第14話 静寂の茶室と、震えるおひな様
凰華女学院という、美しくも歪な世界に身を投じてからしばらく経った。
この場所で生き抜くために、私はルームメイトの柚月さんにある提案をした。
「柚月さん。私と一緒に、『お嬢様らしいこと』をしてみない?」
それは単なる憧れからの提案じゃない。
――淑女としての作法を「武装」するためだ。
月華さまや聖羅さまと対峙するたび、自分の未熟さを痛感してきた。
彼女たちの前で胸を張るには、型に裏打ちされた教養がどうしても必要だった。
私たちは、文化棟の奥にある茶道部を訪ねることにした。
◇
茶室に足を踏み入れた瞬間、外界の喧騒が消えた。
い草の香りと、障子越しの柔らかな光。
自分の呼吸さえうるさく感じるほどの静寂が、そこにはあった。
「……あ、あの。お待ちしておりました」
現れたのは、四組の内部生・石田千里さん。
茶道の家元の娘だと聞いていたけれど、その姿は想像と違っていた。
身長は一五〇センチほど。私よりも小さくて華奢だ。
大きな瞳を揺らし、小鹿のように怯えている。
その姿は、棚に飾られた繊細な「おひな様」を連想させた。
「不束者ですが……お点前を、教えさせていただきます。よ、よろしくお願いします……っ」
内部生のお嬢様が、外部生の私たちの前でこれほどまでに震えている。
その光景に、私の胸の奥で奇妙な熱が沸き上がった。
◇
お点前が始まる。
釜から立ち上る湯気で、彼女の頬が赤く染まる。
柄杓を持つ指先は、見ていて痛々しいほど小刻みに震えていた。
「……ごめんなさい。わたし……、人前に出るとどうしても……」
俯きながらも、彼女の手は止まらない。
驚いたことに、その所作は完璧だった。
震える精神を裏切るように、名門の血が刻み込んだ「型」が、揺るぎない美しさを描き出す。
そのアンバランスな姿に、私は目を奪われた。
やがて、点てられたお茶が私の前に差し出される。
茶碗を受け取った瞬間、彼女の冷たい指先が私の手に触れた。
激しく、震えている。
(ああ……この子、私よりもずっと脆いんだ)
自分より小さく、壊れそうな存在。
それを見た瞬間、私の中の「守られる側」という意識が音を立てて変わっていく。
(この子のことを、守ってあげたいわ)
圧倒的な、嗜虐的ですらある「庇護欲」が私を貫いた。
◇
一口、お茶を啜る。
震えとは対照的な、凛とした味わい。
「……素晴らしいです、千里さん。あんなに震えていたのに、こんなに凛としたお茶を点てられるなんて」
自分でも驚くほど落ち着いた、どこか諭すような声。
まるで「お姉さま」のような響きだ。
千里さんはぱっと顔を上げ、涙を溜めて私を見つめた。
「南藻さんに、そんな風に言っていただけるなんて……っ」
◇
帰り道、夕闇に染まる並木道を歩きながら、胸の奥に静かな充実が満ちていくのを感じていた。
隣の柚月さんも、何かを決意したような表情で呟く。
「千里さん、とても可愛らしかったですわね。守ってあげなきゃって、使命感を感じてしまいました」
(……柚月さん。私と同じ気持ちだったんだ)
私たちは、紫に染まりゆく空を仰いだ。
その瞬間、ふと気づく。
私は、ただ「捕食される側」ではない。
弱い者を慈しみ、その震えを包み込むこと。
それは、月華さまたちが楽しんでいる「支配」の味に、どこか似ていた。
優しさと支配は、紙一重だ。
私の中に芽生えた支配者――あるいは保護者の種。
それは、私の中で何かが変わり始めた、最初の一歩だったのかもしれない。




