冷酷な目線
「くぁーー……」
俺は疲れた体を伸ばした。
今日は朝方に狼どもの襲撃があり、寝起きにすぐ戦闘に参加した。どうも狼どもは早朝から狩りを行う習性があるらしく、さらにこの辺のモンスターの襲撃は、その狼どもがほとんどらしい。
よって、この避難所の朝は早い。防衛隊はまだ日が昇る前から襲撃に備えて準備を進め、待機するのだ。俺もその防衛隊の一員として生活のリズムを変えるよう心がけている。
今日は補給もあったしな……。
俺は響との補給を思い出した。凛にしなだれ掛かられ耳元で囁かれながら、響に抱きつかれ乳首を吸われた。正直、何を話していたかはあまり覚えていない。乳首からの補給は、毎回頭が朦朧としてしまう。
ぐ……。思い出すな……。
ダメだ、寝よう。明日もモンスターの襲撃があるかもしれないんだ。俺は毛布を被り目を閉じた。
──────こつ……こつ……。
……俺はなにか、足音のようなものを聞いた気がして、目を開けた。暑さで寝苦しさを感じて眠りが浅かったのだろうか。汗をかいていた。
……こつ……こつ……。
な、なんだ?俺の耳はその音を聞くために敏感になった。静まり返った夜の学校、理科室、暗闇の中俺一人…………いや、まさかな。
俺は、特に全く怖く無いが、毛布を頭まで被り縮こまった。
……こつ……こつ……。
息を潜める。足音だろうか?音が大きくなっている。というか、近づいてないか?心臓の音が大きくなっていった。
──────ガラッ。
理科室のドアが開いた。心臓が跳ねる。
ウソだ……。い、いやだ。くるなっ。
しかし、無情にも足音は近づいてくる。こっちに向かって。一直線に。
──────すた。
足音が止まる。俺のそばで。しゃがみ込んだのか、それの吐息が微かに聞こえてくる。
俺の心臓の鼓動は早くなり、ドクドクと全身に血を回した。
そして ──────。
「 ──────みつけた♪」
……俺は今、凛と響に挟まれている。腕は抱え込まれ、動かせなくなり、両肩には二人の頭がグリグリと擦り付けられる。
「でも、わざわざこんな所で寝なくてもいいんじゃ無いですか?」
「い、いやぁ、少しでも近いほうが、対応もしやすいかなって、思って……」
「私の所からは少し遠いから、面倒くさいんですけどっ」
会いに来なければいいんじゃないかな……。
なぜ二人にこの場所がバレたのか。教師が誰か裏切ったのだろうか。二人に心配させて、心苦しく無いのか?
「んふふ、久しぶりに一緒に寝られるね」
いや、一緒に寝る必要ないっていうか、むしろ別々で寝て欲しいっていうか。
「なぁ、あまり一緒にいるところを見られるのはまずいんじゃないかと思うんだが……」
「……どうしてですか?」
本気で分からない、というような声色だ。
「君たちはまだ年若い女の子だ。俺は大人の男。こんな、家族でもないのに一緒に寝ているところを誰かに見られたら、その、勘違いされてしまうかもしれないぞ?凛も響も見られたら嫌だろう?」
俺は以前から考えていた、とても重大で重要な点を指摘した。
「いいじゃないですか?見られても。私別に何も困りませんよ?」
「そうそう。優希さんの考えすぎだって」
「い、いやぁ。俺が困るっていうか……」
なんでもないように言っているが、これは世間の見られ方を知らないのか、知りながら言っているのか……。
こうも無邪気な反応をされると、彼女たちを突き放すのに、少し心が痛む。
「……優希さん、私たちと寝るの、イヤ……ですか?」
少しだけ震えた声で、そう聞かれた。
な、何も言えねぇー……。そんな悲しそうな声で質問しないでくれ……。
「イヤだなんて、そんなことは、ないさ。でも、分かってくれ、ダメなんだ……」
突然スッと凛は起き上がると何やらゴソゴソし始めた。なんだ?どうした?何か探してる?
目的のものを見つけたのか腕を引き上げると、俺の目の前にそれを突きつけた。
な、なんだ……?
──────なんでも言うことを聞いてあげる券。
「は、えぇ!?ちょ、それもう使ったよね!?」
「……………………んふふ、良かった♪」
「ね♪」
ご、強引すぎるってぇ!!
「凛っ!その券は回収する。渡すんだっ」
「…………」
無視すなぁー!てかもうそんな券なくてもやりたい放題してるだろうが!
腕にしがみつく力が少し強くなる。その際、俺の手の甲が股にギュウギュウ押し付けられ「んっ」という声が、俺の耳に届けられる。それっ、そういうのをやめてくれないかっ!
………………はぁ…………。どうも二人を突き放すことができない。もういいさ。罪は俺が全部背負う。どうか、親御さん達だけには見つかりませんように。
翌朝、狼どもの襲撃はなく、いつも通りの朝を迎えた俺は、凛と響と一緒に朝食の配給を貰いに体育館に行った。上機嫌な二人と談笑しながら列に並ぶ。
「凛ちゃん、ここにいたのね。昨日の夜見かけなかったから心配したわ」
「あ、お、お母さん、おはよう。昨日は響と一緒に寝てたんだ」
「そうなの、響ちゃん、いつもありがとね」
「あはは……いえいえー」
凛は何も言わずにこっちに来てたのか。あまり心配かけるんじゃありませんよ。
「刃山さんもおはようございます」
「はい、おはようございます」
俺は好印象を与えるべく、好青年スマイルをしながら挨拶を返す。
「刃山さん、少しお時間よろしいでしょうか?お話があるのですが」
「……?ええ、いいですよ」
そう言われたので、一旦、配給の列から外れて、凛の母親についていく。
体育館の外まで行ったところでこちらに向き直る。なんか、心なしか睨まれているような……。
「……刃山さん、昨日の夜うちの子と一緒にいましたよね?」
心臓が跳ね、血の気が引いた。
ば、バレてるぅー……。い、いや、まだバレてないか?まだ、確信を持っていないのではないだろうか?いやまて、「一緒にいましたよね?」という聞き方は……確認では?もうほとんど情報をつかんでいている可能性があるな。いや、ブラフという可能性も……。くそっ、しかし、もし嘘を言ってそれがバレた暁には、心象は最悪だ。どう……どうすれば……どう答えるのが正解か……。
「………………はい」
俺は肯定した。凛の母親のこちらを糾弾するような目に耐えられなかった。
「……一緒に寝ていた?」
「……はい」
「はぁ……。あなた、今いくつですか?」
「二十五です……」
「うちの子はまだ高校生ですよ?少し、配慮がないのではないですか?まさか、なにもしていませんよね?」
「……は、はい、もちろんです……」
ち、乳首吸わせるのはセーフ?
「…………娘をここまで連れて来てくれたことには感謝しています。ですが、このようなことになるのであれば、娘とは距離を置いていただけますか?」
「…………分かりました」
まぁ、当然の帰結だろう。今までがおかしかった。しっかりと距離を置かなかった俺が悪いのだ。深く反省し、親御さんを安心させることに注力すべきだろう。
「おお、ここにおりましたか黒宮さん。……おっと、にいちゃんも一緒だったか。……ここで二人で何を?」
俺が反省していると、後ろから声がかかった。響の父親だ。
「あ、あらっ、夏野さん、おはようございます。すこし、娘のことについて、お話をしていただけですわ」
凛の母親は俺に向けていた険悪な表情を嘘みたいに霧散させると、とても嬉しそうな笑顔で響の父親に挨拶をした。すごい変わり身の速さである。
ここは体育館の裏手だ。何やらイケナイ密会をしていたとでも思われてしまったのだろうか。凛の母親は、それを全力で否定するように手を振りながら答えた。
「がはは、そうでしたか、凛ちゃんのことで……。それより、黒宮さん一緒に朝食でもどうですか、うちの響と、凛ちゃんと鈴音ちゃんも一緒に」
「まぁそれは良いですわねっ!ぜひご一緒させてください」
そう言うと、凛の母親は俺に鋭い目線を送り会釈をすると、響の父親と一緒に離れていった。
「はぁ………………」
長いため息が出る。もうバレてたかぁ……。まぁ、最初に会って話をしていた時からかなり怪しまれていた節はある。あんなにベタベタしてたらそりゃバレるか。
ここで生活していくなら身の振り方は考えないとなぁ。
しかし、響の父親を見るあの目……。俺はこちらに向けられる冷酷な目線と打って変わって、親愛の眼差し、いや、どちらかと言うと妖艶な、と言ってもいいような眼差しを向けていた凛の母親の顔を思い出した。……凛の父親って海外赴任しているだけだよな?勘違いだといいが……。
…………いや、やめよう。どのみち黒宮家と夏野家とは距離を置きたい気分だ。家庭同士の事情に首を突っ込むべきでもないだろう。
俺は、独り理科室に戻ると、ストックしてあるスナックを食べた。
「あ、いたっ!優希さーん」
遠くから響の元気な声が聞こえた。そちらに顔を向けると、凛と一緒にこちらに走ってくるのが見えた。
「おう、二人ともどうした?」
「どうした?じゃないですよ!どこに行ってたんですか?みんなで朝ごはん食べたかったのにっ!」
ぷんすか怒る凛。響も隣でうんうんと頷いている。
「父ちゃんもいたから一緒に食べたかったのに」
「ははは、すまん防衛隊絡みでちょっとな……」
「そうでしたか……残念です……。優希さんっ、この後のご予定は?」
期待の眼差しで聞いてくる凛。はぁ、こんな男といて何が楽しいのか……。さっぱり分からん。
「……今日は、色々やらなきゃいけないことがあるからな。忙しいんだ」
「へぇ、何やるの?私たちが手伝ってあげよっか?」
眩しい笑顔を向ける響。ほんと優しくていい子たちだ。
「いやぁ……、防衛隊関連だからな。二人にできることはないなぁ。やることがないなら、後輩たちの面倒を見てやったらどうだ?言いつけを破って能力で遊ぶ奴もいたし、退屈してるんじゃないか?」
そんな二人には、もっとふさわしい人がいるはずだ。俺ではない。
「そうですか……、そうですね、今日はみんなの様子を見ていようと思います。また勝手に能力を使っているかもしれませんし、見張っておかないとですね!」
「そっかぁ……なにか手伝えることがあったら言ってね」
「おう、ありがとな」
「じゃあ、また後で。優希さん、頑張ってください!あ、晩ごはんは一緒に食べましょうね!」
そう言って二人は去っていった。
すこし、心が痛む。ここまで一緒に頑張って来たんだもんな。俺も二人のことをとても大切に思ってる。だけど、二人の好意がそういうものなのだとしたら、俺は、大人として、本当に二人のためになることを考えてあげないといけない。
仕方のないことだ。徐々に会う頻度を減らしていこう。少し寂しさはあるが、これがお互いのためだ。




