もう心はいらない
「ん…………」
少し肌寒さを感じた俺は、俺に抱きついている柔肌に抱きつき返し、顔を埋めた。
「あん♪……おはようございます、優希さん」
……………………この声は……ネイ?
俺は顔を上げて目を開けた。
そこには一糸纏わぬネイが薄暗い部屋で微笑んでいた。……なぜ?
「お、おはよう、ネイ。……どうしてネイがここに?」
「どうしてって……ここは私の部屋ですよ?」
言われて気づいた。確かにそうだ。だが…………。俺は昨日の寝る前の記憶を思い返す。
作戦会議の後、避難所に帰ってきてすぐに夕食を食べた。その後千秋と六花に手を引かれて、六花の生活スペースにお邪魔して、そこで三人で寝たはずだ。色々あったが…………ネイの部屋に来た記憶はない。
「私の部屋に運ばせてもらったんですよ。あんなところで寝ていたら風邪を引いてしまいますから」
寝てる間に……なんかこんなんばっかだな。
「そ、そうか。ありがとう……」
しかし、まずい。外はもう明るくなってきている…………作戦開始は確か早朝とかいう話だった……もう始まってるか?こんな所でイチャついてる場合じゃない。
「ご、ごめん、ネイ。六花と千秋に用があって……もう行くよ」
俺は体に掛けられたシーツを退けてベッドから降り……ようとした所でネイに止められる。
「あの女達に用ですか?こんな時間に?どんな用でしょう。私が代わりになることは出来ませんか?」
ギリ、と手首を掴み、ジっと見つめるネイ。
「あ、ああ。大事な用なんだ……」
早く合流しないと……作戦が始まってしまうのではないか?ネイには悪いが……この避難所は解放させてもらう。
「あ、あの二人は……今日は会えないと思いますよ?」
「…………は?」
どういうことだ?会えない?
昨日俺に抱きついて寝ていたところまでは覚えているが……会えない理由なんて……。
…………いや、俺を運んできたのはネイだ。その時一緒に千秋と六花もいるのだから、ネイは二人を見ているはず……。
「ネイ、二人に何をしたんだ?」
俺はネイに視線を返す。少し厳しい表情になってしまっているだろう。心を鬼にして問い詰める。
「…………」
何も言わず視線を合わせ続けるネイ。
…………ジワジワと目が潤んできている。
「なあ……ネイ……」
「……まだ、何もしていませんよ。お二人は反抗したので魔力を封じて牢に入れています。騎士団に逆らったので当然です。理解してもらえますよね?」
ネイは腕にできた引っ掻き傷をグイグイと見せてきた。反抗したのは本当なのだろう。しかし……千秋は雷を使わなかったのだろうか?能力を使えば逃げるのは容易だったはずだ。魔力を封じる……?能力を使えなくすることが出来るのか?
「そうか……それは申し訳ない。二人を……許してやってはもらえないか?」
千秋も六花も解放作戦では表立って活動することは無い。どちらも後方支援だ。しかし、捕まったままというのは都合が悪い。言わば人質状態ということだ。
「それは出来ません。しばらくは牢に入っていてもらいます。ルールですので……」
ルールか。騎士団に都合の良いルールなんだろうな。
……しかし、不味いな。二人が本当に人質のように利用される可能性は十分ある。なんとか救い出さねば……。
「大事な仲間なんだ。今後は大きく貢献もでき……」
「優希さんはあの二人がそんなに大事ですか!?……も、もういいじゃないですか……」
「もう、いい……?」
どういうことだ?
「私はあの女達よりも良い女だと思いますよ?顔も体も、優希さんの好みではありませんか?向こうにいた頃からそれはもう情欲の目で見られていましたよ?私が貴族の出では無かったらどこか別の貴族の妾になっていたかもしれませんね。……そうだ、私そろそろ騎士団長を任せられるかもしれません。そうしたら優希さんは騎士団長の夫で……」
「ま、待てネイ、どうしたんだ……」
目からポロポロと涙を流し、俺に自分の優位性を説き始めた。辛そうなネイを見ていると、こっちまで辛くなる。
「私はっ!…………優希さん……貴方を……私のものにしたい…………私には恋愛経験なんて無いんですよ……色恋の駆け引きなんて出来ない……チヤホヤされてても、所詮は経験の浅い女なんです!貴方は……どうすれば私のものになってくれますか……?どうすれば、私だけを見るようになるんですか?」
ネイは俯き、俺の手をギュッと握っている。ポタポタと涙が手に落ちてきた……。
ネイ………………。
「……ネイ。俺に……魔法をかけているか?」
「………………」
手はさらに強く握られた。ネイは黙ったままだ。
「俺を……ネイに惚れさせる魔法だ。どうなんだ?」
問い詰める様になってしまって心苦しいが……重要なことだった。俺のこの気持ちが作られたものなのか、それとも本当の恋なのか……。
魔法なんてかけられてない、そう言って欲しい自分もいる。
「ネイ…………うぁっ!」
突然、ネイは俺をベッドの上に押し倒した。そして、腕ごと抱きしめられて、身動きが取れなくなる。
「んむ……ん……んむ…………はむ……」
有無を言わさずキスを始めるネイ。お互いに裸だ。肌が擦れ合い、大きな胸が互いの体の間で潰れて押し付けられる。
「んむ……ネイ……まっれ……ん……」
「はぷ……れろ……れろ……んむ、んっ……」
拘束されて唇が貪られる……止めようとしているが……ネイは止まる気は無さそうだ……。
しばらく抱きつき拘束をされながら口内を舐めまわされていた。
「んちゅ……ぷはっ…………もういい……最悪です……はぁ……ふぅ……優希さんが悪いんですからね…………私は自然な形で夫婦になろうとしていたのに……優希さんが私だけを選ばないから…………もう、心はいらないです。私は……貴方を私だけのものにします。優希さんが私だけしか見れないように……」
そう言って再び唇を重ねたその時、
──────ズンッ
鈍い音と共に校舎が大きく揺れた。
…………おそらく解放作戦が始まったんだろう……内部から柵を破壊して、そこからユニオンが雪崩れ込んでくる計画だ。
ネイは唇をくっ付けたまま静止していた。何を考えているのか俺の目を見て黙り込む。
「…………はぁ」
しばらくして、ネイは体を起こして俺を解放した。そろそろとベッドから降りると、畳んで置いてあった着替えを手に取る。
同時にドアから部下の三人が入って来た。
「ネイテール様、襲撃です。どうやら人間が組織だって攻め込んできた様です」
むっちりダウナーのニルファが報告をした。
……状況把握が早いな……。
「分かりました、私が前線で指示を出します。団長は?」
「既に動いています」
対応までも早い……作戦は大丈夫だろうか……捕まっている千秋と六花も心配だ。
なんとか……ここでネイを引き止めた方がいいだろうか……。
「優希さん、ちょっと行ってきますね。帰ってきたら覚悟して下さいね……私しか考えられない身体にしてあげますから……。チック、優希さんをここで守って下さい」
「はーいっ」
猫耳元気っ娘のチックは元気に返事をすると、全裸の俺の隣に座り、手を繋いだ。……逃すつもりはないと……。
「なぁ……ネイ」
「なんでしょうか優希さん」
「…………ここから逃げてくれないか?」
…………言ってしまった。
作戦会議をしている時からずっと考えていたことがある。
この学校を解放する作戦だ。当然ここを占拠していた敵である騎士団は襲撃を受けるだろう。そして……その騎士団の上層部であるネイは重い責任を負わされることになる。最悪、処刑だ。
既に俺に魔法をかけていたことは明らかになった。もう疑う余地はない。しかし……ネイを愛おしいと思っているこの今の感情も無視することができない……。
俺は……ネイに生きていて欲しかった……。
「それは…………優希さん。聞かなかったことにします。ここで大人しく待っていて下さい。絶対に外に出ないように…………ニルファ、ルムネ、やはり貴方達もここに残って優希さんを見守って下さい」
「しかし、それでは……ネイテール様は……?」
「魔力も満足に扱うことのできない異世界人どもなど、私一人でも十分です。心配であればその辺の団員を連れて行きます……今は優希さんの方が大事ですので……頼みましたよ?」
「……分かりました」
「おっけー」
二人がこちらに向かってくる。
「ま、待ってくれ、ネイ!俺は、お前を……」
「待っていて下さいね優希さん。終わったらラブラブエッチの続きです……ああ、楽しみです……永遠に私のものになってもらいますからね」
そう言い残し、ネイは部屋から出ていった。
「ネイ……」
ネイはユニオンと交戦するのだろう……。聞いた限り、ユニオンの戦力は相当なものだ。具体的な戦力差は分からないが……少なくとも数はユニオンの方が圧倒的に多い。
それに加えて、騎士達は今はまともに動けないはずだ……昨日のうちに工作は済ませてある。
「優希さん、スパイだったんですか?」
俺の苦悩をよそに、隣に座っていたチックが顔を覗き込んでくる。
「…………いや……」
まぁ……そう捉えるのが普通だよな……。
ルムネが隣に座り、ニルファが正面に立った。
「ネイテール様が帰ってくるまで、尋問しなきゃじゃない?」
ネイにギンギンに勃たされてしまった愚息は、今なお硬さを保っている。
三人の俺を見る目はいやらしく歪んでいた。俺を虐める口実が出来たことがそんなに嬉しいか……。
……三人は俺とネイとの関係をどう捉えているのだろうか。恋人という位置付けでは無いのか?異世界の常識がわからない……上司の相手に性的に手を出して良いものなのか?
くっ……頭が混乱してる……作戦は成功して欲しいが……ネイには無事でいてほしい……。千秋と六花の居場所も突き止めなくてはいけないし…………少なくともこんなところで女の子達と遊んでいる場合じゃない。
俺はここから脱出する方法を考え始めた。




