黄金の瞳
「はぁ、俺、死ぬのかな」
現実を受け入れたくなくて、屋根の上で空を見上げてぼーっとしていた。
どうすれば良かったなんて全く分からない。暴漢を返り討ちにして、その時に殺しました、なんて言わなければ良かったんだろうけど。
……人殺しのタブー度合いを見誤っていたのだから、いずれ話してしまっていた気もするな。
もっと仲良くなってから話せば良かったか。そうすれば、味方になってくれる人も多くて……。
「クソが、こっちから願い下げだ」
あんな奴らと仲良くなる、なんて未来を想像して苛立ちが顔を出す。
まぁ、せめてもの救いは、矛先が生徒たちに向かなかったことだな。俺が無理矢理連れ回した、という印象を受けているように思えた。彼女たちが邪険にされることはないだろう。
彼女たちはもう十分苦労したさ。今回の地震に端を発する一連の出来事全ては、高校生の少女達が背負うにはあまりに過酷すぎた。どうか、これ以上何も起きず、平穏に暮らして欲しい。
「はぁ…………」
俺はどうか。お先真っ暗だ。
しかし、死にたくはない。だったら行動するべきだ。あいつらにハブられたから死んだ、なんて、はらわたが煮え繰り返る。死なんぞ、俺は。
行くあては無いのだが、少し心残りがあったのでそれを確かめに向かっている。黒宮さんと響の自宅だ。地図は持っているし、目的地と現在地の場所も把握している。新たな避難所を探して彷徨う前に、そこは確認しておきたかった。
俺は屋根の上を跳びながら進む。基本的に屋根の上まで登ってくるようなモンスターは今のところ確認していない。空を飛ぶデカいカラスのようなものは見えるのだが、襲われたことはないので、そこまで警戒はしていない。
よって、多くの場合は屋根上が安全地帯だ。たまに大きな木が近くにあったり、屋上に簡単に上がれる階段があったりすると、そこを占拠されてたりもするが、そういうところには近づかないだけだ。
慎重に跳びながら進んでいると、遠くの方から金属がぶつかる音が聞こえた。なんだ?同時にギィギィという声も聞こえてくる。
これは……ゴブリンが暴れているだけか、あるいは。
一応確かめに行くか。ゴブリンが癇癪を起こしているだけなら、スルーするだけだが、もし人間が襲われていたら、助けてはあげたい。
だが、俺は学習できる男だ。仮に人間が襲われていたとして、そいつがヤバい奴ではないとは限らない。まずは遠くから様子見するのが丸いだろう。
音のなる方へ屋根伝いに移動していく。そして高めの建物の上を陣取り、まだ鳴り止まない音の方向を見下ろす。
戦闘をしているのは確かなようだ。相手はゴブリンで、すごい数だ。夥しい数のゴブリンが群がり……いや、大半は既に死体か?血の量が尋常じゃない。
そして、その死体と血でできた花の中心では……白い物体が、動き回っていた。なんだろう、人だろうか?ちょこまかと動きが早すぎて、詳細が全く分からん。
しばらくじっと観察していると、群がるゴブリンも少なくなり、とうとう殲滅してしまった。ようやく動きが遅くなり、何が動いていたかを確認することができる。
人……だな。女の子か?銀髪をポニーテールにしている感じだ。銀髪か、この辺じゃあまりその色が選ばれる感じはしないな。都会から来たのだろうか。そして、剣を持っていた。剣で戦っていたのか?真剣……だよな?剣術道場なんてこの辺にあったのかな。
なんて、ゴブリンが既に全滅していることへの安心感からか、呑気に観察していたら、その女の子の顔がこちらを凝視しているのに気づいた。
ん?こっちを見てるのか?気づかれてる?いやまさか。顔しか出してないし、この距離で気づかれるなんてこと……。
その少女は、こちらの方向へ向かって歩き始めた。
心臓が跳ねる。や、やばいか?どこかに隠れる?いや、逃げるべきか?先ほどの戦闘を見るに、強いのは間違いない。が、しかし、善人か悪人かの判断は出来ていない。
俺は逃げる選択肢を選び、屋上の反対側へ向かい助走をつける。柵に足を掛け、いざフライアウェイ!
──────というところで背負っていたリュックを掴まれ、後ろに引っ張られそのまま倒された。
「ぐへぇっ……」
ぐぅ……まずい捕まった。すごい力だ。俺は仰向けに倒れたまま目を開けて、相手を確認する。状況を把握しなければ。
…………息を呑んだ。
黄金の瞳の美少女がこちらを見下ろしている。夏の高い青空をバックに見るそれは、とても美しかった。逆光により銀髪の輪郭が輝き、俺の顔に影を作っている。
「あぁ……すまない。逃げていくものだからつい引っ張ってしまった。少し聞きたいことがあってな……大丈夫か?」
少し低めのしかし可愛らしい声で心配の声をかけられる。
「あ、あぁ……大、丈夫だ」
俺は起き上がりながら彼女に向き直り、座り込む。
改めて彼女を見る。美少女だ。日本人顔ではない、ハーフか?黄金の瞳に銀髪。髪は後ろで一つにまとめられていて、もみあげが少し長めに下ろされている。そして……。
「あぁ、これか?こちらの世界の住人はこれが珍しいらしいな」
ぴょこぴょこと頭上にある耳を動かしている。犬耳だろうか。コスプレ……じゃないのか?動かしているように見える。
「む?貴殿、ウェリアか?驚いた。こちらの世界にもいるのだな……しかも男……」
うぇりあ?
犬耳に目を奪われている間に、訳のわからないことを言われて、混乱する。
犬耳少女はスンスンと鼻を鳴らして、匂いを嗅いでいる。そして、ハッと我に帰ったかと思うと咳払いをして喋り始める。
「私はユリスロード王国、第四近衛騎士団所属、リーネルだ。よろしく頼む」
???なんて?じ、自己紹介か?王国?所属?
「あ、ああ、刃山優希だ、よろしく……?」
なんとか自己紹介であると解析し、こちらも名前を返す。立て続けに訳がわからないことが起きて、混乱する。
犬耳美少女が、ゴブリン蹂躙してて、なんちゃら騎士団所属で……あとなんだっけ?
「実は私が仕える主、フラルーン王女殿下が行方不明なのだ。捜索しているのだが、何か知らないか?些細なことでもいい、教えて欲しい」
そう捲し立てる犬耳少女ことリーネル。もう何が何だか。
「特徴は、私より少し低い身長、ふわりとした美しい金の髪に透き通る青い目をもつ可愛らしいお顔。華やかな香りをまとって、ユリスロード王国にいながらも、素晴らしい人格の御仁だ」
と、捜索対象の特徴を共有してくる。主観的で無駄な装飾が多く、低めの身長、金髪青目ということしか分からない。香りとか言われても分からんわ。……てかなんか自分の所属してる国ディスってなかったか?
「……あ、いや、すまん。心当たりはないな……その子……御仁……殿下はおいくつなんだ?」
ロールプレイなのかも判断がつかずとりあえず合わせることにした。こんな世界だ、何が本当かなぞ分からん。
「今年で十五になられた。勇敢で素晴らしい方だ」
「…………失礼ですが、あなたはおいくつですか?」
「私は今年で十六になる」
一つしか違わねーじゃねーか。なるほど?ロールプレイ疑惑が少し強まってきた。国の名前も聞いたことないし……。この世界は子供の方が強い。遊んでいる最中なのかもしれない。
いつもなら、いや、子供の方が強いとわかったこの世界においても、危ないと叱るべきだろう。だが……。
俺は返り血のついた、よく出来た鎧を見やる。こっわ。
「そ、そうか。すまないがお探しの王女殿下を見かけてはいない。力になれそうもないな」
俺以上に倫理観の壊れた子なのかもしれない。強い力を得て、何か、狂ってしまったとか。俺は危機感を感じ、早々に話を切り上げにかかった。
「そうか、残念だ。……して、その……。申し訳ないのだが、貴殿から少し頂いてもよろしいか?」
……?なにを?食料かな。お腹が空いたの?まぁ、あいつらから必要以上にぶんどってきたからな。少しくらい分けてあげてもいいだろう。
「あ、ああ」
そう言って、背中のリュックを下ろそうとベルトに手をかけていると、
「では、失礼して……」
リーネルは俺の両肩に手をかけて、覆い被さってくる。そして、スンスンと鼻を鳴らした後、左耳に吸い付いた。
「うぇっ!?ち、ちょっと!?」
彼女は耳にグリグリと口を押し付けペロペロと遠慮がちに舌を入れる。
なにこれ?頂くってなにを?み、耳垢食べるのか?
「……ふむ、これが、男性の……はむ」
いつしか遠慮がなくなって、ペロペロと犬が皿に入れたミルクでも舐めるように舌で舐め回す。時折グリグリと耳の奥に舌を捩じ込み抽送を繰り返す。
こちらを押す力が強くなり、一緒に倒れ込んでしまう。が、舐めるのはやめない。目一杯首を傾けてはいるが、その分首を伸ばして詰めてくる。
十分はたっただろうか、音を立てて顔が離れていった。
「はふ……ありがとう。貴殿はとても素晴らしいものを持っているな。濃くて、とても美味であった」
リーネルは満足そうな笑みでお礼を言った。
彼女の唾液で耳がベチャベチャだ。スースーする。混乱と気持ち良さで仰向けに倒れながら呆けていると、脇の下に手を入れられ、まるで小さな子供にするかのように持ち上げて立たされた。ポンポンと体についた砂やら埃やらを、払われる。
「すまないな、しばらく一人で行動しているものでな。それにとても美味そうだったもので……つい熱が入ってしまった。ははは」
早口で弁明された。そうか、魔力補給だ。耳から魔力を吸ったんだと遅ればせながら気づいた。
「あ……ああ……喜んでもらえて何より」
「うむ、ではもしフラルーン王女殿下を見つけた際はよろしく頼むぞ。では、失礼する」
顔を赤くして、早口のまま別れの挨拶を済ませたリーネルは、屋上から飛び降りそのまますごいスピードで離れていった。
「よろしく頼むって……」
連絡方法とか知らんし。まるで嵐にでもあったみたいだ。
「……行くか」
忘れよう。もう会うこともないだろうし。
俺は冷静になれと自分に言い聞かせながら、本来の目的地に進路を戻した。




