第37話 祭典の裏側と、予期せぬ救い手
六月の晴れ間。
咲夜さまとの夢のような乗馬を終え、更衣室で着替えを済ませる。
制汗シートで汗を拭い、堅苦しい制服に袖を通すと、現実に引き戻された気分だ。
私たち四人は、まだ興奮で頬を赤らめながら石畳を歩いていた。
「咲夜さま、本物の騎士みたいでかっこよかったなぁ……」
空を見上げる怜奈に、千里さんも「本当に王子様だった」と深く頷く。
特権階級の世界で寵愛を受ける陶酔感。
私たちはその余韻に浸っていた。
しかし、柚月さんの一言がその空気を一変させる。
「ところで皆さん、期末テストの勉強は進んでいますか?」
……ピタリ、と全員の足が止まった。
「お披露目パーティーが終われば、すぐにテスト期間ですよ?」
柚月さんの正論が、冷や水となって降り注ぐ。
そうだ、私たちは学生だった。
ここ最近、パートナー契約や特訓、他派閥との交流に溺れすぎて、勉強の二文字が完全に脳内から消えていたのだ。
「や、やばい……! 全然やってない!」
怜奈が悲鳴を上げ、千里さんの顔から血の気が引く。
私も引きつった笑いを浮かべるしかない。
予習復習という習慣がすっかり抜け落ちてしまっていた。
教科書なんて、寮で一度も開いていない。
「柚月さんは……?」
「私は毎日予習復習をしていますから、問題ありませんが」
その完璧さが、今は少しだけ恨めしかった。
◇
翌日の昼休み。
指導役を求めて、私と柚月さんは学級委員長の琴音さんの席を訪ねた。
彼女は昼休み返上で、銀縁眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、分厚いファイルを整理している。
「琴音さん、少しお願いがあるんだけど……」
恐る恐る声をかけると、彼女は重たい溜息をついた。
「南藻さん。貴女、意外と図太いのね」
「放課後は生徒会の仕事で手一杯なの。もうすぐ『結花の披露会』があるでしょう? 運営は私たちホワイトカメリアの担当よ」
ハッとして息を呑む。
私たちがお披露目の練習に熱中できるのは、彼女たちが裏で泥臭い実務をこなしてくれているからだ。自分の浅はかさが恥ずかしくなる。
「ごめんなさい! 琴音さんがそんなに忙しいなんて知らなくて……」
謝る私に、琴音さんの表情がふっと緩んだ。
「いいのよ。……でも、ダンスの練習で大変な時期に、勉強もやろうとする姿勢は立派だわ。少し見直したわよ、頑張ってね」
同じ外部生である彼女に認められたことが、何より嬉しかった。
◇
「やっぱり、自分たちでやるしかないか……」
途方に暮れる私と柚月さん。
その時、華やかなローズの香りがした。
「仕方ありませんわね。わたくしが面倒を見てあげますわ」
振り返ると、縦ロールを揺らした二階堂亜美さんが立っていた。
私を一方的にライバル視している彼女が、なぜか声をかけてきた。
「亜美さん……?」
「話は聞こえてしまいましたの。成績優秀なわたくしにかかれば、テスト対策など容易いことですわ」
意外すぎる申し出に、私は思わず聞き返した。
「いいの? 敵に塩を送るようなことして」
「こ、困っている友人を放っておけませんから! ……それに、前回の勉強会は、思いのほか……楽しかったですし」
最後の方は小声だったが、彼女の耳は真っ赤に染まっている。
素直に「混ぜて」と言えずに、ずっとタイミングを待っていたのだろうか。そのプライドがいじらしくて、私は笑みをこぼした。
「ありがとう、助かるわ」
「ふふん! 感謝なさい! 今日の放課後、図書館集合ですわよ!」
心強い助っ人が加わった。
期末テストという壁を前に、私たちの間に新しい連帯感が生まれていた。




