ゴブリンドーム
「大人しくしてろよォ。動かれるとうまく刺せねーから、余計に苦しい思いをすることになるぜ」
罠にかかったマヌケな俺を見下ろし男は近づいてくる。
年は俺と同じくらい、手には手作りであろう槍が握られていて、先端には包丁が固定されていた。
「ま、まて、何故俺を殺そうとするんだ、同じ人間同士だろ?何が目的でそんな ──────」
「アーアー、聞き飽きた命乞いどうも」
男は呆れたように上を向き、聞く耳を持たない。歩を緩めずズンズン近づいてくる。四方にいた男たちもこちらへ距離を詰めてくる。
「しかし、ガキ連れ回してるとか、バカなんじゃねえのおまえ。しかも全員女かよ」
「おい、しかも結構可愛くね!?やっべ、もう勃ってきちまった」
「まぁ待てよ、男を殺してからだ。化け物どもが来てないか周りはよく見とけよ」
なんだこいつら……。俺を殺そうとしてる?人間同士だぞ?せっかく他の生存者が見つかったってのに……。
何故だ?他の生存者も同じようなことをやっているのだろうか?てっきり寄り集まって協力して、モンスターと対抗していると思っていたのに。
予想外の展開だ。まさかこんな盗賊まがいのことをしてる奴らがいるなんて。しかもコイツら、彼女たちを犯す気満々だ。下卑た笑みを浮かべている。
(黒宮さん、響に俺たちの周りの地面の温度を……この方向を除いて上げるように言ってくれ。それとみんなには、合図があったらそこから逃げられるように準備するよう伝えて欲しい)
俺は黒宮さんにそう伝えると、槍を取り出して構えた。
「止まれ」
「おぉ怖。自分の状況が、分かってねぇのか?もう終わってんだよ。苦しんで死にたくなかったら大人しくしてろ」
「本気か?故意の殺人だぞ?量刑は重い。それにモンスターどもが蔓延ってる中で、いがみ合ってどうする?そんなリスクを取るより協力した方が良い結果が得られるんじゃないか?」
「ふひひ、量刑だぁ?誰が俺を裁くんだよ!!ひひっ、そんなに訴えたきゃあの世からどうぞー」
まあ、色良い返事がもらえるとは思っていない。男がいよいよ槍を振りかぶり近づいてくる。が、
──────ジュゥ
足元から音がする。
「ん?」
やつの靴は、溶けたアスファルトに半分ほど埋まっていた。ジュゥジュゥと音を鳴らし、異臭と煙を発生させながら沈んでいく。
「うっ、ぐ、なんだこれ、くそっ」
男は沈んだ足を引き戻すが、黒い粘液がまとわりつき、無数の糸を引いている。周りでも同じようなことが起こったのか、困惑した声が聞こえてくる。
そして、
「がぁああぁ!なん、なんだよこれ、熱いっ、クソがぁ!!」
靴が溶けたのか、アスファルトが入り込んだのか分からないが、男は悲鳴をあげ転げ回る。
「今だ!逃げろ!」
予め逃走ルートとして温度を上げずにいたスペースへ走り、包囲を抜けようとする。
俺は足を引っ張り、罠のワイヤーを引きちぎろうとした。強化を使って思いっきり引っ張る。
「あ、あれ?くそっ」
俺の筋力と能力による強化で引きちぎれるだろうと思ったが、そんなことはなかった。やっべ……。
「優希さん!」
逃げる途中、生徒が一人俺の元へ駆け寄ってきた。そしてワイヤー部分に触れると、ワイヤーが一瞬で土塊に変わる。
「ありがとう、助かった!」
本当に助かった。ものを金属化できる能力を持っている子だ。逆ももちろんできる。その子と一緒に包囲から脱出する。
「クソがぁ!テメーら追いかけろよ!!ゼッテー逃すな!!」
アスファルトが溶けているゾーンに、足を踏み入れる前に踏みとどまった奴がいたのか、追いかけてくる奴がいる。だが、俺たちの筋力から繰り出される速度にそうそう追いつけることはないだろう。
先導は黒宮さんが担っているみたいだ。先の情報がしっかり把握できる。
「きゃあ!」
誰かの声に走る速度を緩める。なんだ?
少しして、ドンガラガッシャンとすごい音が進行先から聞こえてくる。黒宮さんのテレパシーが飛んでくる。
……マズい、女の子が一人罠にかかってしまったようだ。ワイヤーによる足枷と、それに付随して棚やらタンスやらで下敷きにされてしまっている。やつら、ここら一帯に仕掛けまくってるな。どうしても人間を狩りたいみたいだ。
俺は現場に合流すると、指示を出す。
「すまん、もう一回ワイヤーを石に変えてくれ。他のみんなは上のものをどけよう!急げ!」
いろんなものの下敷きになってしまっている。幸い、この程度なら命に別状はないだろう。そんなやわな子たちじゃないぜ、舐めてもらっちゃ困る。
命に別状はないが、しかし、時間稼ぎはされてしまう。正面から裸足の男が現れ、一番近くにいた響の背中を蹴り飛ばした。
「きゃぁっ!……うぅ……」
「響!」
「やってくれたなぁ!クソガキども!テメーらはぁ!犯しまくって潰してぇ!生きたまま化け物どもに食わせてやるよぉ!」
後ろからも男達が姿を現す。前後合わせて四人か。どうする?横は壁に囲まれている、裏路地みたいな地形だ。完全に挟み撃ちされてる状態……。
俺は黒宮さんを通してみんなに攻撃準備を指示した。そして、先制攻撃を風使いの子に任せる。
シュンッ、と音がして前方の男に石の礫が飛ぶ。が、しかしその石飛礫は男へ向かっていくうちにみるみる速度を落とし、完全に停止した。そしてあらぬ方向へ向かって飛び出した。
…………何が起きた?
「うぉっ、へ、へっ、なんだよ、てめえらも力持ってんのか、」
男がタタラを踏みながら、倒れ尻餅をつく。
(優希さん、あの人も能力を持っています。蜘蛛の巣?のようなものを出せるようです。とても頑丈なようで、細くして網目状に張り巡らせています)
黒宮さんから有力な情報が届く。あいつの心を読んだのか。素晴らしいアシストだ。
「本気でやり合う気か?お前らもタダじゃ済まないぞ?」
話しながら黒宮さんに指示を飛ばした。
「はぁ?何言ってんだ、テメェらは終わってんだよ。お前は殺してガキは犯す。地獄でそれ見てシコってろよぉ!」
周囲から汚い笑いが上がる。
(後ろの3人のうち、能力があるのは帽子をかぶってる人だけで、触れた相手を、のうしんとう?という感じで動けなくするみたいです)
(それで、蜘蛛の糸があるのは男の人たちと私たちの間の通路です!私たちがどっちに逃げても蜘蛛の糸に捕まるようになっているみたいです)
(あと、透視して見てもらいましたが、この人たち以外には居ないみたいです!)
黒宮さんから続々と報告が上がる。なるほどね。てっきり全員何かしらの能力があると思っていたが、何か条件があるのだろうか?それと敵の数が確定したのもデカい。グッジョブだ。ともあれ、これならなんとか逃げられそうか?
俺は追加の指示を伝える。
「そうかい。交渉決裂だな」
そう言いながら、俺は集まってきたみんなに触れて強化を付与する。それと同時に、一斉に屋根の上へ跳び上がった。
「はぁ!?……クソがっ」
「やっ、なにっ!?」
意表をつき、脱出は成功したと思われた。しかし、生徒が一人、足を糸で絡められてしまったようで、足を踏み外し落下していく。
「いたっ!……うぅ……」
絡め取られて両足を纏められ、地面に打ち付けられてしまった。
「クソッ!」
俺は身を翻し、落下した生徒の前に降り立つと槍をクモ男の方に向ける。
「へへっ、すっげえジャンプ力だな?びっくりしだじゃねえか。それがお前の力かぁ?」
話している間に上から援護射撃がいくつか飛んでくる。そのなかの鉄の塊と石の礫は先ほどと同様に弾かれてしまう。が、火の玉は蜘蛛の糸を貫通して男の腕に直撃した。
「ガァッ!クソッ、てめえらもかよっ!」
クモ男は転がりながら物陰に隠れた。
後ろから着地音が聞こえ、振り返る。腕を棍棒にした生徒が俺の後ろに立っていた。どうやら後ろにいた男達が近づいて来てたみたいだ。その子は両腕をクロスし、身構えている。
しかし、男達のうち、帽子の男は構わずに接近し、その棍棒に触れた。
瞬間、彼女は足の力が抜けたように崩れ、男の方へ倒れ込む。
「ふひ、一人ゲットぉ」
帽子の男は彼女を抱え込む。
どこを触れても脳震盪で行動不能にするのか……まずい、これじゃ援護射撃出来ない。くそっ。奴に触れるのはリスキーだが、俺がやるしかない。
覚悟を決めて横合いから渾身のタックルを決める。
「ぐぼぇっ!!」
その勢いのまま壁に叩きつけようとしたが、そうなる前に、世界が回る。バランスを崩し、男と一緒に地面を転がった。
「ぐっ、ぅう……」
男と揉み合いになるが、最終的にマウントポジションを取られてしまう。
「いってぇんだよクソが!!オラッ!オラァッ!死ね!」
「優希さんっ!!」
上からタコ殴りにされる。クソ、目が回ってる、意識が戻ってこない感覚。なんとか腕を上げてガードする。
いてぇ……この男の筋力もしっかり強くなっているみたいだ。本気の殴りというものを初めて経験している気がする。
何か手はないのかと痛みの中、考えがまとまらずにいる。反撃できないままいいようにされていると、
「ぐぁっ、ぁああぁぁあっ!!!」
破裂音と共に男の叫び声が聞こえた。そちらの方を見たのか、俺の上に乗っていた男の動きが一瞬止まる。
俺は強化を全力で使い、男を跳ね飛ばした。
転がる男。
俺は槍を取り出して狙いを定める。
そして……首に突き刺した。
「うっ、ウグゥ……ぐぶぅ……」
男と目が合う。涙を流しながら、槍をつかみ、引き抜こうとしている。首から吹き出した血が全身に降りかかった。
男は滑る手で槍を擦り上げている。しかし、それも長くは続かず槍をつかんだまま、動かなくなった。
大量の血が周りに広がる。
……耳鳴りがひどい、自分の息遣いと心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
しばらく男と見つめ合い茫然としていると、強い焦りと、悲痛な叫びが心の中にぶち込まれた。
一瞬身をこわばらせる。が、すぐにそれが黒宮さんのものだと分かり、どういう状況かも理解した。
俺の後ろには、斧を振りかぶった男がいる。
しかし、理解しても体が動かない。動かし方を忘れたみたいな感覚。どうすればいい?いや、何か対策をしないと……。あーダメだ、間に合わないなこれは。
人を殺した報いか、なんて、思った。神様仕事早すぎだろ。
しかし、思い描いていた衝撃は来ず、代わりに後ろからグチャッという、水音が聞こえた。
数秒、疑問に思いながらも、思い出したようにゆっくり振り返ると、そこに斧を持った男はおらず、代わりに黒宮さんが槍を突き刺して立っていた。
槍の先には男の頭がついており、隙間から血が噴水のように湧き出ている。
「黒宮……さん……」
ベッタリと返り血を浴びた彼女に声をかけるが、返事はない。鼻の先からポタポタと血が滴り落ちる。槍を支えに、ぺたん、と座り込むが、目は槍の先を睨み続けていた。
『ギャギャギギャッ』『ギギギーッ』
はっと我に帰る。ゴブリンだっ!ここでの戦闘音で近寄って来たのか!?
俺は周りの状況を確認する。
遠くでずっと見ているだけだった男を見やると、ゴブリンの声が聞こえたからか、はたまた仲間を殺されたからか、一目散に逃げていった。
反対側を見ると、クモ野郎がうめきながら地面に這いつくばっていた。右足が膝下あたりからなく、どくどくと血を流している。
後から聞いた話だが、火の玉で牽制しながら、響が奴の隠れている場所を急速冷凍。動けなくなったところに、火の玉が直撃、ということらしい。足が、完全に凍っていたのか火の玉が当たった瞬間、盛大に弾け飛んだようだ。
……とにかく、ゴブリンが近づいて来ている。ここから離れないと。
「みんな逃げるぞ!動ける人は動けない人を担いでほしい!……黒宮さん、動けそうか?」
みんなこちらを見て固まっていたが、我に帰ったのか指示を聞いて動いてくれたが……。
「黒宮さん……」
黒宮さんは槍を支えに座り込み、目を瞑って荒く息を吐いていた。
まずい状況かもしれない。ただでさえ疲弊していたところに、奴らとの遭遇だ。しかも……黒宮さんに人を殺させてしまった。そんな状況になってしまったことが悔やまれる。
体力的にもきつかっただろうに、精神的にも大きな、大きすぎるダメージを負わせてしまった……。
俺は黒宮さんを背負い、他の救助に来た子達と一緒に屋根の上に跳んだ。ほぼ同時にゴブリンが転がり込んでくる。危なかった。とりあえず俺たちは見つかってないようだ。……俺たちは。
「くそっ、くそっ、クソがっ!う、ぐぅぅ……」
クモ男は座り込み、何やら必死に腕を振っていた。
そこへゴブリン達が群がり、しかし途中で何かに阻まれるようにその場で暴れ出す。
続々と集まっては同じように進めなくなる。きっと蜘蛛の糸が張り巡らせてあるんだろう。
しかし、かなりの数のゴブリンが突撃してくる。こんな数見たことないぞ。どこかにコロニーでもあるのか?四方八方から群がりあいつに近づくが、どいつも後一歩というところで進めなくなる。しかし、奴らも諦めたりはしない。隙間を狙うようにゴブリンどもは突撃を続けている。
そして……ついにはゴブリンの壁でクモ男が見えなくなってしまった。さながらゴブリンドームだ。
「くっそがぁっ!臭えんだよ!あぁぁああ!うるせえ!消えろクソがっ!!」
ギィギィ言いながら男を目指すゴブリン達。まるで、男の叫び声がさらにゴブリンを呼びつけているようだ。
……もういいだろう。俺はそこから目を離し、この場を後にする
どこか、安全な場所を見つけないと。みんなの状態はどうも普通じゃない。疲労がピークに達しているのか息が荒いし、心ここに在らずといった印象も受ける。変な病気にかかっている可能性が高くなってきた。
くそ……みんなどうにか耐えてくれ。




