ある世界の終わり
薄暗い狭い部屋、幾何学模様が全面に描かれたそこは、ともすれば現代アートを壁紙としたもの好きの部屋とでも現代日本人なら解釈するかもしれない。そこの主は一人の少女。部屋の入り口付近にひっそりと立っている。ここは地下室だろうか、蝋燭の灯りのみで照らされた少女は光のない瞳で部屋の中央を見下ろしている。
「ようやく奴らを地獄に落とすことができる」
その目線の先、部屋の中央にはもう一人、男性が眠っていた。否、胸部から流れ出た夥しい量の血を見ればすでに事切れていることは誰が見ても明らかだろう。装飾があしらわれた豪勢な服装に、よく整えられた髪と肌を見れば、やんごとなき身分の御仁であることは容易に想像できる。 ───下半身丸出しの半裸でなければ、だが。
仰向けに横たわる男性の腹の上には人の頭ほどもある巨大な宝石が紅く輝いており、自身の手によって支えられていた。
少女が何やら唱えると、部屋中の幾何学模様が明滅し始め、呼応するように宝石が輝きを増していく。もはやなんの役にも立っていない蝋燭を消すと、ここでの仕事は済んだとばかりにドアを開け姿を消した。
「報告します。西地区、東地区それぞれ捜索致しましたが、ザルン王子は見つからず、痕跡も見つけることができませんでした。周辺の住民にも話を聞きましたが、有力な情報は得られませんでした」
フルプレートのアーマーに身を包んだ兵士の報告を神妙な顔つきで聞いていた男は、進展がないことに深くため息をついた。
「ご苦労。持ち場に戻り、引き続き捜索を」
「はっ」
報告をした兵士は立て付けの悪いドアを音を立てて開け放つと自分の仕事に戻って行った。捜索の仮拠点として間借りしている酒場では、駆り出された隊長格の面々が顔を突き合わせていた。
「どこをほっつき歩いているんですかねあのバカ王子は」
「またどこぞの平民とっ捕まえて遊んでるんじゃないんですかね」
「ったく、こっちは魔女の捜索で手一杯だってのに」
「口を慎め。魔女の抹殺も急務だが、こちらの方が重要度は高い。一刻も早く殿下を見つけ出さなければ。事件に巻き込まれている可能性もあるのだからな」
「そんなこと言って、どうせ今回も大したことねぇって思ってんだろ?副隊長さんよ」
「…………」
思っていないと言えば嘘になる。近衛騎士第二隊副隊長ドゥルンは、沈黙することで肯定を返してしまっていた。
ことは数刻前に遡る。外交と称した周遊から帰ってきたザルン王子は一個中隊を引き連れてご帰還なされた。護衛はしっかりなされていたし、なんなら正門を通るまでは馬車内でお気に入りのメイドとよろしくやっていたらしい。事態が発覚したのは正門を通って少しした時。突如メイドが悲鳴をあげて馬車から転がり落ちてきたらしい。曰く、突然目の前から殿下が姿を消した、と。当然メイドが真っ先に疑われたが、不可解なことが多くメイドにはなんの能力もメリットもないと結論づけられた。ヤリながら消える?どんな大道芸だろうか。周遊先で何を学んだのか不安になってくる。
国王陛下に報告がなされた際の取り乱し様は凄まじかった。なんとしてでも王子を見つけ出し、犯人を捕まえろと喚き散らした。普段も横柄で有名な陛下ではあるが、過去一番と言えるほど周囲への当たりが強かったことに辟易としたものだ。しかし……どちらかと言えば恐怖による威嚇に近いと感じたのは私だけだろうか?小さい犬が何にでも吠えるのをやめない様な……いや、不敬がすぎるか。そう言えば宝具について殊更に聞いていたな。しっかりと身につけていたのかと。
王族に身につけることが義務づけられている宝飾品の様なものだが、馬車にはその宝具である腕輪が放置されていたのも報告に上がっている。ヤルときに邪魔だろうから外したのだろうが、それがなんだというのか?宝具をぞんざいに扱っていることに対しては、ザルン王子の人柄からもまぁそうだろうくらいにしか思わなかったが。ザルン王子の失踪に何か関係が ────── 。
思案に耽っていると突然の破砕音と大きな揺れに、自然と立ち上がり臨戦体制に入る。
「何が起きた!確認を急げ!」
誰にともなく指示を出すと、酒場の入り口へ走った。音からして街中で何かが起きたと見て間違い無いだろう。王城の方から聞こえた様な気もして嫌な予感がしてくる。
立て付けの悪いドアを無理矢理にこじ開けると、瞬間、異様な光景に目を奪われる。
空が紫色に輝いていた。ドス黒い雲が渦を巻きながら王城に集まり、魔法陣のような形を成していく。
何が起きている?状況を把握しようと努めていると体への違和感も感じ始めた。魔力が強くのしかかるような感覚に襲われ、身動きが取れず冷や汗が噴き出る。頭痛と耳鳴りに襲われ、意識が遠のいていくのが分かる。まずい、と身体中が警鐘を鳴らしているがいくら動こうと意識しても微動だにできない。何も出来ず、周りでバタバタと人が倒れていく音を聞きながら、意識を手放した。




