赤子の集団
公民館に保護してもらったその夜、夕飯をいただいた後にこれまでのことを聞かせることになった。
中学校で避難所がすぐに狼に襲われたことや、そいつらを全員能力で倒して、脱出してきたこと。
家庭訪問中に出会ったモンスターの特徴やその攻略方法。
なかなかに盛り上がっていたと思う。みんな悲しんだり笑ったり。モンスターの情報なんかは真剣に聞いてくれていたので、今後に役立ててほしい。
そして、暴漢どもに襲われた話もした。
「そうそう、それでアスファルトが溶けてたってわけ。そこんところは響のおかげだな」
「なははー」
「へぇ、よく思いついたねそんなこと。それでそいつらからも逃げられたってわけか」
「ああ、いやそれが、その周辺はトラップが山ほど仕掛けられてたみたいでさ……そのうちの一つに引っかかっちゃって、結局追いつかれちゃったんだよ」
息を呑む音が聞こえる。
「ええ!じゃぁどうしたの?」
「戦ったんだよね。最初は逃げようとしたんだけど、捕まっちゃってさ。実はその中の一人が蜘蛛の糸を出す能力持ちだったんだ」
「へえ、なんか聞いたことある能力だな」
「どんな能力だったんだ?」
「うーん、蜘蛛の糸を手から出している感じだったな。見えない糸を張ったりしてバリアを作ったり、飛ばして拘束に使ったり」
「ひゃー、なんか厄介そう。俺だったら対処できる自信ないわ」
驚く彼も能力持ちで、確か自身を硬化させる、とかだったかな。防御系とは相性悪いのかも?
「ははは、ただ弱点もあってだな。実はその蜘蛛の糸、火に弱かったんだ。かりんちゃんの火の玉のおかげでやつに対抗できた」
おおーと歓声が上がる
「へぇあんたすごいじゃない」
「えへへ。でも役に立てて良かったぁ。ほんと怖かったんだから」
「いやぁ、その節はどうもお世話になりました。っとまぁそんな感じでそのクモ男は上からの援護射撃でなんとか封殺して、優勢だったんだ」
「クモ男て……」
「だった?」
ここからがクライマックス、俺の見せ場だ。
「そう、だった。実は能力持ちはもう一人いてそいつが後ろから迫ってきてたんだ」
「うわぁ」
「俺は気づいてなくてさ、しかもそいつの能力が触れた相手を脳震盪で動けなくするとかいう能力でさ、一人捕まっちゃってたから援護射撃も出来ないしでまぁやばかったね」
「その能力エグいな……。え?じゃぁ人質取られちゃってたってこと?遠距離攻撃できなくて、触れると脳震盪って……詰んでね?」
しかし、能力の話についてきてるのはなんか面白いな。現実の話のはずなのに、会話内容的にはゲームや漫画について話していると錯覚しそうだ。しかも全員その話をちゃんと理解出来てる。
この世界に順応してきてるってことなのかもな。
「まぁ、実際詰んだと思ったね、でもこれしかないと思って咄嗟に走り出しちゃってさ、横からタックルかましてやったよ」
「ヒュー」「やるぅ」とヤジが飛んでくる。
「ええっ?でもそれじゃ能力で動けなくなっちゃうんじゃないの!?」
「はは、まぁ実際動けなくなったね。なんとか勢いで乗り切ろうとしたけどダメだったわー」
「おいおい」「ただのバカじゃねぇか」笑い声と共に中傷も飛んできた。おいコラ。まぁ、笑い話になってるのも俺がここに五体満足で座ってるからだろうな。
「んで、その後は?」
「あぁ、マウント取られてボコボコにされた」
プッ、と誰かが吹き出す。くそ、さっきから俺を小馬鹿にしてる奴がいやがる。しかもそいつに乗せられてクスクスと笑い声が響いてるのがなんとも、やるせない。
「流石に終わったか?」
「にいちゃんの、強化の能力とやらでなんとかならんかったのか?」
「おお、いいとこに気づいてくれた。そうなんだよ、なんとか強化した力でそいつを跳ね飛ばしてさ、んで持ってた槍で、そいつの喉元にブスリよ!」
息を呑む音と共に、シン、と静まり返った。
「……お前、人を殺したのか?」
数秒経ってから尋ねられた。
「あ、ああ。まぁやらなきゃやられてたからな。正当防衛ってやつ?」
再び沈黙。あれ?俺なんかやっちゃいました?いや、人は殺したけど、襲われてた側だし。っていうか、こんな世界で殺しがどうとかって話になるのか?
「人殺しじゃねえか」どこかから聞こえた。
「い、いや、そりゃ確かに殺ったけど、襲われてたんだって。そうするしかなかった正当ぼうえ ──────」
「過剰防衛だろ」またどこかから聞こえた。
「ヤバすぎ」「殺人犯ってこと?」それに続くようにポツポツと。
なんか嫌な空気だ。
「だからそうするしかなかったんだって。どうすれば良かったんだ?殺されそうだったんだぞ?」
「もっと交渉すれば良かっただろ。お前は話し合おうとしたのか?」
……はあぁ?あれは話し合いのできる人間じゃねぇだろ。って見てないし分かるはずもないか。
「無理だった」
「だからやろうとはしたのかよって話だよ」
「ま、まあまあ。おかげで娘も助かったってことなのよね!ありがとう刃山さんっ」
一緒に旅をしてきた女子中学生の一人であるかりんちゃん、その母親からフォローの言葉が入る。
「いやだからって人を殺したっていう事実は変わんなくね?」
「交渉は最初しようとしたさ、でもとりつく島もなかった」
くそ、なんか口論みたいになってる。別々の人間が口々に責め立てる。口を開かない者も困惑したような表情で推移を見守ってる。
「本当かよ、どうせお前が何も譲歩しないですぐ諦めたんじゃないのか?」
「いや、いきなり殺すって話になったんだよ。じゃあ逆に聞くが、ここも何度か襲われたんだろ?その時どうしたんだよ」
「もちろん交渉したに決まってるだろ」
「少し物資を分けたら諦めてくれるしな」
「そういや最終的には友好的になった奴もいたな」
「無理矢理侵入しようとしたやつも、少し痛めつけたら諦めたし、人殺しなんてする必要無いんだよ」
口々に反論が返ってきた。くそ、くそが。そりゃこんだけ物資と人員がいたら態度も対応も変わるだろうよ。聞く質問を間違えた。
「女の子たちが可哀想」
何を言っても理解されなさそうで、言葉に窮していると、そんな声が聞こえてくる。
「確かに。まだ中学一年生だろ?人殺しの片棒担がされるとか、最悪じゃん」
…………何もいえなかった。確かにそうかもしれない。こんなの、十三の少女がしていい体験では無いだろう。
「そう考えると、ましで最低野郎だな」
「モンスターいる中連れ回して、挙句は人殺しか」
「い、いやそれも仕方なくだ。ずっと中学校にいても未来はなかった」
「そんなんわかんねーだろ、俺だったら畑を作って自給自足するわ」
テメーなんかにできるわけねーだろクソが。はぁ……視線が痛い。こんなことになるとは。
「や、やめてくれませんか!優希さんは、ずっと私たちのことを思って行動してきてくれてました!」
黒宮さんが声を上げてくれる。
「みんな優希さんに感謝してるよ」
「うん!」
「おにーさんいなかったら絶対やばかった」
響をはじめ、援護の声が続く。みんな……。
「へぇ、だとしても人を殺したのも事実だし、君たちにその光景を見せた事実も変わらなくね?」
「やめてください!私たちを守るために優希さんは戦ってくれたんです!それに、私だってひと ──────」
「ああ!すまない!すまなかった。確かに俺は人を殺した。怖いのはわかる。ただ、信じて欲しい、別に殺したくて殺したわけじゃ無いし、ここではそういうことは起こさない。誓うよ」
それはいけない。さすがに黒宮さんをこの針のむしろに落とすわけにはいかない。ここはもう退くべきだ。
「どうだか。一度殺した人間は二度目以降は軽々しくやるらしいぞ」
「優希さんは! ──────」
「いや、すまない。本当に。そんなつもりはないんだ、誰も殺さない。約束する」
それ以上の言葉はどこからも出てこなかった。最悪の空気だ。今は目につくところにいるべきじゃないだろう。
俺は二階に上がり、隅の方で横になった。
くそっ。何がいけなかっただろうか。殺しはやっぱりダメだったか。てっきり世界が変わって、みんなの倫理観も変化していると思ったが。変化してる俺の方がおかしいのか。
いや、最初の地震の頃からこの公民館にいるのか。ここは避難所としては恵まれていたのかもしれない。能力持ちの強い人材が多くいるしな。倫理観を変える必要がなかったんだ。
はぁ。一日経ったら考えが変わってないだろうか。なんとか信用してもらえるよう、もう一度話し合おう。まずは俺の頭を冷やさなきゃな。
翌朝、みんなへの謝罪と信用してもらうための演説のプランを独り考えていると柏木さんに声をかけられた。
「刃山さんおはよう、ちょっといいかな」
「あ、柏木さん、おはようございます。昨日はすみませんでした」
挨拶と軽い謝罪をする。昨日、柏木さんも話を聞いていたはずだ。
「ああ………………いや……。その、申し訳ないのだが、君をここに置いておくことは出来なくなった」
耳を疑った。
「な……ひ、人殺しの件ですか?それならもうするつもりもないですし、なにか……せ、誓約書でも書きます。破った場合の罰則をつけてもいいです」
「すまない。実は君のいない間に多数決をとったんだ。四分の三以上の賛成で君を追い出すことに決まった。恐怖を感じる人の方が多かったみたいだ」
「そんな……弁明の機会をください。説得する時間を……」
「それは……難しいだろう。多数の陳情が寄せられてからの多数決だった。仮に覆ったとしても、君をよく思わない者は多い。お互いのためにならないと私は思う」
「……殺し、なんて、殺人なんて外では簡単に起きますよ。俺が襲われた時も、もう何人もやったような口ぶりでした。そんな考えでは痛い目を見ますよ」
「ああ……分かっているんだ。私も君が殺人を犯したのは必要なことだったと理解しているし、したからと言って無碍にするべきではないと思っている。世間はもう変わっていると理解しているつもりだ」
「では何故!」
「すまない、私の一存では多数決の結果は覆せない。私はこの場所を守ることを優先したい。……ここに居る多くの人にとってこの世界に慣れるには、まだまだ時間と経験が足りてないんだ。君は多くを経験しすぎたのかもしれない」
なんだそりゃ。ここの避難民は赤子の集団か何かかよ。
「…………間接的な殺人になるとは考えないのか?」
「……すまない」
クソが。最悪だ。…………はぁ。
「他の、一緒に来た女の子たちは……追い出されないですよね?」
「ああ」
「では……彼女たちをよろしくお願いします。親を亡くしている子もいます。行方不明の子も……」
「分かった。責任を持って守ると約束する。すまない。……物資は必要なだけ持っていっていい。みなが起きる前に出ていってもらえると助かる」
「はい……」
……なんだこれ。こんなことあるか?クソが。
俺はせめてもの反抗として物資をありったけ持って公民館を後にした。




