お弁当
避難所である学校についてしばらく。時刻は正午を回ったところだ。ここに集まってきた避難民もなかなか増えてきており、受付の方は人でごった返していた。アレを見ると早めに行動しておいて良かったと思える。
天気も梅雨とは思えないくらい晴れている。もし雨が降っていたらと思うと……精神的にもやられる人は増えただろうな。お天道様に感謝だ。いや、そもそもこんな地震起こすなよと思わなくも無いが。言っても仕方ないな、不幸中の幸いだと思っておこう。
俺は今、体育館の入り口横のベンチでくつろいでいる。避難民にあてがわれたスペースは殆どが体育館だ。ここに一緒に来た同じアパートの人たちと共に、端の方の場所を確保させてもらった。
ここの生徒たちは校舎のほうで生活するみたいで、無用なトラブルを避けるためにはそうするのがいいんだろうな。
生徒の中にも手伝をしている子らをチラホラ見かける。女子生徒が主に配給受け渡しなどを担当しており、男子はその配給の段ボールをせっせと運び出している。
きりきり働く生徒を見て思い出す。もし地震が起きてなかったら、今頃は俺もいつものオフィスチェアで資料作りでもやってただろうな。あ、そういや俺寝坊したんだった。部長に嫌味を言われてから、仕事をしている自分を想像して……どっちが良かったろうな。どっこいどっこいだな。
避難民の中にはテントの設営など手伝っている人もいるし、配給の手伝い、物資の運び込みなどを手伝っている人もいる。俺はと言うと、ベンチでボケーと周囲を見回しているだけだ。言い訳はしない、怠けているんだ。俺は自分から仕事を見つけて買って出る性格じゃ無い。今日はもう十分頑張ったさ。手伝いは出来る人、得意な人がやるべきだろう。
「あ、いた!」
自分の怠惰の正当性を自分自身に言い聞かせていると、横から女の子の声がした。そちらを見やると、二人の女子生徒と思われる子達が近づいてきた。片方は見覚えがある。
「探しましたよ、先程はありがとうございました。改めてお礼をさせてください」
配給所でモンスターとバトっていたキュートな女の子だ。わざわざお礼を言うために探していたらしい。配給の仕事は交代したのかな。
「そんな、わざわざお礼を言われるほどのことはしてないよ」
「いえ、あの時は本当に困っていて、すごく怖かったんです。おかげで助かりました」
そりゃ大の大人にあんな詰められ方したら怖いわな。それでも気丈に振る舞っていたこの子は、とても強い子なのだろう。
「はは……、災難だったね。大事にならなくてよかったよかった」
「はい、本当に……。あ、あの、お名前を伺ってもよろしいですか?わたし、黒宮凛っていいます。こっちは友達の響です」
「どうも、夏野響です。よろしくねオニーサン」
「ああ、気が回らず申し訳ない。俺は刃山優希です。黒宮さんと夏野さんですね、わざわざありがとう」
女子高生と自己紹介する機会があるとは思ってなかったので、少し緊張してしまった。
「あはは、おにいさんなんか堅くなーい?響でいいですよっ」
緊張が出てしまっていただろうか。歳の離れている女の子相手にあたふたして、ちょっと情けない気持ちになる。
「ふふ、あの優希さん、とお呼びしてもいいですか?」
「もちろん、好きに呼んでくれ」
「では優希さん、よろしくお願いします。あの、実はお弁当を持ってきていて、一緒に食べませんか?」
そういうと、ベンチの空いたスペースに座ってきた。正直ビックリした。なんか距離感が近すぎやしないだろうか。しかし……弁当か。実はこの災害による緊張からなのかあまり腹が減ってないんだよなぁ。とはいえ食わないとバテるだろうし、今のうちに腹ごしらえしておくか。
「そうだね、俺もそろそろ何か食べておかないと」
そう言って、俺はベンチの真ん中から端に座り直す。黒宮さんがその間を詰めて座り、夏野さんが反対側の端に座る。
「優希さん、配給のビスケット貰えてないですよね。私のお弁当一緒に食べませんか?」
「ウェ?いや、いやいや、さすがにそれは悪いよ。少しは持ち合わせあるから、それで充分だって」
またビックリした。やっぱ距離感バグってるような気がする。
「あー、また凛が男落とそうとしてる。優希さん気をつけたほうがいいよ。凛、無自覚で惚れさせようとしてくるから。体は貧相なのに色香が凄いんだから」
「ちょ、ちょっと響っ、私はただ、私のせいで優希さんがもらえる分を無くしてしまったから、その代わりにと思って……っていうか、響もそんなに私と変わらないでしょ!同類だよ!」
「ふふん、私は平均値だよ」
「嘘つくな!」
やいのやいのとキャットファイトが始まってしまった。まぁ確かに、二人ともとても可愛い顔立ちだ。
黒宮さんの方はよく手入れされているであろう黒髪が胸の下辺りまであり、くっきりとした目鼻立ち、整った眉もキリッとしており、すらっとした体型のかわいらしい女の子だ。
夏野さんの方は、金髪のボブカットで、少し吊り目がちな所から猫っぽい印象を受ける。健康的に日に焼けた肌と引き締まった四肢を見るに、何か運動部に所属しているのだろう、こちらも可愛らしい女の子だ。
どちらも美少女と言って差し支えない。きっと二人に惚れ込んでいる男子は少なくあるまい。告白も一度や二度は受けているんじゃないだろうか。
しかしまぁ、胸の話となると確かに……二人とも、その、控えめかな?五十歩百歩と言ったところだが夏野さんがマウントを取っているあたりを見ると、差はあるのだろう。まぁまだ高校生。将来性は無限大だ。たぶん。
「は、はは、まぁアレはあのモンスターが悪いのであって黒宮さんのせいじゃないから、責任なんか感じなくていいんだよ」
なんて、失礼なことを考えつつもキャットファイトを止めるために話題の転換をはかる。
「モンスターって、ふふ、でも私がもっとしっかりしていたらって考えちゃうんです。なにか、お礼はさせて下さい」
まったく、ほんとにいい子だ。将来幸せになってほしい。体型的にも。
まぁしかし、何かお返しをすることで自分の中でスッキリさせるってこともあるよな。大した損害を被って無いと思っているこちらとしては、少し心苦しいが、何か受け取ってあげるのがこの子のためか。
「ありがとう。じゃぁそうだなせっかくだし、おかずを何か貰おうかな」
「はいっ」
そんなこんなで、楽しく談笑しながら昼食を済ませる。地震の後に避難所でこんなふうに過ごしていることに、少し違和感を覚えて心の中で笑った。
食べ終わると、交代しないと、と言うことなのでまた配給所の手伝いに戻って行った。
「ふぅ ……」
自然とため息が出た。いつもの日常なら会社と自宅を往復するだけのつまらない歯車の俺だ。それが、こんな災害が起きてから、何だかんだ対応しているうちに、非日常の中を生きている感じがする。そのことに、不謹慎ながら少し充実感を覚えている自分もいる。
今回の地震で多くの損害を被った人は多いだろう。俺はといえば、せいぜい小物が落ちて壊れたとか、住む場所が荒れてるとか、そんなもんだ。保険はでるだろうし、仕事は……まぁこの際会社が潰れてしまっても構わんとも思っている。これだけの災害だし、就職支援みたいなものはうちだしてくれるだろう。それに乗っかればなんとかなりそうな気がする。
本当に不謹慎だが、こんな非日常もたまには悪く無いかもなと、忙しなく動く避難所を眺めながら思った。




