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異界融合 〜崩壊した世界を少女達と共に生き抜く〜  作者: レモンGUN
一章

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9/13

湧き出る感情

 ────── ────── ──────


「やっちゃったなぁー」


 私はひとり、トボトボと帰路についている。街灯のない暗闇だけど、月明かりが強くて、木々に遮られつつも地面を明るく照らしてくれているので、迷うことは無かった。

 はぁ……。凛にちょっと走ってくる、って言って、道は悪いけども森になった町を気持ちよくランニングしてて……。

 そこまでは良かったんだけど、ちょうど折り返して帰るか、って思ったところで頭痛に襲われて、あーこれあの時のやつだって思いながら近くの空き家にお邪魔させてもらって休憩して。

 んであの時と同じように地震の中、気を失って、起きたら夜。


「はぁーみんな心配してるだろうなぁ」


 ただでさえ大変な時なのに、行方不明なんて。帰ったら色々言われそう。校外のランニング禁止とか言われたらどうしよう。凛も心配してるだろうか。……プンスカ怒る姿が目に浮かぶ。可愛い。

 避難所で出会って話すようになった優希さんも、心配とかしてくれてるだろうか。うーん……なんか家族以外の男の人に心配してもらえるって、イイな。想像して少し顔がニヤけた。

 凛が助けてもらったって言って会いに行ってから、ちょくちょく話してるけど。やっぱ惚れてるのかなぁ。あんなに積極的な凛、初めて見るもんな。お弁当なんて作っちゃて……年上が好みだったかぁ。そりゃ同級生じゃ撃沈するわけだ。

 ……私はどうだろうか。凛から取るつもりはないけど、もし要らないってなったら私が貰っちゃってもいいかなぁ。


 そんな、色恋もよくわらないくせに皮算用をしてると前方に人影が見えた。こんな夜中に?私も人のこと言えないか。声をかけてみよう。


「ぉ……?」


 かけようとして、声が詰まった。何か……変だ。

 ゆらゆら揺れて……何かが首にぶら下がってる?ずっと暗がりを歩いて来ているから、目は慣れてると思うが、月明かりを頼りにもう少し目を凝らした。


 それは、人のようで人ではなかった。妙に細長い脚と地面に届きそうなほど長い腕、不気味なほど白い肌に、滲んだような赤い斑点が全身に広がっている。全身を痙攣させ、うーうー唸りながら、ジュゥジュゥと何かを啜っている音が聞こえる。

 ぶら下がっているものは人間だった。そいつが人間の肩にかぶりついて持ち上げていたんだ。


「っ!?……っ」


 叫ばなかった自分を褒めてやりたい。

 理解ができなかった。人間を食べているようにしか見えない。オバケ?よしんば人間だったとしても、絶対に近づいてはいけないと断言できる。

 幸いこちらに気づいた様子はない。少しずつ離れて民家の塀に隠れた。


 なに、なんだあれ。恐怖で心臓がバクバクなっている。人喰いオバケ?なんで?何も分からない。ただ見つかってはいけないことだけはよく分かった。

 ここにいればどこかに行ってくれるだろうか。身を潜めて、アイツがどっかに行ったら学校まで走ろう。どっか行かなくても朝になれば、きっと誰かが通りかかる。その時に助けてもらおう。大丈夫、ここで隠れてよう。


  ──────ドサ。


 何かが落ちる音。なんだろう。動きたくはなかったけど、何も分からない恐怖の方が嫌だった。確かめなくちゃいけない。私はそっと塀から顔を出して化け物の方を見た。

 スンスンと周りの匂いを嗅いでいるような仕草。いつの間にか咥えられていた人は地面に落ちていた。

 匂いを嗅ぎ続けるオバケをジッと見ていたら急に顔がこちらの方を向いた。心臓が跳ね上がる。


『アァ…ハァアァン……ァハッ!』


 気色悪い声。痙攣しながら体をゆっくりとこちらに向け、ペタペタと歩いてくる。鳥肌がたった。気づかれてる!?


 立ち上がり、オバケとは反対方向に走り出す。キモいキモいキモい!なんで気づかれたの?わけ分かんないよ!

 スンスンと鼻をならしていたのを思い出す。匂い?私の匂いってこと!?そんな臭うかな私ぃぃ。

 ドン、という音が後ろから聞こえ振り返ると、さっきまで私が隠れてたブロック塀を破壊して、こちらに走るオバケの姿が見えた。すごい怪力だ、捕まったらまずいことになるのは間違いない。

 怖い。必死に体を動かした。絶対に、追いつかれたくない。


 敷地の塀を飛び越えようとして、違和感に気づいた。思った以上に飛び上がってしまい、着地した時に転びそうになる。自分の体のことなのに戸惑った。

 なんか……すごく体が軽い?確かめるように体を使ってみる。すごいスピードが出せるし、目の前のブロック塀なんて触れずに軽々越えられる。高めの壁も三角飛びで難なく上がれる。人生初のパルクールをしながら、自分の出来ることがどんどん増えていく感覚を体感する。

 なんだこれっ!すごいっ!目覚めてから体の調子がいいとは思っていたけど、こんなことってある!?

 ジャンプすれば二階の窓まで楽々届くし、そこから向かいの家までひとっ飛びで移動できる、忍者にでもなった気分だ。


「ふうぉーうっ!」


 追いかけられている恐怖があったはずなのに、この自由な感覚が面白くて変な声が出てしまう。これなら簡単に逃げられるかも。

 木の幹に掴まりそこから塀の上へ。一息に20mくらいを駆け抜けると2階建ての家の屋根に跳び乗る。助走をつけて、隣の、そのまた隣の家の屋根まで幅跳びの要領で移動する。

 気持ちいい……。これ夢かな。なんかよく分かんないオバケもいるし。

 今ならなんでもできる気がする。これが万能感ってやつ?

 ピョンピョンと移動しながら勢いよく民家の庭先に着地。走り出そうと顔を上げたところで、正面にいるものに気づいた。


『ンハァアァ……』


「あ……」


 調子に乗って遊び感覚で逃げていたのが悪かったのだろうか。夢中になって体を動かして火照っていた体から、血の気が引いていった。すでに振り上げられた細長い腕を見て咄嗟に横に飛び込むが、間に合わない。振り抜かれた腕は私のお腹にめり込んで、私をボールのように弾き飛ばした。


「うぐぅ……」


 なんで?もう追いつかれた?ずっと突き放していると思っていた……。お腹が痛い。頭が真っ白になった。痛い痛い、痛い……。少し経つと上に飛ばされていた体は止まり、落下を始める。マズい、このまま落ちたら。でも体が思うように動かない。

 うずくまるような体制のままくるくると回転しながら落ちる。景色が高速で流れ、もうどっちが地面でどっちが空なのか、分からない。諦めに頭を支配され始めた頃、体が強く打ち付けられた。

 大きな音と共に目の前が真っ白になって、酷い耳鳴りがする。全身の痛みと痺れで体を動かすことができない。息ができない。逃げなきゃいけないのに……このままじゃオバケに食べられちゃう。最初に見た、食べられている人を思い出して心の底から恐怖が湧き出る。涙がじわりと溢れ出た。


 だけど、泣きながらしばらく動かずにいた私を、オバケが食べにくることはなかった。


 …………何分くらい経っただろう、ようやく体が動かせるようになって来た。

 ゆっくりと体を起こし、体の調子を確認する。全身痛いが、どうしようもない怪我はないように思えた。

 少し、落ち着いてきた。ふと周りを見る。屋根の上に落ちたみたいで、すごいバキバキになっちゃってる。家の人ごめんなさい。

 そこから周辺を見下ろす。ここで初めて気がついたが、オバケがすごいたくさんいた。そこらじゅうに。歩いているのもいれば、止まってゆらゆらしてるのもいる。囲まれてるのだと理解した。


「どう、すれば……」


 幸い、こちらに気づいて向かって来ているオバケはいなかった。あんなに大きな音を立てたのに、ラッキーだ。もしかしたら上の方は見えないのかもしれない。

 それなら、屋根伝いに学校まで向かえば見つからずに帰れる!

 そう思い立ちあがろうとするが……うまく立てなかった。脚の感覚が無く、震えて力が入らない。

 ぺたんと座り込み、その場でしばらく呆然とする。動かすイメージをいくらしても、足はまったく動かなかった。

 これじゃ……帰れない。


「ヤ、ヤだぁ……」


 周りのオバケが目に入り、思い出したようにまた恐怖が湧き上がって来た。一生このまま、ここに一人?もしオバケに見つかったら?食べられておしまい?

 これが私の人生?


「やだよぉ……」


 まだやりたいこともいっぱいあるのに。大会でいい結果も出したいし、もっと友達と遊びたかった。凛との旅行だって楽しみだったのにっ!恋だってまだ……。


「うぅ……」


 涙が出てくる。

 ちょっと走ってくるねって、学校の外を走ってただけなのに。突然頭が痛くなって、地震が来て、気を失って……。目が覚めたら、怖いオバケがいて、追いかけられて。わけがわかんないよ。


 ……私の人生、これでおしまい?そう思うと最近の濃密な日々の思い出が涙と共にあふれてきた。

 最初は、地震が起きてどうなっちゃうのか不安だったけど、避難所でみんなと協力して過ごすのは、少し楽しかった。大変だったけどなんとかなるって希望もあったし、凛と優希さんと一緒に話すのも楽しかった。


「うっ……う……」


 仰向けに寝転がる。またみんなと会いたい。遊びたい。お喋りしたい。

 夜空が見える。星が瞬いていてすごく綺麗だった。最近は夢みたいな日々だった。全部夢だったらと思うけど、でもみんなと過ごせたのは楽しかったんだ。




「……朝だ」


 遠くの方が白んできているのが見えた。

 ……もしかしたら、朝になったら誰か探しにきてくれるかも。あ、でもオバケいっぱいいるし危ないから来てほしくないな。やっぱり自分の足で帰らなくちゃダメだ。

 しばらく、助けてくれる誰かを期待しながら、自問自答していた。空が明るくなり、星が消えた頃。


  ──────アォーーン


 声が聞こえた。狼の遠吠えのような。

 体を起こし、声がした方を見る。何かが走っているのが見えた。犬だろうか、複数匹がこちらに走ってくる。


『ンァア!ンァア!』


 周りも騒がしくなった。オバケがうようよと動き出し、散り散りに移動しているように見える。

 そうこうしてるうちに狼がしっかり見えるところまで走ってきた。すごいスピードだ。それに大きい。私より大きいのは確かだ。オバケもおかしいけどこの狼もおかしいよね?

 狼は、その勢いのまま近くのオバケに噛みついた。


『ン゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!』


 甲高いオバケの悲鳴が響き渡った。

 狼がオバケを襲っていた。横っ腹に噛みつき左右に首を振って振り回そうとしている。オバケが腕を振って狼を弾き飛ばすけど、今度は別の狼が首に噛みついた。

 狼の唸り声とオバケの悲鳴のような叫びが、響き渡っていた。


 ふと、感覚のなかった脚に痺れが戻っているのに気づいた。

 逃げなきゃ。今がチャンスだ。周りを見回すと、オバケは隠れたのかどこかに逃げたのか、見当たらなかった。

 踏ん張って脚に力を入れる。震える脚を叩きながらなんとか立ち上がる。ふるふるしてるけどなんとか動きそうだ。

 その場で軽くジャンプし、体を慣れさせる。


「うん、大丈夫いける」


 少し希望が見えてきた。

 屋根伝いに、慎重に、周りをきちんと確認しながら移動しよう。帰るんだ。みんなのところに。



 どれくらい経ったか分からないけど、ようやく学校の近くまできた。周りはすっかり明るくなってる。ずっと緊張していたからか、あっという間のような、でもすごい長い時間のように感じた。

 近くまではきたけど、でも問題がある。周りに狼がいるのだ。近場には一頭しかいないが、遠くの方にも何頭か。

 しかもこの狼、絶対にこっちに気づいてる。屋根の上には登ってこないけど、明らかにこちらを見ないようにしているのが分かる。ちっちゃいワンちゃんだったら可愛いけど、実際は、人喰いオバケを食べちゃうような、私よりも大きな狼だ。学校に入るには屋根からは降りないといけない。フェンスまで走って上り切れれば助かるだろうか。


「ふぅ………」


 やるしかない。

 屈伸をして足首を回す。何度も頭の中でシミュレーションをして、いざ。

 屋根から飛び降り道路に着地する。同時、狼が立ち上がりこちらに走り出す。まるでビーチフラッグのように。

 やっぱり気づいてないふりをしてたんだ!

 私は全力でフェンスまで走り、とびつく。必死に登り、上端に手をかけると一思いに体を投げ出した。狼が大きな口を開けて飛びついてきているのが見えた。そしてガシャン、とフェンスに突撃する。

 やった、助かった。はやくみんなに会いたい。それに狼のこととか、オバケのこととか教えないと!

 震える足になんとか力を入れ立ち上がり、歩き出しながら振り返り、狼をもう一度確認する。


 狼がフェンスを食いちぎっていた。


 針金でできた網目状のフェンスがみるみるうちに食い破られていくのが分かる。ダメだった。逃げられないんだ。ここは安全じゃなかった。

 私は近くの、倉庫として使われているプレハブに走り中に入った。ドアを閉め、鍵をかける。

 少し間が空いてグシャリ、とドアが歪んだ。薄いプラスチックの扉なんて、この狼には紙みたいなものなのだろう。扉の下部に大きな穴が空き、そこから顔を捩じ込み入ろうとする狼。

 もう、ダメだ……。

 なんとか頑張っていた足の力が抜け、座り込む。穴から徐々に入ってくる狼を見ながら、死が間近に迫っているのを感じる。死ぬのかな、私。

 今日、目が覚めてから何度も怖い経験をしたけど、なんとか学校まで帰ってこられて、助かったと思ったのに。勇気を出して頑張ったのに。

 結局、死んじゃうんだ。


「いやだ……」


 いやだ。涙が溢れてくる。死にたくない。

 そもそも何でオバケとか狼とかに襲われなくちゃいけないの?安全だと思っていた学校にも簡単に狼に入られた。

 ……ああ……最悪なことに気づいてしまった。なんで学校のこんなに近くに狼がいたんだろう。なんで?誰かが退治とかしなかったのか。そういえば今まで人の声とか聞いてない。あんなにいっぱい人がいたのに、聞こえないことなんてあるだろうか。


「いやだ………」


 最悪だ。みんな、みんな、食べられちゃった。凛も、優希さんも、友達も、クラスメイトも、みんな。


「ヤダヤダヤダヤダ!やだよもぉ!なんでこんなことにっ!なんでっ……!」


 私もみんなと同じように食べられる。それが恐ろしくて部屋の奥まで逃げようとするが、立ち上がれない、腰が抜けた?脚にはもう力は残っていなかった。

 絶望しかなかった。狼の涎があちこちに飛び散っている。扉の穴を少しずつ広げながら部屋に入って来ていた。

 もう、やだ…………誰か、助けてよ…………。




「 ──────うぉらぁっ!!」


『ギャウッ』


 狼が、ベタン、と地面に叩きつけられた。首を振り回して暴れ回る。口から血を吐き出しながら、体を扉の穴から引き抜こうとしている。

 何度か外から肉を引き裂くような音が聞こえると、狼は動かなくなった。口から流れた血が床に広がる。

 少しして、狼が引きずり出され扉が無理矢理引き剥がされた。


 そこには、優希さんがいた。


「っ!?響っ!無事だったか!」


 優希さんはしゃがみ込み、私に手を貸してくれた。


「立てるか?」


 首を振った。全然力が入らない。

 その時、遠くの方から狼の唸り声のようなものが聞こえる。


「っ!?」


 優希さんは、持っていた鉄の棒を遠くへ投げ捨てると、私を抱えて走り出した。お姫様抱っこだ。

 校舎の裏手、窓から中に入ると窓際にしゃがみ込む。

 優希さんにギュゥと抱きしめられた。心臓の音がうるさい。私のものなのか優希さんのものなのか分からなかった。

 外から狼が走ってきたのが聞こえた。フンフンと鼻を鳴らしている。見つかってしまうだろうか。ドクンドンクと心臓の音が妙に頭の中に響き渡る。


  ──────アォーーン。


 遠吠えが遠くから聞こえ、近くにいた狼が返事をするように遠吠えをする。走り去っていくのが聞こえた。

 優希さんは力を抜き、抱きしめられていた体が離れる。


「あっ……」


 感じていた鼓動と体温が離れ、自然と声が出てしまった。現実感が無い。助かったのだろうか。


「響……よく生き残っててくれた!頑張ったな!頑張った……よかった……!」


 優希さんは再び私を抱きしめ、頭を撫でる。私は優希さんの顔を見上げた。なんで優希さんが泣いているんだろうか。そんなことを思っていると、私も涙を流しているのに気づいた。ジワジワと感情が溢れ出してくる。

 助かったんだ。頑張って頑張って、帰ってこれた。


「うん、私頑張った。頑張ったよぉ……」


 涙が止まらない。優希さんに抱きしめられ、わんわん泣きながら、恐怖から解放された実感を噛み締めた。




 しばらく、メソメソと泣いた後、軽く近況を聞いた。

 やっぱり、学校は狼に襲われたらしい。私は居なかったから実は運が良かったのだと。凛も生きていると知って、とても安心した。他に生きている子も教室に集まっているらしいので、抱えて運んでもらうことになった。




 移動しながら、優希さんの顔を見上げて思う。

 感謝の気持ちがあるのはもちろんだけど、その他にもすごく、大きな感情が湧き出てくるのも感じた。

 なにか、今まで感じたことのない、初めての感情。だけど……なんとなくだけど、この感情がどんなものなのか理解できている気がする。

 凛……ごめん。



  ──────私、恋しちゃった、かも。


 

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