第11話 聖母の微笑と、禁断の検査
放課後の廊下に、夕日の影が長く伸びていた。
静まり返った空気の中、私は担任の志保先生に呼び止められる。
手渡されたのは、一輪の青い薔薇と、厚手のカード。
美しいカリグラフィーで記されていたのは、学園三大派閥の一角――
『ブルーローズ(青薔薇会)』からの招待状だった。
送り主は、三年生の白鳥聖羅さま。
学園の「聖母」と慕われる、気高きお方だ。
(どうして、私なんかが……)
困惑しながらも、私は黒崎結衣さまの警告を思い出していた。
私の振る舞い一つが、月華さまの立場を揺るがすかもしれない。
その自覚が、背筋をひやりとさせた。
◇
私は寮へ戻る前に、手洗いの鏡の前で入念に自分を点検した。
チェックのスカートの皺を伸ばし、リボンの結び目を数ミリ単位で整える。
少し跳ねた焦茶色の髪を指で梳き、完璧な「守られるべき弱者」を作り上げた。
鏡に映る、一五三センチの小柄な私。
この無垢に見える外見こそが、私の武器だ。
フローラリアの高貴なお姉さまたちを惹きつける、甘やかな毒。
庇護欲をそそるこの姿は、決して偶然ではない。
私は自分の「可愛さ」を武器にする野心を、胸の奥で静かに煮え立たせていた。
◇
夕刻の紫色の空の下、私は青薔薇会のサロンへ足を踏み入れた。
アンティーク家具に囲まれた静謐な空間。
その中心で、白鳥聖羅さまは静かに微笑んでいた。
「ようこそ、小井縫さん。写真で見るよりずっと可愛らしいわね」
甘く、けれど芯の通った声音。
聖羅さまは、完璧な縦ロールの髪に慈愛に満ちた瞳を湛えていた。
けれどその奥には、獲物を逃さない捕食者の光が宿っている。
彼女が立ち上がると、一七三センチの長身が私を影で包み込んだ。
至近距離で漂う上質な香水。
私は思わず呼吸を浅くする。
「貴女のような愛らしい方を、ブラックリリーの影に置いておくなんて勿体ないわ」
聖らかな彼女に「妹」として扱われる可能性――。
その予感に指先が震える。
私は必死に高揚を抑え、慎ましやかに視線を伏せた。
……けれど、会話は唐突に、あらぬ方向へ転がった。
「ところで南藻さん。本日は、どのような下着を召しているのかしら?」
「えっ……あの、聖羅さま……?」
微笑みは崩れていない。
なのに、瞳には私の反応を愛でるような鋭い光が宿っている。
「普通科のスカート丈がこれほど短いのは、わたくしたちを楽しませるためなのよ。さあ、こちらへ。校則を守っているか、わたくしが直々に確認してあげましょう」
聖羅さまは扇子の先で、自分の膝元を指し示した。
フローラリアの命令は、平民の私にとって絶対だ。
歩み寄ると、聖羅さまは扇子の先を私のスカートの裾へ滑り込ませた。
太ももをなぞる、冷たい感触。
「自分でめくってみせて。それとも、わたくしの手伝いが必要かしら?」
屈辱で顔が熱くなる。
なのに、圧倒的な権力に蹂躙される悦びが、内側から溢れてくる。
私が自ら背徳の淵へ踏み出そうとした、その時だった。
サロンの空気が、一瞬で凍りついた。
「――この子の検査なら、私が行いますわ」
地を這うような冷徹な声。
背後に立っていたのは、一九三センチの魔王――
有栖川月華さま。
彼女は私の肩を、所有を主張するように力強く鷲掴みにした。
「挨拶もなしに押し入るなんて野蛮ね、月華さん」
「他人の飼い犬に手を出す無作法を、まず省みるべきではありませんか」
月華さまは私を引き寄せ、ご自身の長いドレスの影に完全に隠した。
一九三センチの魔王と、一七三センチの聖母。
火花を散らす二人の間で、私は月華さまの体温に身を委ね、強烈な安心感に浸っていた。
◇
帰り道。
夕日の廊下を、月華さまは大きな歩幅で進んでいく。
私は彼女の袖を掴み、必死に追いかけながら声を絞り出した。
「……あの、月華さま。わざと私の醜態を見物していたんですか?」
彼女が突如として足を止める。
振り返った銀色の瞳には、昏い独占欲が渦巻いていた。
彼女は私の顎を強く持ち上げ、冷たく見下ろす。
「生意気な口を利くのね。……誰にでも尻尾を振る駄犬には、もっと厳しい躾が必要かしら?」
「ご、ごめんなさい……っ」
叱責に震えながらも、心臓は狂おしいほど高鳴っていた。
月華さまはフンと鼻を鳴らし、再び歩き出す。
私を支配しているのは、この人なんだ。
その事実を、深い満足感と共に噛み締めていた。




