第36話 陽光の王子と、白馬の誘惑
六月、雨上がりの奇跡的な快晴。
私たちは指定のジャージ姿で、学院の広大な敷地を歩いていた。
お嬢様らしい制服とは違い、体のラインが出るジャージ姿には、どこか落ち着かない背徳感がある。
「みんな、急に誘ってしまい、ごめんなさい」
隣で申し訳なさそうにするのは、石田千里さん。
レッドピオニーのトップ、朱雀院咲夜さまのパートナーだ。
「気にしないで。ちょうど暇してたし」
私が答えると、陸上部の佐々木怜奈も弾むように続いた。
「そうだよ! 乗馬なんてめったにできないもんね」
ルームメイトの東雲柚月さんもおっとりと頷く。
今日は千里さんの誘いで、咲夜さまと一緒に馬に乗ることになったのだ。
昨日の月華さまとの「濃密すぎるお芝居」で疲れ果てていた私にとって、この青空は何よりの気分転換だった。
◇
「やあ、みんな――よく来たね!」
白い柵の向こうから、爽やかな声が響く。
白馬に跨り、颯爽と駆け寄ってくる一人の王子様。
レッドピオニーのトップ、朱雀院咲夜さまだ。
風になびく茶髪、太陽を反射して琥珀色に輝く瞳。
タイトな乗馬服が引き締まったウエストを強調し、長い脚がブーツに包まれている。
咲夜さまが馬から降りると、チャリと拍車が鳴った。
「今日は絶好の乗馬日和だ」
近づくと、圧倒的な「陽」の匂いがした。
月華さまの部屋の冷たい静寂とは真逆の、強烈な生命力と熱気。
「千里の友達だね。今日は楽しんでいって」
彼女が向ける笑顔には、抗えない引力があった。
月華さまの「陰」の美しさに対し、直視すれば目が焼けそうなほどの「陽」のオーラ。
私は眩暈を覚えた。
◇
「一人ずつ乗ってみようか。私がサポートするよ」
咲夜さまの提案で、乗馬体験が始まった。
まずは怜奈、次に柚月さん。
咲夜さまは柚月さんの腰を支え、まるで姫君のようにエスコートする。
密着する二人の姿に、柚月さんは耳まで真っ赤になって震えていた。
「おいで、南藻ちゃん」
ついに私の番だ。
差し出された手は大きく、熱い。
私が鐙に足をかけると、腰に咲夜さまの腕が回された。ジャージ越しに指先の感触が伝わる。
ドサリと馬の背にまたがる。
想像以上の高さ。
そして太腿の内側に伝わる、馬の生々しい体温。
「リラックスして」
咲夜さまが、私の手に自分の手を重ねた。
近い。
首筋から漂う太陽の匂いが鼻をくすぐる。
馬の熱、咲夜さまの熱、そして自分自身の火照り。
三つの熱源に挟まれ、ジャージの下がじわりと汗ばむ。
「いい子だ」
耳元で囁かれるハスキーボイスが、項の産毛を逆立たせる。
月華さまの声が氷の刃なら、咲夜さまの声は溶けた蜜だ。
◇
揺れるたびに、支える咲夜さまの鋼のような腕に体が触れる。
(なに、これ……心臓がうるさい)
月華さまへの服従心とは違う、本能的な何かが警鐘を鳴らしている。
彼女が微笑むたび、思考が白く溶けていった。
全員の体験が終わり、芝生で冷たいドリンクを飲む。
「……かっこよかったね、咲夜さま」
怜奈が夢見心地で呟き、柚月さんもぼうっと遠くを見ている。
私は冷えたボトルを首に当て、必死に自分を落ち着かせた。
昨日あんなに月華さまに「一筋です」と言ったばかりなのに、もう他の「王子様」にときめいている。
(これは浮気? ……いえ、これは――天災みたいなものだわ!)
あんな完璧な王子様に腰をホールドされたら、生理現象として仕方ない。
そう自分に言い訳をしながらも、背中に残る手の熱い感触が、どうしようもなく後ろめたかった。
「みんな、楽しんでくれたかな?」
戻ってきた咲夜さまが、眩しすぎる笑顔で問いかける。
「はい! 最高でした!」
揃って返した私たちの声は、情事の後のように甘く上擦っていた。
咲夜さまの「陽」の引力。フローラリアの底知れない魅力を、私は白馬の上で思い知らされた。




