経験の差
「優希っ!」
「チック!止まりなさい!」
俺を抱えたチックはユニオンの人員を器用に避けながら戦場を駆け回っている。
それを追いかける六花と千秋だが、身体能力に差があるのか、なかなか追いつけない。
ニルファとルムネはユニオン陣営のど真ん中を走っていることもあり、多方から妨害を受け始めていた。
「クソっ鬱陶しい!」
いくら攻撃を飛ばしても途中で弾かれてしまっている。何だろうか……透明な壁のような。
槍による攻撃は避け、遠距離攻撃は弾かれ、有効打は与えられていないように見える。
しかし、追いかけるスピードは遅くなった。今、チックを追いかけてるのは六花と千秋だけだ。
「このっ……降ろせっ……!」
俺はチックの妨害をするため目を手で覆い、視界を奪う。
獣人といえど視界がなければ上手く走れないだろう。目に見えてスピードは落ちる。
「や、やめっ……おにーさんっ」
右へ左へ適当に走り回り、それに引っ張られて俺の視界もグルグルと回る。
「ぐぅ……ぐえっ」
急な方向転換や緩急のあるステップが多くなり、視界が揺れてグロッキーになりかけるが、止まってもらわねば何をされるか分かったもんじゃ無い。……いや、だいたい想像はつくか……?
しかし、明らかに様子がおかしいからな……チックは頑なに俺を手放そうとはしなかった。
獣特有の知覚の鋭さがあるのか、向かってくる妨害を全て避けている。目が見えないというのに……音で周りが見えているとでもいうのか?
「んにゃにゃっ!?」
しかし、さしもの獣人といえど視界なしで敵陣を動き続けるのは無理があったのだろう。
急にタタラを踏み始めて体勢を崩し、走っていた勢いのまま盛大にすっ転んだ。
俺とチックは絡まりながら地面を滑っていき、クルクルと回転しながら勢いは落ちて、やがて止まる。
やけに滑るな……これは……。
体についた泡を見て気づいた。春華だ。恐らく地面に泡を撒いてそこに誘導でもしていたのだろう。芝の生えている部分で良かった。
「いったぁ……おにーさん、大丈夫?」
……はっ!
逃げるなら今だ。俺は泡まみれの地面で転ばないように四つん這いでチックから離れる。
が、しかし足首を掴まれてすっ転んでしまった。
「ちょっと、どこいくのっ?交尾しようよ!」
「す、するかボケッ!」
チックの頭の中がどうなってるのか分からん……こいつにとっちゃ敵陣の真っ只中だぞ……?
足を引っ張られ、泡まみれのチックに絡みつかれる。
「にゃんでっ?気持ちいいのにっ!」
い、イカれてる……。異世界では普通なのか?それとも獣人特有か?攻撃は避けていたはずなのに……周りの状況が理解できていないのか?
体に絡みつかれ、頬擦りをされる。
離れようにも泡で滑って力が上手く入らない。
「くそっ……このっ……やめろっ!」
脚は絡みつき、ガッチリとしがみつかれてしまった……本気でヤろうとしてるのか?ここで?や、やめろ……っ!
何とか抜け出そうと暴れるが、泡まみれでどうにも上手く動けない。
泡の上で取っ組み合ってクルクル回って……何とも間抜けに映っていることだろう。
「にゅ……あ……あれ…………?」
しかしチックが鼻息荒く舌なめずりしたところで、急に動きが鈍くなり、瞼が落ちた。こてん、と頭が落ちて沈黙する。……ね、寝た?
「あんたら何やってんのよ……」
声をかけられ、そちらを見る。
春華と賢斗だ。…………賢斗の能力で眠らせたってことだろう。
「は、はは……すまん、助かった」
俺は、絡みつくチックを解き剥がし、ドチャ、と泡まみれの芝の上に振り落とす。
スウスウ寝息を立てている。しっかり眠っていることが分かるな。
「大丈夫でしたか?状況があまり理解できていないのですが……」
「ああ……いや、俺も理解できていないが、とりあえずは……大丈夫そうかな。ありがとう」
懸念点であったニルファとルムネの方を見る。複数人に囲まれて斬り合っており、こちらにかまっている暇はなさそうだ。
「優希ぃっ!」
千秋と六花がこちらに走ってくる。
「二人とも、怪我はないか?」
「ボクたちは大丈夫だよ。優希は?変なことされなかった?」
「ああ、大丈夫だ」
揉まれはしたが。
「一応説明してもらえるかしら?あんた達、作戦開始時間になってもどこにもいなかったから心配してたんだけど」
「すまんな……色々あって……」
俺は朝起きてからのことを必要な部分をしっかり取捨選択して説明した。余計な情報はノイズだからな。
「捕まってたの!?何もされてない?大丈夫?」
「うん、何もされてないよ。優希が助けてくれた」
嬉しそうにこちらに流し目を送る六花。俺が、というか……姫葉ちゃんがいなかったら見つかってなかったけどな。
「そ、そう……良かったわ……」
同時に現在の作戦状況も教えてもらった。
「なるほどな……やっぱ騎士の無力化が中途半端だったのが痛いな……」
目に見えて減っているのは確かだ。今校庭に出張っている騎士は十人かそこらだが……それでも一人一人がユニオンの人員よりも圧倒的に強く、脅威だ。
ここのトップであり、ネイの兄のマスカナルが指揮をとっているのが見えた。
現状でもこちらからの攻撃は飛んでいるが、見えない壁……バリアに阻まれて手も足も出ていないように思える。
こちらの攻撃の圧が強いのか、ユニオン側にあまり攻撃が飛んできておらず現在は拮抗しているのが救いだが……何人か、ユニオンの人と思われる人が転がっているのが目に入る。
重傷者も多く、回復能力者不足にも見える。
このままじゃジリ貧だろうな……千秋と六花の能力があれば少しは有利になると思うんだが……。
「あっ……そうだ……」
俺は大事なことを思い出し、チックの体をまさぐった。
「ちょ……こんな時に何してんの……?」
「い、いや、誤解するな……道具を探してるんだよ。ペンみたいなやつ……千秋と六花の能力を封じるのに使われたと思うんだが、それがあれば解除もできるんじゃないかと思って……」
この子たち制服の下はもう下着だからな……探すのに苦労する……。
あまり直視しないように胸の辺りの内ポケットを探っているところで、細長い物が指に触れる。これか?
「あった!」
それを抜き取り確認する。
細長い棒だ。透明な素材で、内側に幾何学模様が彫られている不思議な意匠。きっとこれだろう。
しかし……。
「あの時にコイツらが使っていたやつね……確かに六花の手首についてるやつに似てるかも……使い方は分かるの?」
「…………」
…………まぁ分からん。
「こう、振って使ってたけどな……」
しかし、軽く振ってみたり回してみたり、どこかにスイッチ的な物があるのか探してみたりしたが、何かが起きることはなかった。
「……くそ、ダメか……やっぱり異世界人に聞くしかないか?」
俺は足元で眠りこけているチックに目を向けるが……。
「どうします?起こせますよ?」
「いや、コイツはやめとこう」
恐らく会話にならないだろう。……ちょっと怖いし。
「コイツを人質にしてアイツらに聞こ」
六花がことも無げにいう。
人質か……まぁ、聞き出せる可能性はあるが、この乱戦で上手くいくだろうか……。
あまり考えたくないが……その情報を渡すくらいなら一人の命を切り捨てる可能性は十分にある。ネイの部下が騎士団内でどういう立ち位置なのかあまりピンときてないんだよな……。
──────ギンッ!
チックに目を落とし考えていたら、近くで金属が弾かれるような大きな音が響いた。
「何をしている!戦闘中だぞ!」
女の子から怒鳴られる。……姫葉ちゃんだ……年齢は中高生ぐらい。
すぐ近くではニルファが剣を構えて立っている。立ち位置から察するに、六花が斬られそうになったところで姫葉ちゃんが間に入って弾いたのだろう。
「すまんっ!助かった!」
全員でそちらに向き直る。
そうだ、今はユニオンと騎士団の戦争中だ。おまけにニルファとルムネはこちらを明確に狙っているはずだ。
「飛んでくるぞ!避けろ!」
どこかから声が聞こえた。
すぐに行動に移す。千秋を抱えてその場から飛び退くと、数発の火の玉が近くを通過した。
飛んできた方を見やるとルムネが手を広げてこちらに狙いを定めていた。
…………しまった。全員避けるために動いたが、チックはその場に置き去りだ。
さっきまで俺たちがいた場所にはニルファとルムネが立っている。人質がどうとか考えている場合じゃなかったか……。
しかし、三人を包囲するようにユニオンの人たちが集まってきている。こちらの有利は揺らいでいない。
ジリジリと距離を詰めていく。
「優希さん……大人しくこっちに来てくれない?ネイテール様が悲しむよ?」
ニルファに声をかけられる。
ネイ……今でも心が痛くなる。魔法をかけられていたとはいえこの感情は変わらない。
「すまないな、ネイに謝っておいてくれ。いや、そもそもここから逃げてくれると助かるんだがな……この人数差だ、不利なことは分かってるんじゃないか?」
「それは……ダメですね。団長は徹底抗戦を指示していますから」
団長命令というわけだ。マスカナルは状況を正確に理解できているのだろうか?勝算があるのか?
「そうか……残念だ。……ああ、そうだ、千秋と六花にかけてるこの能力封じを解除してくれないか?……解き方を教えてくれ」
時間稼ぎと揺さぶりも兼ねてダメ元で聞いてみる。
「マジックリングの事ですか?……優希さんが私たちと一緒に来てくれるなら解除してあげますよ」
ルムネがこちらに手を差し出す。まぁ、交渉材料が無くなったからな……そうなるか。
「優希、ダメ」
「ああ」
もちろんそれを呑む気は無い。
「そうですか……残念です……!」
ルムネは返答と同時に大きく手を広げた。すると突風が吹き荒れる。彼女から外側、恐らく全方位に向かって吹いている。
それと同時にニルファが振りかぶる。……なんだ?
「また来るね。優希さん……」
ニルファは地面に向かって手を振り下ろすと、黒い煙が地面から吹き出した。それは風に乗って全方位に広がり、辺りは瞬く間に黒い煙に覆われた。煙幕か。
「ぐわぁっ!」
「くそっ!気を付けろ!襲われるぞ!」
「う゛っ……」
「や、やめろっ!来るな……!」
しばらくして苦しげな声と金属音が周囲から聞こえ始める。くそ……視界を奪われている隙にやられる!異世界人はこの中でも動くことができるというのか……?
……いや、まて……。明らかに戦闘音が多い。これは……十中八九同士打ちだ……。
「おいっ、止まれ!戦うな!ここから逃げるんだ!煙の外へ移動しろ!」
目一杯に叫んでから走る。少し移動すればすぐに煙から出ることが出来た。振り返り、確認する。
黒い煙がドーム状に広がっているのが確認できた。結構な大きさだ……しかも濃い。中がほとんど確認できない。
千秋と手を繋いだままだったのは幸いだったな。無事が確認できた。
中から続々とユニオンの人たちが出てくる。俺の言葉を理解できた人たちはなんとか脱出出来ているようだが……まだ中からは戦闘音が聞こえてくる。
「誰か!この煙を吹き飛ばせる能力を持ってる奴はいないか?」
「まかせろ!」
俺が周りに声をかけるとすぐに返事が返ってきた。……これだけ大人数の能力者がいるなら、能力のバリエーションも相当なものだろう。
返答した男は息を吸い込むと煙に向かって吹き出した。
すると、すぐに煙のドームが崩れて空へ舞い上がっていき、徐々に煙が剥がれて薄くなっていく。
一分もすれば周りの状況が正確に分かるようになった。
「くそ……」
六花、春華、賢斗は皆固まって身を守っていたようで、無事を確認できた。
しかし、そこにニルファとルムネとチックの姿は無く、代わりに何人かのユニオンのメンバーが血を流して倒れていた。
二人にやられた人もいるだろうが、同士打ちで倒れた者もいるだろう。幾人かは既に事切れているように見える。
「皆!無事か!」
「負傷者には治療を頼む!」
姫葉ちゃんが数人、忙しなく動き出す。リーダーシップをとって指示の出せる子だということがよく分かるな。
しかし…………。俺は周りのユニオン達を見る。
ほとんどの人が狼狽えて動けずにいる。突然の同士打ちによる死人にショックを受けているようだ。
……恐らく殆どの人は人を殺したことはないだろう……騎士達と違って。異世界でどういう活動をしていたかは知らないが、戦闘訓練をしていることは知っている。争いがある世界ではあったのだろう。
戦闘経験に差があり過ぎるな……。
人数差は歴然で、殆どの騎士を無力化出来ているはず……。朝方に不意をついて計画が実行されたにも関わらず、騎士団は状況を拮抗させられる程に態勢を立て直している。
今は拮抗しているが……このまま続くと先に崩れるのはこちらか……。
「逃げろ!敵の火の玉が飛んでくるぞ!」
悪い予感は当たるもので、敵の反撃が開始された。恐らくこの辺りの混乱に乗じて形勢を変えに来たのだ。
「一時撤退!態勢を立て直すんだ!他のものは攻撃で援護してくれ!」
姫葉ちゃんの指示が飛ぶ。
校庭にいるユニオンおよそ200人は20人前後の騎士にに押され始めていた。




