人慣れしていない猫
「東郷さん、まだ動けますか?」
俺は、ヤツが二度目の遠吠えを放った後、すぐに東郷さんに話しかけた。
「…………ええ」
東郷さんも負けを悟っているのだろう。声は沈み、疲労が感じ取れた。
「実は、すでに避難民の脱出は完了しています」
「…………?ほ、本当ですか!?」
「はい、凛に先導してもらっています。まあ、まだそこまで遠くには進めてないと思いますけど……。そういうことなので、無理してここで戦う必要はありません」
狼どもがまたワラワラと集まってきた。ボス狼は相変わらず佇んでいるだけだ。
「ここで対処しようにも、今の状況じゃあいつらに轢かれて終わりです。ここは、少しでも避難民側に狼が流れないように、分断しましょう。手分けして逃げるんです」
「なるほど……確かにここで無駄死にするより断然いい。しかしどうやって?」
「そりゃ走るんですよ。俺と俺以外で分かれましょう」
「正気ですか!?」
「ええ、鬼ごっこであれば足の速さがものを言うはずです。俺には自前の強化がありますから、時間切れの制約がない。どこまででも引き連れてみせますよ。そちらはある程度引きつれたら、強化が切れる前に処理してください」
「…………分かりました。やってみます」
そういうわけで分断作戦を行うことになった。
問題はどうやってこちらに引きつけるかと、逃げた後もボス狼が動かずにいてくれるか、だ。
まぁやってみないと分からないか。どのみち選べる選択肢などほとんどない。
「では、みなさん、ご武運を」
みんなに強化をかけながら、別れの挨拶をしていく。せっかく落ち着ける場所ができたと思ったらこれだ。絶対に安全な場所なんてもう無いんだろうな。そんなことを思った。
俺は独り狼どもの前に躍り出る。奴らが動くまでは近づくつもりだ。できるだけ注目を集めたい。拾った槍をぶつけ合ってガンガンと音を鳴らす。いいぞ、俺を見ろ。
そして…………俺はボス狼に向かって走り出し、持っている槍を投げつけた。
「こんのクソ狼があぁぁっ!!!死ねぇぇえ!!」
少しでもこの怒りをぶつけたかった。着弾は確認しない。叫びながら直角に曲がる。
待てを出来ないバカな狼が俺に襲い掛かろうと走り出し、それに釣られて他の狼も動き出す。連鎖的にかなりの数を惹きつけられたのではないか?
『グウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ア゛』
後ろからデカい唸り声が聞こえた。苦しそうな声。俺の槍は届いたようだ、ザマァみろ。
それと、反対側でも騒ぎ立てて釣っている音が聞こえる。これで集まっているやつを全て釣れるといいんだが……。振り返って確認はしない。そんな余裕はない。すぐ近くに狼の息づかいと足音が聞こえる。
あと俺に出来ることは全力で走ることだけだ。
「はぁ……ふぅ……はぁ……」
鬼ごっこは夜まで続いた。民家を突っ切り、川を飛び越え、時折見つけたモンスターになすりつけたりもしたが、それでも数は減れど追いかけてくるやつは大勢いた。まったく、根性がありすぎるだろ。
暗くなったところで民家の屋根の上を移動するようにしたらようやく見失ったようだ。奴らは昼行性というより、夜が苦手なようだ。鼻よりも目を頼りにしているのか、あるいは単純に眠いのか。
「…………はあ………………はあ…………」
今は屋根の上で倒れ込んでいる。一気に汗が吹き出して来る。一度倒れたら、もう立てる気がしなかった。よくもまぁここまで走れたもんだ。
「く、くるしい…………はぁ………………ふぅ…………」
息が全然整わない。
俺は目を瞑り、自分の呼吸の音を聞き続けた。
「…………やべ」
いつの間にか寝ていたようだ。辺りは少し明るくなり始めている。
上半身を起こす。非常にダルい。運動後のストレッチなんぞしなかったからな。
東郷さん達は無事だろうか。希望的観測だが、百頭は引きつけられてたと思っている。途中、後ろを少し振り返った時、かなりの数が見えて相当な恐怖を感じたのを思い出す。向こうの負担を少しでも減らせてたらいいが……。
避難民のみんなはどうだろうか?
凛、響……。
ここから会いにいくのは…………無理か。もう合流は絶望的だろうな。町三つ分くらいは走ったと思う。自分が今どの辺にいるのか全く把握できていない。
はぁ…………まぁ、ちょうどいい機会なのかもな。二人には……俺のことは忘れてもらおう。
せっかく仲良くなったのに、残念だが……。互いのためだ。俺は凛の母親との会話を思い出し、自分を納得させた。あの子達なら上手くやっていける。
…………独り、かぁ。
なんやかんや凛と響とはずっと一緒だったからな。ここからどうするか…………。
まずは物資調達か。武器すらも持ってない。いろいろ準備しないとな。
俺は、近場の家を漁って回った。この辺はほとんど漁られた後のようで、食えるものを見つけるのにだいぶ苦労したが、見逃されているのか、あるところにはある。床下収納なんかは見逃されがちなので、しっかり見ておくのがポイントだ。
武器も調達した。園芸用の柄が長いハサミを分解して槍のようにしたものがニ本と、包丁を木の棒の先にくくりつけた即席長槍一本だ。
なんだかこの生活も長くなって家捜しが得意になってきている気がする。そんな自分に悲しくなる。
そんな風に数日間お宅訪問を行なっていると、すでに中から物音がする家に当たった。ガシャガシャと荒らしている音が聞こえる。
さて……。どうするべきか。
この物音の主がモンスターだった場合は簡単だ。処理すればいいだけ。ゴブリンなんかの人型モンスターは家を漁っていることがあるので、可能性は十分ある。
問題は人間だった場合だ。生存者に会えること自体は喜ばしいことだ。友好的ならば。
もし敵対的だった場合は、一番最悪なパターンだ、。人間同士で殺し合うのはもうごめんだ。たとえ友好的であっても、それが真実かどうかは判断が難しい。はぁ……凛がいればこんな悩まずに済むのに……。
悩んだ末俺は……
「……お邪魔しまーす。どなたかいませんかー?いや、いますよねー?」
確認することにした。リスクはデカい。分かっているが、そんな悪人ばかりじゃないと、人間もまだまだ捨てたもんじゃないと、信じたかったのかもしれない。
「怪しいものではないですー。少しお話ししませんかー?」
最初の呼びかけで漁る音が止んだ。この時点でモンスターでは無い可能性が濃厚だ。もしモンスターだった場合、俺の声を聞いた瞬間馬鹿みたいに突っ込んでくるはずだ。経験上だが。
俺は出来るだけ自分の居場所を知らせるように歩いた。
「話をしませんかー?この辺りのことを知りたくてー」
そしてリビングに入った時、そいつは、その子はいた。
テーブルを挟んで向かい側に、金属バットを持って立っていた。女の子だ。すでに満身創痍といった具合の。
「やあ、こんにちは」
「…………」
返事はない。バットを構えてじっとこちらを見る。
俺は持っている荷物を下ろし、何も持ってないことをアピールするために両手を上げた。
「すまないね、危害を加えるつもりはない。少しお話ししたくてね」
子供というだけで、悪人ではないというわけではないが……俺は丸腰のまま少しづつ近づいた。ある程度近づいたら身を縮こませて下がったので、そこで止まり、近くの椅子に座る。なんか、近所の猫を思い出した。響は人懐っこい猫って感じだが、この子は人慣れしてない猫だな。
色素薄めの茶髪で、ところどころ跳ねている。肌が健康的に焼けているところは響そっくりだな。元気に外で遊ぶ子だったのだろう。
しかしこの反応は……この子はすでに人間の醜い部分を見てしまっているのかもな……。
「はは、ごめんね、本当に何もしないから…………。この家、何かあったかい?今俺は食料集めをしてるんだ」
少女は首を振った。
コミュニケーションを拒絶するわけではないらしい。少し安心した。
「マジで!?ほんとかなぁー?結構探せばあるもんだぞ?」
俺は努めて明るく喋る。少し馴れ馴れしさも加える。親戚のおじちゃんモードだ。
俺は立ち上がりキッチンに向かう。リビングダイニングキッチンが合わさっているタイプの家だ。少女はずっとこちらを見ている。
「こことかー……ないか。ここはー?……ないね」
上の戸棚。食器が入っているような引き出し。棚の上の箱などを物色していく。冷蔵庫はそもそも確認しない。電気が死んで機能してないということはつまり、冷蔵必須のものはこの時期もう生き残ってはいない。開けた時の腐臭も凄まじく、一度虫が湧いた冷蔵庫を開いてしまって、二度と開けないと心に誓ったもんだ。
「おっ!あったぞ!」
俺は床下収納を開け、中を確認した。すると、保存食の山だ。缶詰系が多いな。クラッカーやら乾パンやらもある。
少女はリビングから身を乗り出してこちらを見ていた。少女と目が合う。
「ヤッターこんなにいっぱい!いやぁ君が見つけてなくて良かった。俺が見つけたし、早い者勝ちだよね?うひょー何日分だろう。これでしばらく生きていけるなぁ!」
ちょっと交流してみたくて、煽ってみたら、涙目の少女にキッと睨まれた。
「……冗談だよ、ほれっ」
俺は蜜柑の缶詰を投げて渡した。クラッカーと缶詰いくつかを持ってリビングに戻る。
缶詰を持って呆然とする少女をよそに椅子に座って食事の準備をする。
「ほら、食べようぜ」
缶詰を開け、ミカンを取り出しクラッカーの上に乗せる。そしてこれ見よがしに頬張った。
「んーうめー。ほら食わんのか?無くなっちゃうぞ?」
少女は口を半開きにしてこちらを見ていた。相当腹が減っていたと見受けられる。俺が話しかけると、恐る恐るといった感じで対面の椅子に座った。
そして缶詰を開けようとするが……だめだ、タブを持つことすらできていない。
「開けられないか?」
頷く少女。
俺が手を出すと、ゆっくりと缶詰を渡してきた。
こんなに疲弊してるのか……タブすらつかめないくらいに……。俺は悲しくなった。地震が起きてからどういう生活をしていたのだろう。親御さんは……生きているだろうか……。助けてくれる人は……いや、誰かに裏切られた後という可能性が高いよな……。人間に対して警戒心が強すぎる。
「ほい、いっちょ上がり」
俺は缶詰を少女の前に置き、クラッカーの袋の入り口を彼女の方に向けた。
少女はゆっくりと、俺がさっきやったように、クラッカーにミカンを乗せ頬張った。
しばらくは無言のまま咀嚼を続ける。そして、目に涙を浮かべ泣き出した。泣きながら飲み込み、また頬張っては、モグモグと咀嚼する。
良かった。辛かっただろうな。ここまで不安だったのだろう、食べ物にありつけて、緊張の糸が緩んだのかもしれない。
俺はしばらくの間、涙を流しながらクラッカーをほおばる少女を眺めていた。




