花弁の下にて
「な、何これ……」
「ヤバい!逃げろ!逃げろぉ!」
「いやぁぁっ!!」
ユニオンの人々はパニックになった。
頭に流れ込んだ絶望のイメージは、容易に理性を剥ぎ取り、冷静に物事を考える力を奪う。
これは凛が送り込んだイメージだろう。これから起こるであろう事を教え、皆に退避してもらおうとしてるのだと思う。
しかし…………。
俺は逃げ惑うユニオンの人々を見回した。近くの人を押し退け、足をもつれさせながら、とにかく遠くへ逃げようと走り回っている。協力しようという気は毛ほども感じられない。
これでは逆効果だ……イメージテロとでも言うべきか。良かれと思ってやったのだろうが……。
「私はまだこの人と話すことがあるので、優希さんは先に逃げてください。響、優希さんをお願いね」
「うん、任せて」
響は返事をして走り出す。
「な……凛!?」
「あぁっ!優希さんっ……!」
驚く間もなくぐんぐん進んでいく。流石は陸上部と言ったところだろうか……俺の強化も相まって、ここにいる誰よりも早く離脱が叶いそうだ。
ネイは俺が響に抱えられて走り去るのを見て、悲痛の目を向けており、凛はそんなネイを槍で牽制しつつ、微笑んでこちらに手を振っていた。
……なぜそんな余裕でいられる?ここに残ることの危険性を教えたのは凛じゃないか!
「響っ……!凛は!?あそこに置いて行くわけにはいかないだろっ!それに、ユニオンのみんなも……協力して誘導しないと被害が……!」
姫葉は既に俺の手を離しており、ユニオンの誘導に尽力していた。分身を駆使して、声掛けと怪我人の運搬を行なっている。
俺にも出来ることはあるはず……!今のうちに強化をかければそれだけでより遠くに逃げることが…………
「ダメだよ。優希さん」
響は走りながら抱えた俺を見下ろしにっこり微笑んだ。
「また自分を蔑ろにしてる。言ったよね?もう言うことは聞かないって」
抱き抱える力はさらに強くなり、俺を解放することは無いのだと理解してしまう。
「響……」
──────ズドンッ!!
俺がこの異常事態……凛と響の異常な行動に困惑していると、先ほどから鳴っていた地響きの発生源がついに地上に姿を現した。
それは校舎を半壊させながら地面を突き破り出現する。先の尖った円錐型の山……いや、蕾か。
その蕾は四つに割れ、ゆっくりと開いていった。
頭に流れ込んできたモンスターのイメージ……それは、一言で表すなら巨大な花だ。既にかなりの距離を離れてしまっているが、その大きさは遠目でもしっかり確認できる。
鱗のようなもので覆われた四つの花弁を持っており、学校に咲いたその花は、それなりの広さがある学校の敷地を半分以上は埋めていた。
その大きさがこのモンスターの特徴の一つと言えるのだが、それだけならば皆はあそこまで恐怖しないだろう。
花が開き切ると、その中心から無数の線が飛び出すのが見えた。その線は弾道ミサイルのように上空へ撃ち出され、やがて落下を始める。
それらは意思を持って落下地点を決めているように見えた。当然のようにかなりの数がコチラにも向って来る。
何故このモンスターをここまで恐れているか……それはこのモンスターが人間を捕まえて食うからだ。
花の中心には大穴が空いており、そこから無数のぬめりのある触手が伸びてくるのだが、その触手一つ一つに口が付いており、それらが人間を捕まえては引き込んでいくのだ。
俺達と同じ方向に逃げていた人が捕まったのが見える。200mほど離れた地点だ。他にも捕獲に成功した触手は多いらしく、悲鳴を上げながらそれらは引っ込んでいった。
捕まってしまった人間のその後を考えると、居た堪れない……。
その花に捕まった生き物はすぐに殺される訳ではない。花が欲するものは一般的な生命活動に必要な栄養素ではなく、魔力だからだ。
捕まって引き摺り込まれた後は手足の自由を奪われ、穴という穴に触手を捩じ込まれる。そして、魔力を限界まで吸い上げられながら餓死するのだ。水だけは無理矢理与えられ、しばらく生きながらえてしまうというのだから絶対に捕まりたくないだろう。死に方としては最悪だ。
この知識を叩き込まれたからこそ皆が恐怖し、理性を失ったと言える。
救ってやりたい……だが、運ばれるだけの身である今、自由がないというのもあるが……たとえ自由があっても何もすることは出来ないだろうな……。
俺の能力では逃げ続けるのがせいぜいだろう。
あの時凛から与えられた逃げるための知識の一つに能力を極力使うな、というものがある。あの触手は魔力のみを探知して追ってくるという性質がある。よって逃げきれない場合は息を潜めて室内などに隠れるのも手らしい。
凛はネイと話があるとか言ってあの場に意図的に残っていた……今理解したが、恐らく隠れるつもりなのだろう。二人とも大丈夫だろうか……。
千秋やチームのみんな……ユニオンの人達も……。
頼む……生き延びてくれ……!
俺は響に運ばれながらただ祈ることしか出来なかった。
────── ────── ──────
「た、助けてっ!やだ!イヤだっ!」
また一人、ユニオンの人が花の中に呑まれていった。周りにはもうネイテールとその部下の二人しかいない。みんなしっかり逃げたようだ。
騎士から読み取った恐怖と一緒にデズボラの特徴を頭に送り込んだのが良かったのか、それとも能力を使って魔力を出し切ることが重要だと伝えたのが良かったのか分からないけど、しっかり優希さんを隠すための囮になってくれてるみたい。
もちろん優希さんに送った正しい対処法とは違うものだ。……どんどん能力の使い方が上手くなってる気がする。
なぜそんなことをしたかというと、優希さんはウェリアっていう魔力が無限に溢れ出てくる体質みたいだからだ。どうしても狙われやすくなってしまう。
だから他にもっと目立つ人達が必要だったのだ……ごめんね、みんな。
私はというと、今はネイテールと対峙していた。この巨大な花……デズボラの花びらの真下で。
「もう一度言います。魔法を解除してください」
「ぐぅ…………」
ネイテールが苦々しげに私を睨んでいる。
なぜ私たちがデズボラに狙われていないのか。それは、この異世界の魔道具マジックリングによって魔力が押し込められているからだ。
私の手首には光るブレスレットが付けられていた。ネイテールとその部下、ニルファにも同じ様に付けられている。
マジックリングには着用者の魔力の使用を制限する効果があるけど、それと同時に溢れ出る魔力をほとんど無くすこともできるのだ。
デズボラは魔力を探知する器官でしか獲物を探すことができないので、これを付けていれば襲われることは無い。
本当は優希さんにも付けてあげたかったんだけど……私がこれを使えるというのは、まだ教える訳にはいかない。変な虫が優希さんにくっついてるからね……後で取ってあげないと。
「あの二人がどうなっても良いんですか?」
「卑劣な……!」
「貴方には言われたくありません!」
そして、なぜ私がネイテールと交渉が出来ているのか。それは、ネイテールの部下二人を人質に取っているからだ。
駐車場からネイテールが優希さんを探しに行った時、一緒に戦っていた部下の二人ニルファとルムネの会話を私は読み取っていた。
それによると、ニルファはネイテールを避難させる役割、ルムネはもう一人の部下チックを連れてここから離れる役割に、それぞれ分かれたようだった。
騎士達の頭を読んでこの後何が起こるかを理解していた私は、ルムネを追いかけてこのマジックリングを奪った。
響と二人で不意をつけば簡単に倒すことが出来たので、手早くマジックリングの使い方とチックの居場所を読み取り、まとめてマジックリングで拘束して隠し、人質として使わせてもらうことにしたというわけだ。
ネイテールの部下三人は彼女の幼馴染だ。物心ついた時から上下関係はあるみたいだけど、友達のように一緒に過ごして来たようなので、無視することは出来ないはず。
「ネイテール様……ここは言うことを聞いとこう?」
「な……ニルファ!?優希さんを諦めろと……!?そんな残酷なこと……」
「ネイテール様!……よく考えて。魔法がなくても優希さんをネイテール様のものにするチャンスはあるよ……これから頑張ろ?ルムネとチックが心配じゃ無いの……?」
「うぅ…………そんな……イヤ……ですぅ……」
ネイテールは苦しそうだ。
実はニルファには既に根回し済みだ。マジックリングを付ける前に、優希さんとの情事……セックスしてた事を知ってるぞ、と脅してある。優希さんから求められてシた、ということは知ってるけど、そもそもネイテールに禁止されてたことだから、バレたくないみたいだ。
優希さんから求められるなんて……羨ましすぎて部下の三人も殺してしまいたかったけど……いなくなったら交渉が出来ない。
それにニルファも幼馴染の心配をしてる。ネイテールほど優希さんにゾッコンじゃないのも良かったのか、私の交渉には乗り気だった。
「うぅ……わかったわ……解除する……」
よしっ!
私がいない間、優希さんは色んな人と関係を持ったようだった。優希さんの優しさにつけ込んで迫ったり、魔力に引き寄せられて襲ったり、私より幼い子もいたのだ。
正直、全員消してしまいたいくらい妬ましかったけど……一番嫌だったのは、この女が優希さんにかけた魅了魔法だ。
これがある限り未来永劫私が幸せになることは出来なくなる。それだけは絶対に嫌だった。
そんな魔法をかけたこの女が心底憎かった。
「さぁ、早く……その下劣な魔法から優希さんを解放してください!」
ネイテールは制服をはだけさせ、腹を見せた。お腹には変な模様があり、それが魅了魔法をかけているという証拠になっているみたいだ。
「うぅ……優希さんに伝えてください……ごめんなさいって……嫌いにならないでって……」
「わかりました……」
伝えるわけがない。
謝罪して済むような話ではないし、今後一切優希さんに近づけるつもりもない。一生嫌われたままでいてもらおう。
ネイテールは専用の魔道具でお腹を撫でた。すると、すぐに下腹部にあった模様は消え去っていった。繋がりが絶たれたような感じだ。
悲しみで足の力が抜けたのか、ネイテールは崩れ落ちる。ニルファに支えられてなんとか立っている状態だ。涙をポロポロと零し、泣いている。
将来あったであろう優希さんとの幸せな生活を取り上げられたのだ。気持ちはどうしようもなく分かってしまった……。
……ともかく、これで優希さんはこの女から解放された。良かった……張り詰めていた心が少し軽くなった気がする。
「……駐車場から学校の外に出てすぐのところにある白い車です。そこに二人はいます」
私は人質の場所を教えるとそこから離れた。
優希さんに会いに行こう。
響とあらかじめ決めた場所がある。響なら優希さんをしっかり守ってくれたと信じているし、そこまで急ぐ必要はないかなって思うけど……これからの毎日を考えると自然と足取りは軽くなる。
私はデズボラに捕まって引き摺り込まれていく人たちを横目に目的地へと走った。




