる連合国が現れるまで、そこまで時間はかからなかった。
無論、その中にはこの事態を「好意的」に受け止める事なく、「敵意」をもってこれに対する「クニ」も存在していた。




