第21話 二人の印、それぞれの選択
有栖川月華さまに強引に略奪された翌朝。
教室に入った私を待っていたのは、粘りつくような好奇の視線だった。
私の首には、隠しようのない事実が鎮座している。
ブラックリリーの「所有物」であることを示す、黒と銀のチョーカー。
体温で温まった革が、月華さまの指先のように頸動脈を甘く締め付けていた。
けれど、クラスを揺らしていたのは私だけではなかった。
デバイスに配信された「公式パートナー一覧」が、さらなる衝撃を巻き起こしていたのだ。
「あの『聖母』聖羅さまが、特定のパートナーを選んだの……?」
「東雲さんを指名するなんて――そういう噂はありませんでしたのに……」
「いつの間に、仲を深めたのかしら?」
視線は、私の隣に座る柚月さんに集中した。
「全員を平等に愛する」はずのブルーローズのトップ・白鳥聖羅さま。
学園の聖母が、ついに一人の少女を「独占」したのだ。
◇
柚月さんが困ったように、けれどどこか陶酔した様子で髪を耳にかけた。
露わになった首筋には、深い海のような「青」のベルベット。
私の攻撃的な漆黒とは対照的な、けれど一度沈めば逃げられない深海のようなチョーカー。
「聖羅さま、なんて仰ったの?」
問いかける生徒たちに、柚月さんは熱い溜息をついて語り出した。
「聖羅さまは……『他の誰にも触れさせたくない、自分のものにしたいと思ってしまったの』って……」
あの聖母の仮面の下にあった、強烈な独占欲。
柚月さんはそれを拒まず、自ら首を差し出したのだ。
彼女の目には「略奪された」という戸惑いではなく、巨大な愛の深淵に身を沈めた、静かな覚悟が宿っていた。
私と柚月さん。
親友同士の首に刻まれた、それぞれの「飼い主」の印。
私たちの関係に、背徳的で新しい色彩が加わった瞬間だった。
◇
一方、別の「道」に進む者もいた。
委員長の琴音さんは、冷徹な生存戦略として生徒会入りを決意していた。
「フローラリアとのコネクションが一番欲しかったけれど、生徒会の実利と人脈だって十分、将来の武器になるわ」
眼鏡を押し上げる彼女の指先に、迷いはない。
感情を排した、賢明な選択。
そこへ、不機嫌そうに肩を怒らせた亜美さんが近づいてきた。
誰からも指名されなかった彼女のプライドは、ズタズタなはずだ。
「ふん、何ですの、その首輪。……見せつけてくれますわね――でも、選ばれたからには無様な姿を晒さないでくださいませ。特に南藻さん、月華さまの隣で縮こまってたら承知しませんわよ!」
それは、彼女なりの精一杯の敗北宣言とエールだった。
◇
放課後。
中庭のベンチで、私と柚月さんは並んで座った。
足元の芝生が西日に黄金色に染まり、二人の影を長く伸ばす。
「南藻さん……大変なことになってしまいましたね」
柚月さんがいたずらっぽく笑う。
「本当に。でも、柚月さんが一緒でよかった。一人だったらこのプレッシャーに潰されていたわ」
私たちは来月の「ダンスパーティ」について話し合った。
それは新パートナーたちのデビュー戦。
派閥の威信をかけた真剣勝負だ。
一九三センチの月華さまのリードに応えるという、高いハードルが私を待っている。
「練習、頑張りましょう。私たちが最高のパートナーだって、皆に認めさせましょうね」
重ねた手のひらから、体温が伝わる。
黒と青。
異なる色を背負いながら、私たちの絆はより強固で秘密めいたものに変わっていた。
それぞれの「お姉さま」の所有物として、新しい一歩を踏み出す。
首元の冷たい金属が、ふと所有者の存在を主張するように肌を刺した。




