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モブキャラ以下の私ですが、学園最強の裏ボスに愛されております。  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第38話 図書室の隠れ家、高慢な少女の初対面

 その日の放課後。


 突き抜けるような昨日の青空が嘘のように、空は重苦しい鉛色に変わっていた。

 湿り気を帯びた空気が制服のブラウスを肌に張り付かせ、不快感を煽る。


 私は柚月さんと亜美さんを連れて、煉瓦造りの図書館へと向かっていた。


「ふん、空は淀んでいますけれど、わたくしの知性は快晴ですわよ!」


 亜美さんは完璧に巻かれた縦ロールを揺らし、自信満々にローファーを響かせる。


「頼りにしています、亜美先生!」


「くふふ、当然ですわ!」


 私が持ち上げると、彼女は分かりやすく上機嫌になった。


 図書館の重厚な扉を開くと、特有の甘く乾いた匂いが鼻をくすぐる。


 二階の学習スペースにある、ガラス張りの個室。

 そこには、先に場所を確保してくれていた玲奈と千里さんの姿があった。


「あ、いたいた。玲奈、千里さん!」


 私がガラス越しに手を振ると、二人が元気よく手招きする。


 さあ入ろう。

 そう思ってドアノブに手をかけた瞬間、背後から服を強く引かれた。


「……ちょっと」


 振り返ると、亜美さんが青ざめた顔で私の袖を握りしめていた。


「どうしたの、亜美さん」

「どうしたの、ではありませんわ……!」


 彼女は部屋の二人を怯えた目で見つめると、私を書棚の影へと強引に連れて行った。


 ◇


 哲学書の棚が並ぶ薄暗い場所。

 亜美さんは私に詰め寄り、押し殺した声で抗議した。


「聞いておりませんわ! 他のクラスの方がいらっしゃるなんて!」

「え? 言ってなかったっけ?」


「三人だけの秘密の会だと思っておりましたのに……!」


 頬を赤く染め、今にも泣き出しそうな瞳。


 どうやら彼女、猛烈な「人見知り」を発動してしまったらしい。

 私や柚月さんなら平気でも、接点のない他人の登場はキャパオーバーだったようだ。


「せっかく……おバカな南藻さんを指導して、優越感に浸ろうと思っておりましたのに……計画が台無しですわ!」


 なんて勝手で、いじらしい独占欲。

 

「ごめん。でもあの子たちも本当に困ってて」


 私が諭しても、亜美さんは私の裾を掴んだまま離さない。

 温室育ちの彼女にとって、未知の相手は恐怖でしかないのだろう。


「今日はやめておく?」


 私が助け船を出すと、亜美さんはハッとして私を睨んだ。


「なっ……敵前逃亡なんてできませんわ! 二階堂家の流儀に反します!」


 プライドが対人恐怖を上回った瞬間だった。


「行きますわよ! ……あ、あまりわたくしから離れないでくださいまし!」


 彼女は私の背中に隠れるようにして、弱々しく服の裾を掴み直した。


 ◇


 個室のドアを開ける。


「お待たせ。勉強を教えてくれる先生を連れてきたよ」


 私が背中をそっと押すと、亜美さんがぎこちなく一歩前に出た。

 女王様オーラは消え去り、震える子鹿のようになっている。


「よ、よろ……よろしくお願いしますわ。……に、二階堂、亜美、です……」


 消え入りそうな自己紹介。もしここで冷たくされたら、彼女の心は砕けて逃げ出してしまうだろう。

 私は祈るような気持ちで二人の反応を待った。


「わあ! ありがとう! 亜美ちゃん、よろしくね!」


 玲奈が太陽のような笑顔で真っ直ぐに応えた。


「初めまして、二階堂さん。わざわざありがとうございます、本当に助かります」


 千里さんも丁寧にお辞儀をして、心からの歓迎を示した。


「え……?」


 亜美さんが呆気に取られたように顔を上げる。

 拒絶も値踏みもなく、純粋に「救い手」として受け入れられた。その事実に、彼女の肩からスッと力が抜けた。


「さあ、座りましょう。時間は限られていますから」


 柚月さんに促され、亜美さんは慎重に腰を下ろした。


 ◇


 勉強会が始まると、亜美さんの瞳の色が変わった。

 玲奈のノートを見た瞬間、彼女は引きつった声を出す。


「……ちょっと待ってくださいまし。なんですの、この解答は……次元が歪んでますわよ?」

「えへへ……計算してたら数字が合わなくなっちゃって」


「『えへへ』ではありませんわ。貸してごらんなさい!」


 亜美さんはペンを奪い取ると、サラサラと流麗な文字で解説を書き始めた。

 もう人見知りの気配はない。「不完全なものを見過ごせない美学」が羞恥心を塗り替えたのだ。


「基礎の公式を忘れてどうしますの!」

「なるほど、そっか!」


 玲奈が目を輝かせ、千里さんも「先生より分かりやすいかも」と感嘆する。

 二人の純粋な称賛を浴びて、亜美さんの表情がみるみる華やいでいく。


「ん……ふふ、当然ですわ。優秀なわたくしにかかれば訳ありませんことよ」


 それは以前のような刺々しさのない、満たされた猫のような笑みだった。


「千里さん、古文単語が違いますわよ。……仕方ありませんわね、教えて差し上げますわ」

「怜奈さん! 計算ミスが多すぎましてよ!」


「はーい、亜美先生!」


 気づけば、亜美さんは完全にこの場の支配者になっていた。

 相変わらず高飛車だけど、一生懸命に他人の面倒を見ている。


(よかった。馴染めてるみたい)

 

 外は鉛色の空だったけれど、テーブルの周りだけは温かなランプが灯ったような空気に包まれていた。


 二階堂亜美という強力で愛すべき味方を加え、私たちのテスト勉強は熱を帯びて加速し始めた。

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