第28話 共犯者の夜、重なる鼓動
月華さまとの、魂を削られるようなダンス練習を終えた。
自室に戻ったのは消灯直前。酷使した足指はジンジンと熱を持ち、感覚が麻痺している。
重い扉を押し開けると、室内は深海のような静寂に包まれていた。
(柚月さん、まだなんだ……)
ルームメイトの柚月さんも、聖羅さまのパートナーとして連日の特訓に身を捧げている。
ここ数日、私たちは朝の数分以外、目も合わせていない。
以前は当たり前だった、寝る前の他愛ないお喋り。
それさえも、今は失われている。
私は制服を脱ぎ捨て、逃げるようにベッドへ潜り込んだ。
ひんやりしたシーツが、孤独を強調する。私はようやく「パートナー」の仮面を外し、泥のような眠りに落ちようとした。
◇
――カタリ。
微かな音と、床が軋む気配。
柚月さんが帰ってきた。
ルームメイトを起こさないよう、息を殺して着替える音が闇に響く。
声をかけるべきか迷ったが、疲労を考えて寝たふりを続けることにした。
けれど。
気配は自分のベッドではなく、私のすぐ横で止まった。
シーツがわずかに沈み込む。
「……南藻さん。起きているのは、わかっていますよ」
甘く湿った囁き。
驚いて目を開けると、至近距離にパジャマ姿の柚月さんがいた。
彼女は私の返事も待たず、布団の中に滑り込んでくる。
狭いベッドの中で、二人の体温が混ざり合った。
「柚月さん? ……どうしたの」
「……一人が、寂しかったんです」
首筋にかかる彼女の吐息。
「聖羅さまの完璧な世界に閉じ込められて……このまま自分が消えて、あの方の人形になってしまう気がして」
普段は冷静な彼女が漏らした、あまりに脆い弱音。
触れる肌は驚くほど熱い。
彼女も私と同じように、圧倒的な「巨人」の影で摩耗していたのだ。
◇
「……私も、同じだよ」
シーツの中で彼女の手を探り、指を絡めた。
「ずっと、柚月さんの声を聞きたかった」
私たちは声を潜め、まるで懺悔でもするように今日あったことを報告し合った。
月華さまの不器用な嫉妬。小鈴さんと踊った時の安らぎ。
そして、聖羅さまの狂気的なまでの支配。
私たちは「お姉さま」のことを尊敬し、お慕いしている。
最近では、ようやく心の距離も近づいてきた。
けれど――
身分の隔たりは、お側にいるだけで胸の奥に重い負担を落としてくる。
外では決して口にできない、主君への恐れと小さな不満。
それは忠誠を誓った身には冒涜かもしれない。けれど、このリネンの内側だけは、私たちはただの少女に戻ることができた。
「南藻さん、少し……見せてもらえますか?」
柚月さんの視線が私の喉元を射抜いた。
顎を上げ、首筋を晒す。
拘束具を外した跡には、一日中圧迫されていた生々しい「痕跡」があるはずだ。
柚月さんの冷たい指先が、私の首をなぞった。
「……赤くなっていますね。月華さまの印が、こんなに深く」
「柚月さんの方こそ……」
私も彼女の首に触れる。
そこにも、聖羅さまのチョーカーが残した赤い帯状の鬱血があった。
互いの指先で「所有の事実」を再確認する作業。
それは、自分たちが同じ痛みを背負った共犯者であることを決定づける、秘密の儀式だった。
◇
「痛みますか?」
「……ううん。こうして触れてもらうと、気が楽になるわ」
指を強く絡め、重なり合う鼓動のリズムを感じる。
トクン、トクン。
それが私たちの生存証明だった。
外に出れば、私たちは別々の派閥に属する駒だ。
お披露目会ではライバルとして残酷な舞台に立つ。
けれど、このベッドだけは、一九三センチの支配者も入り込めない、私たちだけの聖域。
「明日も、また練習ですね」
「ええ。……でも、今夜はよく眠れそう」
柚月さんの声から悲壮感が消えていた。
醜い部分もさらけ出せる相手がいる。
その確信が、強張った心を溶かしていく。
どれだけ月華さまに圧倒されても、帰る場所がある限り、私は私でいられる。
重なる鼓動がまどろみに変わっていく。
明日、また重いチョーカーの金具を留める時、私たちは再び「パートナー」の仮面を被るだろう。
けれど、その裏にある共犯者の誓いは、何よりも強く私たちを支えてくれるはずだ。




