壱 始まりの瞬間
西暦1995年、日本において、お気楽な時代が終わった。
バブル崩壊による大不景気。阪神・淡路を襲った大震災。「憂国同盟」を名乗る右翼団体と迎合した自衛隊によるクーデター事件。戦後の復興と経済の急拡大によって世界第2位の経済大国となり、「未来は明るい」と誰もが思い込んでいた中で、これらの事件は、自分達の未来が暗い闇の中に溶けていくのを1億の民が目の当たりにした瞬間であった。
見渡す限り、世紀末の如き光景が広がるとある街にて、一人の少年が道端にて座り込んでいた。なんでそこに居るのか、なんで一人で居るのか。誰も聞かない、誰も見向きもしない、皆自分の事で精一杯である。
その少年に、一人の少女が歩み寄る。その少女は、ツインテールの髪の毛と整った顔立ちではあるが、鋭い三白眼が全てを台無しにしているルックスのその少女は、少年に語りかける。
「あんた、ここで何してんの」
「……死ぬのを待っているんだ」
「だったら、首でも括りなさい」
「痛いのは怖いから、お腹が空いて死ぬのを待っているんだ」
「だったらさ、食べ過ぎて死になさい。死ぬほど食べられる所に案内するから、ついてきなさい」
「嫌だ、もう構わないで。こんなに辛いのに生きるなんて、何の意味があるのさ」
「でも、このままじゃあ犬死によ。どんなに惨めな人生より、犬死により酷い人生は無いのよ」
「君こそ何だよ、僕なんか放って置けば良いじゃないか」
「人間、1人じゃ生きていけないからね。私も、1人じゃ生きていけないの。あなたも私と一緒に生きましょう」
少女は、少年に歩み寄って、無造作に膝小僧を抱く少年の身体を軽く蹴飛ばす。
「おら、立て。あなたが居ないと、私は生きていけないのよ」
「……分かったよ。僕の名前は、玉野月夫」
「真野天音、さぁ、いきましょう」
天音は月夫に手を差し伸べる。その手を、月夫は少しだけ躊躇しながら握る。天音はぐいっと引っ張ると、世紀末の様相を呈した街の中を歩いて行く。
時は遡って、西暦220年頃、倭国。
小さい島に点在する100以上の「クニ」の中で、中堅の「クニ」の端っこにて、少年が1人、川にて自分の身体を洗っていた。身体と一緒に、心も洗っていた。
気が済むまで洗ったところで、川からあがって、服を着ようとした時、人の気配を感じ取る。顔を向けると、髪の毛を左右に結って伸ばしている、妙ちくりんな髪型をしている、顔は整ってるが、目つきが鋭い三白眼で、全てを台無しにしている少女が居た。
「あんた、首長の長男でしょう。それがどうして此処に居るのよ」
「……汚れたから、洗っていたんだ」
「そう言う事にしておきましょうか」
少女の腰には、銅剣がある。女の子なのに、戦に出るというのか。でも、体つきはガッシリしている。下手な男よりも強そうだ。
「……君、強いの?」
「弱くは無いわね」
「じゃあ、僕の事、守ってくれない? 出来れば、一生」
「良いわよ」
全然迷わないで答える少女。少年が理由を尋ねようとする前に、少女は答える。
「あんたには私が必要だろうからね」
少女はそう言うと、名乗りを上げる。
「アマノ、私の名前はアマノ」
「僕は、ツキナ」
ツキナは、アマノに手を差し伸べる。アマノは、これをガッシリと握り返す。
「長い付き合いになりそうね」
「仲良くしようね」
2人のこのやり取りは、その後の倭国、後にヤマトと呼ばれて、日本となる島国にて、運命的な形で続けられる事になる。




