独りじゃない
「優希さん、確かめたいことがあるんですけど、いいですか?」
狼集団がマヌケに寝静まるのを確認したあと、俺たちは教室に戻ってきた。そこで黒宮さんにそんなことを言われる。
「なんだい?」
「はい、ちょっと待っててください」
黒宮さんは、教室の端に置いてある、足を何本か剥ぎ取られた哀れな机の前に立ち、残っていた足を捩じ切った。
相変わらずだが、まだ慣れない。美少女がやっていいことじゃないだろ……。
黒宮さんはそれを響に渡した。
「響、これを曲げてみて欲しいんだけど」
「私?いいけど……」
そう言うと響は事も無げにグイッと曲げた。流石のスーパーパワーだ。
「じゃぁ、響、優希さんと腕相撲してみて」
「へ?な、なんで?」
困惑する響。はっ。そうか、先日の腕相撲大会のときは響は寝ていたから、参加してなかったんだ。響とは一度も腕相撲をしていない。
つまり、俺はまだ一番下と決まったわけでは無いと言う事。黒宮さん、俺のためにこんな……。ふふふ、ありがとう最高のステージだ。俺、やるよ。
俺を負かした響に、黒宮さんは先ほど曲げた机の足を再び渡した。
「もう一回曲げてみて」
何が何やらといった様子で既に折り畳まれた棒を受け取る響。そして、クニャリと、こちらも事も無げに曲げて見せた。
「え、あっ、なんで?柔らかくなってる?」
曲げた本人がびっくりしている。なんだ?柔らかくなってる?折り畳まれた状態になったのだから、より頑丈になっているはずだが。
「やっぱり!優希さんっ、優希さんの能力分かりましたよ!」
まるで自分ごとのように喜ぶ黒宮さん。はて?俺の能力とな?今ので何が分かったと言うのか。
彼女は、ズバリ、といった様子で得意げに語る。
「優希さんの能力は、他人を強化する能力ですっ!」
な、なんだってぇー!?
他人を強化する能力とな?、と言われて少し考えて、少し分かったような、自分の中でスイッチが切り替わるような感覚がする。
「私、不思議だったんです。優希さんと腕相撲する時、私そんなに力強く無いはずなのになって、急に優希さんが力を抜いた時もびっくりしちゃって……」
自分の力に困惑する悲しきモンスターが勝利の言い訳を始めた。
「それに、腕相撲のあと、すごく体が軽いなって思って。そのことを思い出して、それって優希さんの能力で強くなったんじゃ無いかと思ったんです」
なるほど、つまり俺は腕相撲の際、無意識に相手を強化してしまっていたと。
「なるほどなぁ。響、他の子とも腕相撲してみてくれ」
それが本当なら、響は今俺に強化された状態というわけだ。
響はニヤリと笑うと椅子に座り腕を乗せた。
「さぁ、誰でもかかってきなっ」
結果は響の全勝。圧勝だった。すごいな、これは信憑性が上がってきた。だが、まだだ。単純に響が強いだけという可能性も残っている。
「黒宮さん、手を貸して」
「は、はいっ」
俺は黒宮さんの手を握ると、強化した。なるほど、初めて意識してやってみたが、なんとなくやり方がわかった。多分こんな感じだろう。
その状態で響と勝負してもらった。
「ぐっ、うぅ……」
拮抗している。確定だろう。俺の能力。触れた他人を強化できる能力だ。俺は無能力者じゃなかった。心が晴れやかになる。そうだ、俺は独りじゃないんだ。
まぁ、実を言うと少し能力のニュアンスが違うというのは、なんとなく分かっている。本来のこの能力は、自他を強化する能力だ。そう、自分にもかけることができる。オフの状態でもそれなりのパワーが出せるが、オンにするとそれに上乗せして強化することができる。
なんのことはない。あると分かると、能力のことが自分の手足のように分かる。みんなこんな感覚だったんだな。
さて、自分の能力を理解できたが、確かめなければならないことができた。
俺は、腕相撲をしている二人をよそに、一人の女子高生に勝負を仕掛けた。もちろん腕相撲では無い。机からさらに二本、足をもぎ取り、片方をその子に渡す。
勝負内容は、この棒を何回折ることができるか、というものだ。一度折れるのは確認済みだが、その先はやったことはない。真実を知るのは恐ろしい。しかし、確かめねばならない。負けられない戦いが幕を上げる。
「ふん、ぬぅぅ……!!」
結果から言うと、俺は二回までしか曲げられなかった。対するその子はと言うと、時間はかかったが、三回曲げて見せた。まぁ曲げたと言うより潰したといった様相だが。
重要なのは、俺の能力は使ってないということだ。そう、能力は使ってないのだ。自分にも相手にも強化は使ってない。素の状態で負けた。純粋な筋力勝負で負けたのだ。
つまり、俺はこの中で一番貧弱なやつだということが確定した。腕相撲も、相手を強化しちゃってたんだから負けてもしょうがないよー、ではなく、自分と相手を同時に強化していたのだから、結局条件一緒じゃん、ということだ。
何度目かの惨めな気持ちに心が折れそうだ。腕相撲に勝利した黒宮さんが、悲しげな顔でこちらをみている。やめろっ、そんな目で見るな。心は読まれていないはずだが、同情の念をひしひしと感じる。
ちなみに、能力を使ったら俺もなんとか三回折りたたむことができた。わかってる。これで勝ったと言っても虚しいだけだ。
まあ、そんなわけで、俺も含めての能力検証が概ね進んだ。これにより、この世界で生きていくための方法が無限に広がった。工夫すれば、今まで考えもしなかった方法で、安心安全の生活を手に入れることができるかもしれない。
「なんか、すごいことになっちゃいましたね」
「そうだなぁ」
二度目の巨大地震が起きてから、見たこともない凶暴なモンスターが現れて、俺たちも尋常ならざる筋力と、不思議な能力を手に入れた。漫画やアニメの物語に出てくるような能力だ。
この世界は変わってしまった。まるで、ファンタジーな世界の理がこの世界に付け加えられたかのように。
それから4日が過ぎた。俺たちは順調に狼を処理し、残すは8頭ほどだと。黒宮さんによるとここまで減っても、危機感は特に覚えていないらしい。頭の悪さが窺えるな。こんな奴らにみんな殺されたのかと思うと、虚しくなる。まぁ、今だから言えることか。
この4日でみんなに能力を使い倒してもらった。もちろん実験相手は狼どもだ。単独の個体を上から奇襲するのは変わらないが、息の根を止める方法はそれぞれの能力に由来するものだ。
そう、生徒たちに殺しをさせたのだ。相手はモンスターとはいえ、そんなことをさせてしまい申し訳なく思う。しかし、この世界で生きていくのだったら、この経験は必要だと思った。
まぁ、彼女たちは殺害後もケロッとしていたが。奴らがやってきたことを天秤にかければ、大して罪悪感は湧かなかったかもな。俺が何度もやっているところを見ていたのも大きかったかもしれない。
そして、今日は残りの狼どもを全滅させる予定だ。
「いいかぁお前ら。基本は暗殺だ。今までと同様、屋上から攻撃を仕掛ける。それぞれの能力で、安全に殺せる方法を選んでくれ。無事終わったら晴れて自由の身だ。どこへなりとも行くがいい」
「行くって……どこへですか?」
「……すまん、冗談だ。……ともかく、安全第一。少しでも危ないと思ったらすぐ屋上に戻ってくるんだ。」
「「「はいっ」」」
そんなこんなで、殲滅作戦が始まった。
まぁ、能力を把握してもまだまだ、それをどう使っていいかは手探りな状況だ。いくらか各々のセオリーみたいなものは生まれつつあるが、基本アドリブだ。
「じゃぁ、響頼む」
「ほい」
アドリブ以外の部分も少しはある。まずは先制攻撃。奴らは集まって眠るので、響にはその周辺の温度を徐々に下げてもらう。気づかれるまでぐんぐん下げてもらい、起き抜けで動きが鈍っているところに、遠距離攻撃を飛ばす。
響曰く、上げるより下げるほうが難しいらしい。なんというか、繊細なコントロールが必要なんだとか。よく分からないが炎と氷を操るなんてカッコいいと思う。
温度が下がっていき、白い靄がかかってくる。さらに下がっていき、しかし狼は起きない。そして、
「まだやっとく?」
「いや、いい……かな」
奴らは起きなかった。響が限界というところまで下げてから数分経つ。毛皮には霜が張り付き、奴らの本来の毛の色がわからないまでになった。
死んだか?ここまでしても起きないものなのか?
「い、一応、あれだな。遠距離攻撃しておくか」
「「「はーい」」」
返事が返ってくると、さまざまな攻撃が飛んでいく。
鉄球、火球、高速の礫に、鉄パイプ製の槍が複数。
ドスドスと、それぞれが何度か撃ち込む。それでも反応はない。打ち終わってからも、奴らが動き出す様子はない。
確認のため、一人で懐中電灯片手に降りる。全く動いていないが……少し緊張する。あれだけ攻撃した後とはいえ、集団の近くに行くのは初めてだ。
一番近くの狼の首筋を、槍の先端でちょいと突いてみる。反応はない。念の為、深く刺して次のやつも確認に行く。
そうして、全ての狼を確認し終えた。反応があった個体はおらず、拍子抜けするくらいあっさり終わった。
おそらくだが、響が温度を下げた段階で、こいつらはもう動けなくなっていたんじゃないだろうか?それで息の根を止められていたかはわからないが、少なくとも活動できる状態ではなかったのだ。
俺は屋上に戻り、報告をする。
「やったね」「イェーイ」
と、なんとも緩い感じで勝利を讃えあった。本当に拍子抜けだ。ラスボスの狼がこの後出てきても、やっぱりな、と思えるかもしれない。
俺たちの手で、狼の集団を殲滅した。避難所にいた多くの人たちがこいつらに殺された。復讐を果たせたということでいいだろうか。実感が湧かない。
ともかくこの夜、俺たちは自分たちの居場所をモンスターどもから奪い返したのだ。その事実は、認めていいものだと思う。




