ある世界の始まり
私の名前は黒宮凛。近所の高校に通う、ごく普通の女子高生だ。父が海外に赴任していて、母と妹との3人で暮らしている。
私の家族は、父の仕事の影響か裕福な部類に入るらしい。スマホで自分たち以外の様子を簡単に知ることができるので、私でも容易に理解できた。
よそと比べて自分の立ち位置を確認していることに、罪悪感が湧かないわけでは無い。しかし、裕福であることを知り幸せを享受出来ていることに感謝できている。そのことにとても嬉しくなる。
その恵まれているであろう私は周りにはどう見えているのだろうか、妬みや嫉みはあるだろうか。恥ずかしく無い行動がとれているか不安になることもある。周りにも自分にも誇れる私でありたいと、日々を生きて──────。
「よっす凛、おはよー」
「おはよう、響。・・・寝癖ついてるよ」
「うぇっ?」
高尚ぶって物思いに耽っていた自分を思い返して恥ずかしくなりながら、幼馴染の夏野響に挨拶を返す。
響は同じ高校に通う同い年の女の子。物心ついた時からの友達で気心の知れた仲だ。陸上部に所属しており、健康的な肌が夏服ゆえに隠されず晒されているのがなんとも眩しい。快活な性格で誰とでも仲良くなってしまうタイプのいわゆる陽キャだ。よく笑うし可愛いので誰からも好かれている。
背は私より少し高いくらいで、年齢的には平均くらいらしい。運動部ゆえの引き締まった体も見ていて美しいと思う。胸も私よりほんの少しだけ大きくて・・・・・・いや、まあ比較するのは良くないよね。プライバシー的に。それに平均値だってお友達に怒っていたっけ。認められて無かったような気がしたけど、平均値の響に追随するわたしもまぁまぁってことだよね。・・・・・・いや、いやいや、やめよう考えるのは。私のは小さい。認めよう、認める。理解した上でどう行動するかが重要なんだ。・・・・・・どう行動すればいい?
「夏休みの旅行の準備終わった?」
私がよそと比較して自分の立ち位置を確認して憂いていると、響が夏休みの計画の一つである旅行についての話題を振ってきた。
「もちろんばっちり」
「うそん、水着どうしたの?まさか学校のやつじゃないよね?」
「さすがに違うよー、昔買ってあった水着がまだ着れたからそれを、・・・・・・それを、」
「凛?」
まさかの追撃、いや自爆に焼かれながら意識を保つ。
「・・・・・・響まだ買ってないの?水着」
「そうなんよねー。なかなか時間なくて」
「じゃぁ今日の放課後一緒に買いにいこっか!私もちょうど新しいの買おうと思ってたし」
「いいね、行こう行こう。でももう水着あるんでしょ?新しいの買うの?」
「うん、なんかサイズ合わないような気がしてきたし」
「?そか、じゃぁ放課後ね」
「うん」
そうこうしているうちに学校に着いた。ここは全校生徒600人強の普通の高校だ。夏休みが近づき、浮ついた空気が生徒の間で流れているのがよく分かる、ごく普通の高校生が通う学校だ。
もちろん私も浮ついている自覚はある、そりゃ旅行楽しみだし。旅行先で一夏の恋が始まっちゃったりなんかして・・・・・・。
なんて思いながら昇降口で靴を変える。自分にあてがわれた下駄箱を開けて上履きを取り出そうと手を伸ばすと、上に何かがのっているのに気づいた。
なにか、紙?のような。取り出してみて理解する。ラブレターだ。ご丁寧にハートマークのシールが貼られている。今どきこんな古風な方法で想いを伝える人がいるのかと少しびっくりした。
男子でもハートのシールをチョイスするものなのかな、とか考えていると、横から視線を感じた。というより顔がすごい近い。
「おんやー?それは、まさか、ラブレターではぁ?いやはや黒宮さんはモテモテでありますなぁー」
「ちょっと、顔近い響っ」
ウリウリと肘で突きながらからかってくる幼馴染。
「まぁーた凛の色香に惑わされた哀れな子羊が生まれてしまったわけかぁ」
「色香なんてないよっ」
しかし、まぁ、モテるのは確かだろう。私は可愛い、のだと思う。
長い髪のお手入れも毎日頑張っているし、肌も荒れないように気を遣っている。ストレッチとかもして体型にも気を遣っているのだ。胸は、・・・・・・いやこの話はもういい。
ともかく、努力の甲斐もあってか、何度か交際を申し込まれたことはある。私に魅力を感じて好意を寄せてくれていることは素直に嬉しい。家が裕福だからとか、そんな理由じゃ無いよね?
「しかし、哀れかな子羊よ。誘われた先に待っているのは断崖絶壁、落ちたら戻って来れるかどうか・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
断崖絶壁って・・・・・・いやもういいって病気だ、私。
「誰だか知らないけど、断っちゃうんでしょ?今年何人目だっけ、二桁いってる?」
「い、いってないよ。それに断るかまだわからないし」
嘘だ。12人目である。それに、響も人のこと言えないでしょうに。何人かうちのクラスから撃沈者が出ているのは知っている。
「えぇっ!付き合うの!?ほぇーあの凛がねぇ、ついに」
「ちょっと声大きいっ。まだわからないよって言っただけ」
「そっかぁ。あれ?そんじゃ今日の放課後は無理そうかな?長引くかも知れないしナァー」
「いや、だからまだ付き合うと決めたわけじゃ・・・・・・」
話していると教室に着いたので席に着く。心なしか視線を感じる、気がする。ラブレターをくれた男子が気になってこちらを見ているのでは無いかと。
浮ついているのがよく分かる。今までなんの気無しに断ってしまい、それを続けてきてしまったがために、OKをだすシチュエーションが全然想像できなくなってしまっていたのだ。この際だ、夏休みを機に一度交際を経験してみるのもいいんじゃ無いだろうか。
そう思うとなんだかとてもワクワクしてきた。そんな自分に浮ついてるなぁと心の中でツッコミを入れる。ラブレターは休み時間にこっそり読もう。教室で堂々と読むのはちょっと恥ずかしいしね。
──────そんなこんなで朝のホームルームがそろそろ始まる時間に差し掛かったそんな時。不意に、教室がシン、と静まり返った。天使でも通ったのだろうか、あるいは私がもらったラブレターにみんながビックリでもしてるのだろうか。
違う、分かっている。いや、何もわからないが、何か違和感のようなものを、分からないなりに教室にいる全員が感じ取ったのだ。
さっきまで雑談していた女子グループも、消しゴムでキャッチボールをしていた男子達も、遅刻ギリギリに慌てて教室に入ってきた子も。みんな眉根を寄せてキョロキョロと辺りを見回している。
「な、なんだ?」
教室の誰かが言った。それを皮切りにざわざわとし始める。
「凛、今の何?」
「わかんない。なんだろう、なんか、空気に押される感じ?」
響に言葉を返したが、自分でもよく分からない。何かにギュゥと押しつぶされたような感覚がした、と表現するのが一番初めに思いついた感想だ。
数秒後、教室内のざわつきを耳にしながら、しかし別の音も聞こえてきた。ズズズズ、と体を震わせるような地鳴りだ。それと同時にカタカタと、机の横にぶら下げている誰かの鞄がぶつかる音がした。
この感じは経験がある。地震だ。しかもかなり大きいと想像ができた。この先に起きるであろう事象への恐怖で体が動かなかった。そして……
ズドン、とそれは当然のようににやってきた。
体が椅子から数センチ浮く感覚。次の瞬間にはドタドタと何人かが倒れる。
「地震だ!地震だよ!」
そこからはパニックだ。普段のよく体験する地震なら、いや、少し大きめの地震でもこうはならないだろう。ガクンガクンと肩を掴まれて揺さぶられているような感覚になる。
必死に体をこわばらせていると、周囲の状況がスローモーションのように目に入ってきた。机の下に隠れている子を見て、私もそうしなきゃと思ったり。天井からパラパラと砂なのか埃なのか、小さな破片とともに落ちてきている。壁上部に飾ってあった額縁入りの賞状も床に落ちて割れた。遠く離れたところからバキバキと何かが壊れていく音がする。私のように固まって何も出来ない子がほとんどだった。泣き叫んでいる子もいる。
早く治まってほしい。ただそう願うしかできなかったが、ふと、窓の外に目が行った。
空が、紫色に輝いていた。
違和感は揺れ始めた頃からあったけど、今、しっかり認識してしまった。何が起きているかはさっぱり分からないけど、何かとんでもない事が起きている、そんな確信だけはあった。
まただ、何かにギュゥと押しつぶされているような感覚。しかもさっきよりずっと強い。どんどん強くなっていくそれは治りそうもなく、耐えられそうも無い。
あぁ、私死ぬのかな。そんなことを思いながら目を瞑った。




