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モブキャラ以下の私ですが、学園最強の裏ボスに愛されております。  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第30話 王子様の降臨、交錯する理想

 腕に抱えた古書の重みが、しびれる指先に伝わってくる。

 図書館で落ち着きを取り戻したのも束の間、中庭の光景が私の心を引き裂いた。


 噴水のそばで、三人の女子生徒が一人の少女を囲んでいる。

 中心にいたのは、一年生の石田千里さん。

 小動物のように震える彼女の目は、涙で溢れそうだった。


「……ねえ。レッドピオニーの頂点、朱雀院咲夜さまの隣に、貴女みたいな『何もない子』が並ぶなんて分不相応だと思わない?」


 リーダー格の少女が嘲笑う。


「咲夜さまは学園の至宝よ。貴女が隣に立つだけで、完璧な調和が濁るの」


 千里さんは風呂敷包みを必死に抱きしめ、ただ謝ることしかできなかった。


「あ、あの……ご、ごめんなさい……」


 選ばれなかった者たちの、執拗な嫉妬。


 見て見ぬふりをするのが、一番の保身だ。

 けれど、震える彼女のうなじを見た瞬間、私は自分のチョーカーに触れていた。


(……ここで逃げたら、私を選んだ月華さまの誇りまで汚すことになる)


 私は深く息を吸い、月華さまに叩き込まれた「重心」を意識して、背筋を伸ばした。


 ◇


「……ごきげんよう。皆様、熱心なお話し合いのようですけれど」


 凛とした声を投げると、三人が弾かれたように振り返った。


「あ、南藻さん……」


 千里さんが、救いを求めるような瞳で私を見る。


「あら、小井縫さん。有栖川さまのパートナーだからって、出過ぎた真似じゃないかしら?」


 鋭い視線。

 私は彼女たちの前に一歩踏み出した。


「ご心配なく。私たちは、お姉さまたちの審美眼を汚さぬよう、血の滲む修練を重ねております。……外野の皆様が案ずる必要はございませんわ」


 精一杯の微笑み。

 けれど、心臓の鼓動が喉元までせり上がっていた。


 案の定、彼女たちの敵意に火がついた。


「何よ、有栖川さまの気まぐれで拾われたくせに」

「随分と偉そうね」


 三人がジリジリと距離を詰めてくる。

 言葉の暴力に視界が揺らぎ始めた、その時だった。


 ◇


「――私の可憐なパートナーに、何か用かな?」


 夕暮れの空気を震わせる、重厚で涼やかな声。


 空間の温度が一瞬で変わった。

 そこにいたのは、一人の「王子様」だった。


 朱雀院咲夜さま。


 百七十六センチの長身。

 研ぎ澄まされた肢体。


 黒いシルクのワンピースを纏ったその姿は、夕日に焼かれて妖しく光っている。


「す、朱雀院さま……!」


 さっきまでの残忍な少女たちが、一瞬で頬を赤らめる。


 咲夜さまは、大人の余裕を感じさせる苦笑を浮かべた。


「忠誠心は嬉しいけれど、私の『妹』を怖がらせないでほしいな。彼女たちへの不敬は、私への挑戦として受け取るよ?」


 逃げ場のない熱を孕んだ声音。

 月華さまの「氷」とは違う、すべてを焼き尽くす「火」のカリスマだった。


「も、申し訳ありませんでした……っ!」


 少女たちは逃げるように去っていった。


 ◇


「やあ、南藻ちゃん。助けてくれてありがとう。とても凛々しかったよ」


 咲夜さまが屈託のない笑顔を向けてくる。


「い、いえ! 私は何も……」

「そんなことはない。君が立ち上がったことが嬉しいんだ」


 咲夜さまは優雅にウィンクをすると、泣き出しそうな千里さんの前で膝をついた。


「千里、怖かったね。……遅くなってごめん」


 柔らかなハンカチで彼女の涙を拭い、大きな手でその掌を包み込む。


 安堵した千里さんの体が、咲夜さまの胸に預けられた。

 咲夜さまは彼女の背を優しくあやすように撫でる。


「さあ、行こうか。部屋に温かいお茶とお菓子を用意してあるんだ。まずはゆっくり休もう」


「……はいっ!」


 幸せそうに頷く千里さん。

 二人は並んで、夕日の廊下を慈しむように歩いていった。


 ◇


 私はその光景を、胸の疼きと共にただ見送っていた。

 月華さまとの関係とは、あまりに違う。


 月華さまは私を導いてくれる。

 けれど、それは常に「支配」と「命令」の刃を突きつけられた緊張感の中だ。


 あんな風に。

 優しく守られ、涙を拭われ、甘やかされる関係があるのだとしたら。


「……いいなぁ」


 喉から本音がこぼれ落ちた瞬間。

 首元の銀のチョーカーが、いつもより冷たく、ズシリと重く感じられた。


 まるで、月華さまが私の浮ついた羨望を咎めるために、喉を締め上げたかのような錯覚。


 私は主君への罪悪感を抱えたまま、重くなった足取りで再び歩き出した。

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