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モブキャラ以下の私ですが、学園最強の裏ボスに愛されております。  作者: 猫野 にくきゅう
第一章

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第4話 嵐の教室と、秘密の代償

 翌朝、教室は異様な熱気に包まれていた。


 磨き上げられた廊下を歩き、直前で足を止める。

 深呼吸をしてから扉を開けた瞬間、数十人分の視線が一斉に突き刺さった。


 驚き、困惑、そして剥き出しの嫉妬。

 矢のような視線が、四方八方から容赦なく降り注ぐ。


 ルームメイトの柚月さんが心配していた通りの展開だ。


 お嬢様学校の情報網は、恐ろしいほどに速い。

 昨日の出来事は、一晩でもう隅々まで広まっていた。


「……おはようございます、南藻さん」


 真っ先に駆け寄ってきたのは、親しかったクラスメイトたち。


 瞳には好奇心がギラつき、頬は上気している。

 いつもより濃い香水の匂いが、彼女たちの興奮を物語っていた。


 彼女たちの異常な様子を見て、胃の奥が冷たく疼く。

 昨日の「地下迷宮」での出来事は、夢じゃなかったのだ。


「おはようございます。皆様」


 私は震えそうになる声を抑え、お淑やかな微笑みを顔に貼り付けた。

 昨日までと同じ、偽物の淑女として。


「ねえ、小井縫さん。本当なの? あの『黒百合会』のサロンに招かれたって……」

「ええ、まあ……」

「昨日、あそこで何があったの? 皆、気になって仕方ないのよ!」


 それを合図に、クラス中の乙女たちが一斉に私を囲んだ。


 椅子の脚が床を擦る音。

 幾重にも重なる衣擦れの音。

 バラや石鹸の香りが混ざり合い、濃厚な匂いに息が詰まりそうになる。


「陽華さまに、双子のお姉さまがいたなんて」

「よりによって、なぜ外部生の貴女が『妹』に選ばれたのよ……」


 羨望の声に混じって、冷たい言葉が飛ぶ。

 二階堂亜美さんが、扇子をパチンと鋭く閉じた。


「どんな手口を使ったのかしら? 成績も最下位で、何の取り柄もない貴女が、有栖川家のお姉さまをたぶらかすなんて……卑怯な真似をしたんじゃない?」


(……おっしゃる通りですわ)


 私は心の中で、深く首を垂れた。

 彼女の指摘は、残酷なまでに正しい。


 私はただ、地下で独り言を漏らし、最推し作家である月華さまの正体を暴き、あまつさえ彼女の「お胸」を指摘しただけなのだ。

 本来なら切り捨てられて当然の私が、偶然の連鎖で、学園最強のジョーカーの隣に滑り込んでしまった。


「本当よね。小井縫さんにそんな魅力があるなんて、誰も気づかなかったわ」


 投げかけられる嫌味の一言一言に、私は「私もそう思います」と透明な相槌を打つ。


 ここにいる彼女たちは皆、指先一つまで所作を磨き、必死に勉強して、評価を積み重ねてきたのだ。

 それなのに、投票で「ゼロ票」だった背景同然の私が、月華さまを独占してしまった。


 彼女たちのプライドが、この不条理を許すはずがない。


 その時、騒がしい人垣を割って、一人の少女が前に出た。

 委員長であり、学年トップを走り続ける高橋琴音さんだ。


「……静かにしなさい。見苦しいわよ」


 凛とした声が響き、教室は一瞬で静まり返った。

 高橋さんは、眼鏡の奥の鋭い瞳で私を真っ直ぐに見つめる。


「小井縫さん。正直、私は貴女を見くびっていました。けれど、貴女はあの月華さまに見初められた。彼女の厳しい目に適うだけの『何か』を持っていたのでしょうね」


 一歩、距離を詰められる。

 彼女からは、清潔なインクの香りがした。


「どのような心がけでお姉さまと接したのか、アドバイスをいただけないかしら?」


「あ、アドバイス……?」


 秀才の彼女に祈るような目で見つめられ、背中に冷たい汗が流れる。

 本当のことなんて口が裂けても言えない。


「お胸のサイズを指摘することです」

 ――なんて言えば、その瞬間に退学だ。


 私は喉の震えを抑え、用意していた言葉を丁寧に選ぶ。


「……ごめんなさい、私にもよく分からないのです。お会いしたのは本当に偶然で。理由も分からず連れていかれ、気づいたらこうなっていました。月華さまは『事情が変わった』とおっしゃって……。きっと、誰でもよかったのだと思います。たまたま目の前にいた私を選ばれただけですから」


「偶然……」


 高橋さんは私の顔をじっと見つめ、やがて視線を逸らした。

 その表情には、戸惑いが浮かんでいる。


「そう……。そんなに悲しそうな顔をしないで。……泣かなくてもいいのよ」


「……え?」


 指摘されて、思わず頬に手を当てる。

 指先に触れたのは、熱い肌を伝うひと筋の涙だった。


 あぁ、いつの間にか。


 私はただ、事実を話していただけだった。

 偶然秘密を暴き、身代わりのように据えられただけ。私自身は何も特別じゃない。

 その残酷な現実を言葉にしただけで、瞳の奥が焼けるように熱くなった。


 教室中が、息を呑むような静寂に包まれる。


 涙を浮かべ、小さな肩を震わせる無力な少女。

 その姿を見て、クラスメイトたちの嫉妬は、困惑へと変わっていった。


「皆様。もうこれ以上、無粋な追及はやめましょう」


 柚月さんがそっと隣に立ち、温かい手を私の肩に添えてくれた。


 嫉妬していたお嬢様たちも、私の涙に気圧されたのか、労わりの言葉を残して離れていく。

 ざわめきはやがて収まり、教室にはいつもの朝が戻ってきた。


 ……皆様、私よりずっと努力していて、美しくて、気高いのに。


 ごめんなさい。

 潤んだ視界の隅で、私はクラスメイトたちに心の中で謝った。


 私は月華さまにとって、決して「特別」ではない。


 けれど。

 私はこの、偽装された「妹」という役割を、完璧に演じなければならない。


 月華さま。

 銀色のオーラを纏った、傲慢な私の「お姉さま」。

 彼女の正体を守り抜くことは、私のこの平穏な学生生活を守ることなのだから。

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