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モブキャラ以下の私ですが、学園最強の裏ボスに愛されております。  作者: 猫野 にくきゅう
第一章

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第6話 光の伽藍(がらん)と、祝福されたプリンセス

 鳳華女学院の敷地は、歩くだけで自分が広大な敷地に迷い込んだことを思い知らされる。

 手入れされた石畳、規律正しく並ぶ木々。

 すべてが「選ばれた者の学び舎」というプライドに満ちていた。


 放課後。

 私はルームメイトの柚月さんに連れられ、学園の北側にある「第一体育館」へ向かった。


「……これ、本当に体育館なんですか? 近代美術館か何かじゃなくて?」


 目の前に現れたのは、ガラスと鉄骨が組み合わさった、冷徹なまでに美しい巨大建築。

 競技のための箱というより、光を祀る神殿のようだ。


 バスケコートを三面も飲み込むというその空間は、圧倒的な威容を誇っている。

 一歩踏み入れた瞬間、自分の呼吸の音さえ計算された演出のように響いた。


「ええ。スポーツ推薦の生徒も多いですから、設備は最高峰なんです。……あら、やはり凄い人だかりですね」


 柚月さんの視線の先、ギャラリー席には生徒たちが鈴なりになっていた。

 お嬢様学校らしく黄色い声は上がらないけれど、全員の瞳には熱い期待が宿っている。


 静寂の中、バッシュが床を噛む「キュッ」という乾いた音だけが規則正しく響く。

 そして、その熱源の中心に彼女はいた。


「――有栖川さま、行きますよ!」

「ええ、任せて!」


 コートを駆ける、一九〇センチを超える圧倒的なスタイル。

 有栖川陽華さまだ。


 彼女が動くだけで空気が震える。

 スポーツウェアから伸びたしなやかな手足、跳躍のたびに躍動する筋肉。

 それは神話の彫刻が命を吹き込まれたかのような、神々しい機能美だった。


 センターとしてゴール下を支配したかと思えば、豹のように軽やかに外周へ。

 そのまま、美しい弧を描くスリーポイントシュートを沈めてみせた。


(……なんて、眩しいのかしら)


 シュートが決まった瞬間、彼女はギャラリーへ向けて無邪気な笑顔をこぼした。


 計算も何もない、純粋な勝利の喜び。

 それはすべてを照らす、太陽そのものの輝きだった。


 地下書庫の暗闇に潜む、冷徹な姉・月華さまとは正反対。


 光を放つ者と、光を拒む者。

 その鮮やかな対比に、私の胸は激しく高鳴り、呼吸を忘れるほど目を焼かれた。


「……あら南藻さん。あちらをご覧ください。コンテスト一位の桜庭さんもいらしてますわ」


 柚月さんに促され、視線をずらす。

 ギャラリーの最前列にいたのは、今年の『ルミナス・プリンセス』、桜庭小鈴さくらば こすずさんだった。


(……えっ?)


 以前、遠目で見たときは「自分と大差ない」なんて思っていた。

 けれど、近くで見る彼女は、私のような紛い物とは決定的に「素材」が違っていた。

 パーツのすべてが完璧に調和し、祝福されるために生まれてきたような整い方。


 何よりショックだったのは、その髪質だ。


 私と同じ天然パーマなのに、彼女の髪は春の陽だまりのように柔らかく、ふんわりと弾んでいる。

 湿気に負けて無様に跳ねる私の毛先とは、格が違う。

 

 彼女のカールは光を透かし、まるで天使の輪が重なっているような質感だった。

 そこには努力の痕跡すらなく、ただ「最初から正解」であるという完成度があった。


「……やっぱり、可愛いわね」


 思わず独り言が漏れる。


 小柄な体と、その祝福された髪。

 私がコンプレックスだと思っていた要素を、彼女は最強の武器に変えていた。


(ああ、そうか。敗因は『髪の長さ』なんかじゃなかったんだ……)


 自分の湿った縮れ毛に指を這わせると、重苦しい現実が突き刺さる。


 彼女は、同じ呪いを背負いながら、それを最高の魅力に変える術を知っている。

 あるいは、圧倒的な「可愛さ」が、すべてを正解に書き換えてしまっているのだ。


「南藻さん? 難しい顔をして、どうされましたか?」


「いえ……自分の分析がいかに浅はかだったか、痛感していただけです」


 コートで輝く太陽と、その光を受けて微笑む真珠。

 そんな「正解の世界」を見つめながら、私は自分の肌に纏わりつく「影」を思い出していた。


 私は、あの暗い地下迷宮に棲む、銀色の月の所有物。


 陽華さまにときめく一方で、月華さまに強く掴まれた手首が、じわりと熱を帯びて拍動する。

 その熱は、私を別の場所へと繋ぎ止める鎖のようだった。


 練習見学の終わりを告げるベルが、冷ややかに鳴り響く。

 祝祭の時間はここまでだ。


 生徒たちは静かに立ち上がり、品位を保ったまま出口へ向かう。


「柚月さん、帰りましょう」

「ええ。そうですね、南藻さん」


 柚月さんの微笑みには、私の動揺を見透かすような深みがあった。


 光の世界は、あまりに美しくて残酷だ。

 けれど、私が足を踏み入れたのは、もっと濃密で逃げ場のない影の檻。


 私は後ろ髪を引かれながら、眩しすぎる体育館を後にした。

 手首に残る「月の刻印」の熱だけを頼りに、自分の帰るべき暗がりへと、静かに歩みを進める。

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