第32話 聖母の揺り籠、背徳の扇
月華さまとの特訓、そして楓さまの部屋での休息。
ここ数日、私の心はフローラリアたちの強烈な個性に振り回されっぱなしだった。
そんな嵐のような日々が一段落した夜。
ルームメイトの東雲柚月さんが、申し訳なさそうに切り出した。
「あの、南藻さん。……お願いがあるのですが」
「お願い? どうしたの」
「明日、一緒にブルーローズのサロンへ行っていただけませんか?」
私は驚いた。
ブルーローズは、三年生の白鳥聖羅さまが率いる派閥だ。
月華さまのパートナーである私が、他派閥の聖域に足を踏み入れていいはずがない。
「今日、聖羅さまに『貴女の可愛いルームメイトを連れてきなさい』と言われてしまって……」
柚月さんは困ったように眉を下げた。
断れば彼女の立場が悪くなるだろう。
幸い、明日の放課後は休みだ。
「分かった。私で良ければ一緒に行くよ」
柚月さんは安堵したように微笑んだ。
けれど私の中には、冷たい緊張が走っていた。
学園の「聖母」と崇められる聖羅さま。
その瞳の奥には、底知れない闇が潜んでいる気がしてならなかった。
◇
翌日の放課後。
ブルーローズのサロンの扉が開いた瞬間、むせ返るような薔薇の香りに包まれた。
月華さまの部屋が「冷たい百合」なら、ここは理性を溶かす「甘い毒」だ。
「よくいらっしゃいましたね。歓迎しますわ」
カウチソファに鎮座していたのは、白鳥聖羅さま。
黒いシルクのドレスを纏い、縦ロールの髪を流した彼女は、圧倒的な気品を放っていた。手に持った黒いレースの扇子が、優雅に動く。
「お久しぶりです。有栖川月華さまのパートナー、小井縫南藻です」
緊張で声を上ずらせて挨拶すると、彼女は花が咲くように微笑んだ。
お茶の時間、聖羅さまの話術は滑らかだった。
「柚月さんは部屋ではどうなの? 甘えたりするのかしら?」
そんな他愛ない会話に、私の警戒心は次第に解けていった。
「聖母の揺り籠」に揺られているような、心地よいリラックス。
――しかし、その安らぎはパチリという音で一変した。
聖羅さまが扇子を閉じたのだ。
その瞬間、場の空気が凍りついた。
「二人とも、なんて可愛らしいのかしら。……もっとよく見たいわ」
彼女の瞳から穏やかさが消え、獲物を値踏みするような光が宿る。
「二人とも、そこに立ってくださる?」
指示されたのは壁際だった。
私が柚月さんと並んで立つと、聖羅さまはゆっくりと立ち上がり、私たちの前へ。百七十三センチの長身が、私に影を落とす。
◇
聖羅さまは柚月さんの背後に回り、その腰に手を回した。
「じっとしていてね、柚月さん」
閉じた扇子の先端を、柚月さんの首筋に押し当てる。
硬い象牙が白い肌をなぞり下ろすと、柚月さんが吐息を漏らして震えた。
目の前で繰り広げられる一方的な蹂躙に、私は固まることしかできない。
「南藻さんも可愛がりたいけれど、貴女は月華さんのもの……他派閥の私が手を出すのはルール違反ね」
聖羅さまは残念そうに溜息をつくと、手に持っていた扇子を柚月さんに握らせた。
「というわけで――お友達の貴女がやりなさい」
「えっ……?」
「南藻さんの身体を、その扇子でなぞるの。私がしたように、愛しさを込めて」
「そ、そんなこと……」
柚月さんが縋るように私を見るが、聖羅さまの声は絶対だった。
「お友達同士のじゃれ合いなら、問題ないわ。……そうでしょう?」
拒絶は許されない。この空間では、彼女の言葉が法律なのだ。
「……はい」
柚月さんは抗うのを諦め、震える手で扇子を握り直した。
「ごめんなさい、南藻さん……」
彼女は濡れた瞳で私に向き直った。
私は覚悟を決め、静かに目を閉じる。
◇
コツン、と硬い感触が喉元に触れた。
象牙の冷たさに背筋が粟立つ。
扇子を通じて、柚月さんの手の震えがダイレクトに伝わってくる。
喉から鎖骨、そして制服の胸元へ。
ゆっくりと、焦らすような速度で硬い異物が身体をなぞっていく。
「ふふ、上手よ。意外と柔らかそうね、南藻さん」
背後から聖羅さまが愉しげに囁く。
直接触れられていないのに、彼女の視線が肌を這い回るようで、身体の芯が熱くなる。
扇子がウエストを通り、スカートの裾へ。
太腿に冷たい感触が走った瞬間、私は唇を噛んで声を堪えた。
恥ずかしい。
けれど、それ以上に背徳的な高揚感が私を支配していく。
薄目を開けると、柚月さんも頬を赤く染め、潤んだ瞳で私を見つめていた。
震えていた彼女の手つきは、次第に熱を帯び、執拗に私の輪郭をなぞる。
彼女もまた、この「命令」という免罪符に没頭し始めているようだった。
「あっ……ぅ……」
敏感な場所をなぞられ、甘い声が漏れる。
「素敵なお友達を持って幸せね。これからも仲良く愛し合いなさい」
聖羅さまの囁きは、呪いのような祝福だった。
親友の手で弄ばれることに、泥のような快楽を感じてしまう。
柚月さんの瞳には、私と同じ「共犯者」の色があった。
薔薇の香りに理性が麻痺するまで、この禁断の遊びは終わらなかった。




