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モブキャラ以下の私ですが、学園最強の裏ボスに愛されております。  作者: 猫野 にくきゅう
第一章

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第3話 月の支配と太陽のまなざし

「それにしても、困ったわね。私の秘密が、貴女のような子に知られてしまうなんて」


 地下書庫の湿った空気の中で、低い声が響く。

 困っていると言いつつ、彼女の口元は美しく、どこか残酷に吊り上がっていた。


 その笑みを見た瞬間、背筋を冷たい汗が伝う。


「あ、あの! 誰にも言いません。誓います!」


 必死に訴えるけれど、彼女はわずかに首を傾げた。


「貴女の言葉を信じろと言うの? もし噂になれば、すぐに父に知られてしまう。そうなれば私は二度と物語を書くことを許されず、檻に閉じ込められてしまうわ」


 自嘲するような、けれど歌うような独特な話し方。


 大財閥のお嬢様にとって、空想を形にすることは許されない罪らしい。

 冷たい銀色の瞳が、獲物を追い詰める猟師のように私を見つめている。


 書架に漂うインクの匂いさえ、彼女の圧倒的な美しさに塗り潰されていく。

 私はその存在感に押し潰されそうになりながら、ただ立ち尽くした。


「本当です、約束します……っ」


 喉を鳴らし、必死に弁明する。

 けれど、彼女が目を細めただけで、私の抵抗はあっけなく一蹴された。


 一九三センチの巨体がゆっくりと身を屈める。

 私の視界が、彼女の影に完全に呑み込まれた。


「貴女の意見なんて聞いていないわ。これからは私の指示に従ってもらうから」


 細い指が私の顎を掬い上げる。


「来なさい。貴女を、私の正式な『所有物パートナー』とするわ」


「えっ……パートナー? 私が月華さまの『妹』に……?」


 あまりにも一方的な宣告。

 驚きで見開いた私の手首を、彼女は驚くほど長い指で容赦なく掴んだ。


 がしり、と。


 それは逃げ場を完全に塞ぐ、檻のような拘束だった。

 指先の硬さと、皮膚越しに伝わる熱量。


 陽華さまと瓜二つの顔なのに、雰囲気はもっと大人びていて艶やか。

 至近距離に迫る彼女の迫力に、息が止まりそうになる。


 怖い。

 間違いなくこの人は危険だ。


 けれど、掴まれた場所から痺れるような感覚が全身に広がり、私の内なる願望が騒ぎ出す。


 ……そう。

 私はいつだって、誰かに「特別」に支配されることを、心のどこかで求めていたんだ。


「さあ、歩いて」


 彼女は短く言い捨て、返事も待たずに歩き出した。


 一九三センチの一歩は大きく、そして速い。

 私は、半ば引きずられるようにして後を追う。

 彼女の優雅なリズムを乱すことは、決して許されないのだ。


 やがて辿り着いたのは、専用のエレベーター。


 密室に閉じ込められた瞬間、彼女が纏う甘い花の香りが充満した。

 隣に立つ彼女の圧迫感。私の頭は、彼女の胸元にさえ届かない。


 沈黙のまま、最上階へ運ばれていく。

 手首を掴む指の熱だけが、逃れられない運命のようにドクドクと響いていた。


 扉が開いた先は、普通科の生徒は立ち入り禁止のフローラリア専用エリア。

 一歩踏み出した瞬間、刺すような視線が一斉に突き刺さった。


 廊下を行き交う上級生たちが、次々と足を止める。


「あら……あんなところに誰か……?」

「有栖川様? でも陽華さまじゃないわ。あの方は、まさか」

「『姿隠しの姫君』が外に出ているなんて珍しいわね」


 驚きと困惑の囁きが、波紋のように広がっていく。


「あの、姿隠しの姫君って……?」

「そう呼ばれているの。私は存在感が薄い特異体質だから……」


 一九三センチもある「透明な巨人」が、私を連れ歩く。

 浴びせられる好奇の視線。


 彼女の高級なシルクのドレスが、私の安いスカートと擦れる。

 質感の差が太ももを焼き、恥ずかしさと快感が混ざり合って、膝が情けなく震えた。


 やがて、重厚な彫刻が施された黒檀の扉の前に着く。


 そこは、学園最大の派閥『黒百合会ブラックリリー』のサロン。

 月華さまは躊躇なく、重い扉を無造作に押し開いた。


「――お騒がせするわね」


 豪華なサロン内の会話がピタリと止まる。

 ソファに座っていたリーダーの一条椿さまが、ゆっくりと扇子を閉じた。


 パチン、という乾いた音が静寂に響く。


「あら月華。貴女が自分からここへ来るなんて珍しいわね」


 椿さまの鋭い視線が、私を値踏みするように這い上がる。

 それは獲物の価値を査定するような、冷徹で重い視線だった。


「それで……その子が用件かしら?」


 月華さまは傲然と立ち尽くしたまま言い放った。


「この子を私のパートナーにするわ。他の派閥に取られないよう、身柄を確保しておいて」


 サロンが静まり返る。

 誰にも見向きもされなかった外部生の私が、伝説の姫君の獲物になる。


「貴女、パートナーなんていらないと言っていたじゃない」


 椿さまが呆れたように言うと、月華さまの指にさらに力がこもった。


「……事情が変わりました。この子が欲しくなったの」


 一九三センチの絶対者から放たれた、独占的な宣言。


 その言葉に酔いしれる私の目に、サロンの奥に立つ陽華さまの姿が映った。

 昼間、太陽のように眩しかった憧れの人。

 唐突に現れた私を、不思議そうな瞳で見つめている。


 ……ああ。

 憧れのお姉さまの目の前で、その双子の姉に家畜のように手首を掴まれ、所有物として登録されていく。


 せっかく憧れの人の目に留まったのに。

 その時にはもう、私は「月」の引力から逃れられない影になる定めを負っていた。


 私の野望だった『素敵なお姉さまとの恋愛』は。

 開始数週間にして、一人の巨大な「月」による完全な支配へと変わってしまった。

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