第22話 彩られる首元、乙女たちの晩餐
放課後、私は一人、図書館の隅に身を潜めていた。
嵐のような選定期間が終わり、学園内には甘ったるい期待と、焦げ付くような嫉妬が渦巻いている。
その熱気から逃げるように、私は本に没頭しようとした。
けれど、指先は無意識に自分の首元へと伸びてしまう。
そこにあるのは、月華さまから贈られた「黒と銀」のチョーカー。
なめらかな黒革の中心で、三日月の銀細工が冷たく光っている。
首を傾げるたび、革のエッジが肌をかすめ、重みが鎖骨を圧迫する。
そのひんやりとした感覚が、私はもう自由ではなく、彼女の「所有物」なのだと突きつけてきた。
(……全然、内容が入ってこない)
昨日、あんな劇的な形で「略奪」されてから、私の日常は一変してしまった。
胸元で揺れる銀の月は、月華さまの執着そのものだ。
私は、秘めやかな嬉しさと、背徳的な安堵が溶け合ったような複雑な熱を抱えながら、約束の時間を待っていた。
◇
閉館の予鈴が鳴り、私はルームメイトの柚月さんと合流して食堂へ向かった。
夕暮れの廊下、向こうから見覚えのある二人が歩いてくる。
同じ一年生の友人、怜奈さんと千里さんだ。
「あ、南藻! 柚月も!」
快活に手を挙げる怜奈さん。
けれど、近づいた彼女の首元を見て、私は目を剥いた。
健康的な首筋に巻かれた、武骨な「黒」一色の革ベルト。
そして隣で怯える千里さんの首には、鮮血のような「赤」のチョーカー。
「怜奈さん、千里さんも……」
柚月さんも無言で、自分の「青」いベルベットをなぞった。
四人全員。
その首に、逃れられない「お姉さま」の証が刻まれていた。
私たちは言葉を交わすまでもなく、奇妙な連帯感で一緒に夕食をとることにした。
◇
食堂に入った瞬間、周囲の視線が突き刺さる。
有力者に選ばれた一年生が四人も揃う光景は、今の学園で最も異質で、刺激的だった。
「……すごい見られてるね」
苦笑する怜奈さん。
その動作で首の革が筋肉に食い込む。
「仕方ありませんわ。注目されるのもパートナーの役目です」
柚月さんが淡々と紅茶を啜った。
私たちはぽつぽつと、選定の経緯を語り合った。
怜奈さんを選んだのは、ブラックリリーの早乙女楓さま。
「『勝手にどっか行かないように、私の横にいてよ』って言われてさ」
笑う怜奈さんだが、その黒革は彼女を繋ぎ止めるリードのようにも見えた。
一方、千里さんは顔を真っ赤にして俯く。
「私、私は……朱雀院咲夜さまに……」
学園の王子様、咲夜さまの名前に私と柚月は息を呑んだ。
「急に目の前で跪いて……『君の震える肩を、僕の赤で守らせてほしい』って……」
消え入りそうな声。
けれど、彼女の首の「赤」は、最強の騎士の庇護下にあることを雄弁に物語っていた。
柚月さんの深淵な青。
怜奈さんの実直な黒。
千里さんの情熱の赤。
そして、私の支配的な黒と銀。
テーブルの上には、四者四様の「愛」の形が並んでいた。
もう、ただの生徒には戻れない。
私たちは美しく不自由な、籠の鳥になったのだ。
◇
寮への帰り道、夜風が火照った肌を撫でる。
首元のチョーカーが、歩くたびに「誰のものか」を囁き続けてくる。
「ダンスパーティ……緊張するね」
不安げな千里さんに、怜奈さんが力強く答える。
「大丈夫、みんな一緒だよ。教え合おう」
「ええ。仕える主は違っても、私たちはこれからも友達よ」
柚月さんの言葉に、私も深く頷いた。
自室に戻り、制服を脱いで鏡を見る。
無防備な首筋に、黒い革と銀の月。
服を脱いでも、これだけは外せない。
月華さまの執着は、もう体の一部のように馴染み始めていた。
「……月華、さま」
銀色を指でなぞると、冷たい金属から熱が伝わってくる。
あの焦がすような瞳に見つめられている錯覚。
不安はあるけれど、同じ悦びを知る友人たちがいる。
私は鏡の中の「所有物」に向けて小さく微笑み、眠りについた。




