再会
「むちゅ……んっ……んむ?」
今後の俺の仕事は姫葉に補給しながら強化を施すだけ。そう思って無心でロリ姫葉と抱き合っていたが、急に姫葉が光り出した。
……これは姫葉の分身がやられた時に起こる現象だ。少しだけ年齢が元に戻っている。
もうずっとやられていなかったから、安心していたのだが……反撃が始まったか?
「どうした?大丈夫そうか……?」
「いや……自ら分身を解除して情報を伝えてくれたようだ。騎士共が撤退している……」
「なにっ……ほんとか!?」
撤退……つまり負けを認め、この場から去るということ……俺たちは勝った……?
「外に行ってみよう」
「うむ……」
俺は膝の上から姫葉を下ろして、個室になっていた穴蔵から外に出る。念の為手は離さず、強化は続けている。
「……ふぅ…………」
久しぶりの外だ。久しぶりの日光に久しぶりの新鮮な空気。
さっきまで薄暗い個室の中で姫葉の汗の匂いが充満してたからな。もう少しで理性が弾け飛ぶところだった。
「優希っ!あいつらが……!」
「ああ」
すでに状況を把握していたであろう千秋が、興奮した様子で俺に報告をくれた。
……本当に撤退している……。集団で空を飛びゆっくりと……既に学校の敷地内には入っておらず、こちらの攻撃もあちらの攻撃も届かないだろう。
強化姫葉軍団に太刀打ち出来なくなって撤退、と考えたいところだが……都合よく考えすぎだろうか?しかしそれが一番しっくり来る。
ほとんどやられていなかったということは対処できていなかったということだからな。
「勝った……?」
何処からかそんな声が聞こえる。
「勝ったぞ!」
「作戦成功だ!学校を取り戻したぞ!」
「っしゃあ!」
喜びの声が伝播していく。皆嬉しそうに笑い合っていた。
「やりましたね!会長!」
「ああ!皆もよく頑張った……我々の勝利だ!」
「うぉぉっ!」
勝鬨が上がる。……勝った……!正直実感はあまり無い……後半は姫葉とキスしてただけだからな……。
「やったね優希!」
「そうだな。千秋もよく頑張った」
しかし……後処理はまだ残っている。怪我人は多く、死人も出ている。校舎内にも騎士が残っている可能性もあるだろうしな。
だが、これで異世界人との殺し合いが終わる……!学校は騎士団からの支配を逃れることが出来るわけだ。
「優希さんっ!何処ですかっ!優希さんっ!」
讃えあうユニオンの人達の声を切り裂くような切羽詰まった声が響いた。俺の名前を呼ぶ声?
この声は……ネイだ!騎士達が撤退した今、ネイも一緒に離脱したと思っていた。もう会うことはできないのだと……。
「ネイっ!」
「っ!優希さん!」
ネイの名を呼ぶとすぐにこちらに気づいてくれた。空を飛んでいる……。側にはニルファも一緒におり、こちらに向かってくる。
……しかし……ここにはユニオンの人間しかいない。ネイにとっては敵陣のど真ん中だ。また会えて嬉しい反面、安全な所に逃げていて欲しかったという思いも強い。
「ネイ……」
当然皆の警戒はネイに向けられる。武器を構え、能力で狙い、いつでも害することができるように準備をしている。
何よりここには強化姫葉が大勢いる。20体はいるだろうか……取り囲むように集まってくる。
「優希さん……無事でよかった……。私とここから逃げましょう!ここは危険なんです!」
しかし、そんなのお構いなしに着地し、ズンズン進んでくるネイ。
「止まれ!」
姫葉ちゃんが二人ほど前に立ち塞がる。ナイフを振り下ろし牽制するように切り付けると、ネイは再び空に舞い上がった。
「っ……。なんですかあなたは……邪魔しないでいただけますか?」
ネイ……何か用があるのか?何しにここに……。
「み、みんな、ちょっと待ってくれ……もう戦いは終わったんだ……争う必要は無いだろ?武器を下ろさないか?…………ネイ……危険ってどういうことだ?何か、伝えに来てくれたんだよな?」
俺をダシにユニオンを陥れるための罠じゃなければ良いが……。ネイにそんなことされたら立ち直れないだろう。
ネイは俺を心配して来てくれたみたいだし、それを信じたい。
「兄さんが魔物避けを切りました……これだけ魔力の残滓が漂っている場所なら……ヤツが……とても危険な魔物が現れます!私とここから離れましょう!」
浮遊して回り込みながらこちらに近づこうとするネイだが、姫葉が続々と集まって来ており、近づける隙間が埋まっていく。
千秋が俺の空いている手を掴んだ。不安そうな顔だ……俺は返事をするように千秋の手を握る。
「すまない……ネイ……俺だけここから逃げることはできない。詳細を教えてくれないか?危険だというならばみんなでここを離れたい」
「そんな悠長な……!ダメです!今すぐ私と……!」
「優希……怪しすぎる……奴らの作戦かもしれんぞ」
……そう……確かに怪しい。騎士団撤退も潔すぎるし、俺だけをここから連れ出そうと二人だけでここに来たネイの浅はかな行動。目立つのもお構いなしに空を飛び声を張り上げている。
騎士団の撤退含めて全ての行動がこちらの油断を誘う作戦の一部に見えてくる。だが……ネイのあの取り乱しようは演技にはどうしても見えない……本気の恐怖がそこにはあるような気がする。
……どうしようもなくネイを信じたいと……思ってしまう。やはり俺の思考は正常では無いのか……。魅了魔法のせいでネイに都合よく考えてしまっているのか……?
そんな風に判断を迷っていると、人混みの中を素早く移動する人影が二つ目の端に映った。それらはかなりのスピードでこちらへ向かって来ている。
…………今ネイと一緒にいるのはニルファだけ……では残りの二人、チックとルムネは?嫌な予感が頭をよぎった。
……くそ……信じたかったのに……やはり罠だったのか……?ネイは……俺たちを罠に陥れようとしている?
だとするなら……狙いは俺だよな……強化姫葉集団の仕組みは既に看破されていると考えるべきか。全ての姫葉を殺し切るのは能力の性質上難しいが、俺を殺すのは簡単だ。
ユニオンの人達は空を飛ぶ副団長ネイに気を取られ、二つの人影に気づくものは少ない。
「姫葉っ」
「分かっている!」
姫葉は気づいていたようだ。
俺は千秋の手を振り解き、その二つの影から離れるように下がる。姫葉の分身が間に壁のように集まり、迎撃する態勢に入った。
…………が、その影はスルスルとその壁をすり抜け、こちらに近づく。まるでどう動けば良いか分かっているような動きだ。馬鹿な……強化済みの姫葉があれだけいて対処できない!?
二つの影はついに俺の前に現れ、その勢いのままこちらに走って来る。
そして…………
「「優希さんっ!」」
「 ……へっ?」
その影は俺に抱きついた。
「えっ?……え?凛……?響?」
その二つの影とは凛と響だった。
「優希さんっ!会いたかった!優希さんっ……!」
「優希さん!ずっと探してました……!ずっと……!」
なぜ二人がここに……?いや、まずは生きていてくれたことを喜ぶべきだろうが……混乱している……。
俺を殺しに来た刺客かと思いきや、もう会えないと思っていた女の子二人が突然会いに来て、泣きながら抱きついてきた。
「さ、探してた……?」
「はいっ!あの日からずっと……ずっと!生きていてよかったっ!本当に良かったぁっ!」
あの日……小学校であの狼に負けた日からずっと……?あそこからは結構離れた場所だと思うが……どうやって……?
「あ、ああ……俺も二人が生きていてくれて良かったよ……えっと……どうやってここに……?」
「私たち、ユニオンの人達とここに来たんです!」
……なるほどね。
ユニオンは周囲の人々を助けながら拡大中らしいし、凛と響も助けてもらったということらしい。そして、ユニオンに協力して周辺の住民を助けていく中で、この開放作戦に参加した二人は、偶然俺と再会できたというわけだ。
そうなるとユニオンという存在のおかげで俺たちの再会は時間の問題だったのかもしれないな。
「ごめんなさい、優希さんっ……あの時一人にしてしまって……私後悔してるんです!」
「私もごめんなさい……!優希さんを犠牲にして助かるなんて……するべきじゃなかった!」
「え?いや……いやいや、あの時はそうして欲しいって俺が言ったんだ。君たちは悪く無いよ。あれが最善だったさ……気に病むことはない」
感動の再会からの謝罪……状況を理解していないであろう周りの人達の視線が怪訝なものになっている。
手を繋いでいる姫葉は無言でこちらを見上げていた……なぜ睨む……。
「でもそのせいで優希さんと離れ離れになったんだよ?優希さんが自分のことを考えないから!」
「そうですよ!優希さんが自分を蔑ろにするなら、私たちがちゃんと優希さんの幸せを考えないといけなかったのに…………」
な、なにを……再開するなり、なんの話だ?二人の覚悟の決まった目……俺の目をジッと捉え続ける。
なんでこうも周りの状況を無視して話を進める子が多いのか……。いや、今ってどういう状況だっけ……?
「だからね、優希さん。私たちは次からは間違えないって決めたんだよ……」
「うん……優希さん……私たち、もう優希さんの言うことなんか聞かないですから」
「…………」
…………何だその宣言は……。
どういう意味だ……?真意が分からない……てか今それ言う必要あります……?
周りの空気がよく分からない感じになってる……。
俺も混乱してるし、ユニオンの大半の人は困惑してるし……姫葉は二人を見て驚いているようだ。千秋は悲しげな表情でこちらを見ていて、六花は……ほぼ無表情だ……俺には判別できん。
そして……ネイはこちらを鬼の形相で睨んでいた。
「この……泥棒猫が……」
今にも攻撃してきそうな空気だ……。
そうだった……さっきまでの状況を思い出す。
俺を殺す刺客だと思っていた人影は凛と響だった。つまりネイが罠にかけようとしてきたわけではないということ。……良かった。
「ふ、二人とも……そろそろ離れてくれないか?今大事なところで……」
「イヤだ」「イヤです」
……言うこと聞かないってそういうことぉ……?ただのワガママちゃんになっとる……。
「優希さん……そいつらは何なんですか?……こんなことをしている場合では無いのですが……早く私と逃げましょう?騎士団がしっかりお守りします」
「優希さん……あの女は優希さんに気持ち悪い魔法をかけてるんだよ!言うことを聞いちゃダメ!」
「そうですよ……可哀想な優希さん……私が助けますからね…………ネイテールさん、この卑怯な魔法を解除してください」
魅了魔法のことか……。そうだ……凛は心を読む能力を持っている。ということは……つまり……ネイが俺に魅了魔法をかけていたということが、どうしようもなく確定してしまったということだ。
まだ心のどこかで否定していた俺が膝をついて崩れ去ったのを感じる。
「…………優希さん、私と来てください……私と、幸せになるんです……!」
ネイは凛を無視して俺に問いかけを続けた。ここから逃げようと……。
ネイはここが危険だと言っているが……。
「なぁ、ネイ。何が起きるというんだ?その危険とやらはどう回避すれば良い?」
「それは……っ!」
──────ズズズ……。
ネイに問いかけ返すと同時に地響きを感じる。小さな地震のようだが……次第に大きくなっているように感じる。
「優希さん、私たちに強化を付与してください。……急いでっ」
「え?あ、ああ……」
言われた通りに凛と響を強化する。
すると、響は俺のことを抱え上げた。お姫様抱っこだ……本日2回目……。
「え?ちょっ……響?」
「優希さん、ここから逃げるよ」
地響きは音としてしっかり聞こえるくらいに大きなものとなっている。
何かが起こる……それは分かるが……しかし何が?
「おい響、何を……っ!」
俺と手を繋いだままの姫葉は、流石に止めに入るが……それはすぐに遮られた。
突然頭の中に流れ込んできた、悍ましいモンスターのイメージによって。




