青空プロレス4
ゴングの音と共に、ソレイユはオンブルくんに組み付いた。とは言ってもソレイユが木に抱きついた様にしか見みえないけどね。
オンブルくんは三メートル位の長さに伐採された、四本の枝付きの丸太。四本の枝は両手足。それぞれ一メートル位かな。上下前後が分かるように顔としてお面が貼ってある。これはソレイユが作ったの。黒色の仮面に赤い雷みたいな模様が描いてあって、雷の配置で目とか鋭い牙があるように見えるの。これが黒影の使者『オンブル』の顔。オンブルくんってね、太陽の勇者ソレイユの一番最初の敵なんだ。一話から出て敵だけど、いっしょに強くなったライバルなの。
「プロレスには幾つかルールがある。とりあえず今回知っておいて欲しいのは三つだ」
そう言った直後、ソレイユはマットに倒れる。バーンっておっきな音で痛そう。
「えっ?」
みんなが驚くのもしょうがないと思うよ。だって、ソレイユが滑って転んだんじゃなくって、どう見てもオンブルくんに叩き付けられた様にしか見えなかったもの。そしてオンブルくんはソレイユの上に倒れる。
「まずは『ピンフォール』。こうやって両肩をマットに三秒押し付けたら勝ちだ」
だいたい二秒ぐらいかな。ソレイユはブリッジの体制でオンブルくんを跳ねのけたよ。そしてリングに横たわっているオンブルくんの腕……枝だけどね……に関節技。確か腕十字だったかな。
「おい、魔力は感じないよな、やっぱり」
「ああ。でも何でだ? あれはただの木だよな」
「あの木、英雄様から逃れようとしてないか?」
うん。オンブルくんはソレイユの関節技を外そうと動いている様に見えるね。やがてその動きは大きくなって、根っこの方がロープに引っ掛かったよ。するとソレイユはね、関節技を自分から外したの。
「そしてこれが『ロープブレイク』。技をかけているときに、どちらかがハッキリとロープに触れた場合、その技を解除しなければならない」
ソレイユは立ち上がって、指を三本立ててみんなにアピール。
「そして最後は『ギブアップ』。敗けを認め『ギブアップ』と口で言う。喋れない状態の時は相手やマットを叩くことでもオッケーだ」
オンブルくんは喋れないから、今回はソレイユだけが適応されちゃうね。ルールは他にも場外20カウントとか反則5カウントとかあるけど、分かりやすくするからって試合前に言っていたんだよ。
「とりあえずこの三つだ。この三つを覚えて今からの試合を見て欲しい。後、出来ればピンフォールの時にはみんなもカウントしてくれ。『ワン・ツー・スリー』って。本当はレフェリーって審判がやるんだけど今日はいないからな」
そう説明した後、ソレイユはオンブルくんを横のまま頭の上まで持ち上げる。ここで「おおーっ」って歓声が上がったの。オンブルくんは3メートルぐらいの高さかな。そこから逃れようとジタバタしてる。その体勢からオンブルくん共々横に倒れる。『デスバレーボム』って技だよ。
でもね、オンブルくんは投げられた勢いでソレイユを投げ返すの。ソレイユは受け身で衝撃を減らすけど、さっきよりも大きな音がマットに響く。
「何だありゃ。本当に丸太と戦ってやがる」
アンダーソンは実際に目で見てもどこか信じられないみたい。あ、ソレイユの水平チョップをオンブルくんが旋回で受け流しつつバックブロー。ソレイユはしゃがんでそれをかわす。
「あの丸太、誰かが魔力で動かしてるんじゃ無いよな?」
「うん」
「あんなナリだがトレントとかゴーレムじゃ無いよな?」
「違うよ。オンブルくんは正真正銘ただの木だよ」
ソレイユが太さが胴と変わらない頭部をヘッドロック。そしてオンブルくんがバックドロップでそれを返すよ。あ、ソレイユの両肩がバックドロップをかけられたままマットに着いてる。
「ワーン……」
私は出来るだけ大きな声でカウントする。でも『ツー』って言う前にソレイユはオンブルくんをはね除けるよ。最初の方は誰もカウントしないから、大きな声で率先してやってくれってソレイユに頼まれてるんだよね。
「ただの木……ソレイユの技をことごとくあの丸太が返してるようにしか見えねぇぞ」
そう。最初からずっとソレイユは技を仕掛けてはオンブルくんに返されている。例外はロープブレイクの説明の時ぐらいだけど、それもロープブレイクでソレイユの技を無効化したとも言えるわけで。つまり、オンブルくんにソレイユの技は効かないって事。今だってロープにふって帰って来たオンブルくんにドロップキックを使ったけど、逆に弾き飛ばされちゃった。
みんなは固唾を飲んで見ている。
目の前で繰り広げられているのは、丸太相手に大の大人が跳んだり跳ねたり叩いたり投げたりしているだけのはず。
でもみんなには、巨大な力を持つ相手に全力で挑む姿にしか見えない。
ソレイユが攻撃を受ける度に「あ……」「う……」と言う声も聞こえる。
ピンチ。ううん、ソレイユは今大ピンチ。ゴブリン達を、竜人を、ついさっきは力自慢の牛の獣人を。ずっと勝利を聞いたり見てきた英雄が、今目の前で大ピンチ。幾度も技を出しては幾度も技を返されて、もうソレイユはフラフラ。
何度かの攻防の後、ソレイユはリング中央で倒れる。そこを更にオンブルくんの追撃。
何度も何度もソレイユの体を踏みつける。これはストンピングって技で、踏みつける度にダーン、ダーンって音が響き、ソレイユの動きもだんだん小さくなっていく。
音が止まる。オンブルくんのストンピングが止まったから。そしてソレイユの動きも止まったから。大の字で倒れピクリともしない。オンブルくんはソレイユの胸を踏みつける。これは踏みつけフォール。
私はカウントする。
「ワーン・ツー・ス……」
『スリー』って言い切る前にソレイユの右腕が上がった。カウントは止めたけど、ソレイユは立ち上がれない。
動かないソレイユ相手にオンブルくんの次の手は足関節技。仰向けのソレイユの足に自分の足を絡ませてうつ伏せにひっくり返す。『スコーピオン・デスロック』。蠍固めって言われる技だよ。
「ぐわあああああっ」
ソレイユのうめき声。今まで投げられ、叩かれてきても出なかったその声が、広場全体に聞こえる。苦しそう。私でもそう思っちゃう。リング中央でロープブレイクも出来ない。
「うぐうっ……ぎ……ギブ……」
やがて聞こえて来たのは、覚えろと言われたルールの三つ目。『ギブアップ』と言い切ったとき、ソレイユの敗けが決まる。
「ギブア……」
「まけるなー」
それは小さな声。
「がんばれー」
「まけちゃやだー」
「それいゆー」
小さな声はどんどん増えて行くよ。それはさっきソレイユに遊んでもらった子供達の声。自分達のヒーローが大ピンチだもん。応援しなくちゃね。よーし私もっ。
「ソレイユっ、オンブルくんなんかに負けるないのっ」
降参の『ギブアップ』は途中で終わった。まだソレイユの敗けじゃない。小さかった声も自分で出せる精一杯の声に変わる。
ジリ……ジリ……匍匐前進でソレイユが動く。オンブルくんも引きずる。目指すは目の前のロープ。子供達も、それに気づく。
「もうちょっとだよー」
「とどけー」
必死に伸ばした腕がロープに届く。ロープブレイクでオンブルくんの技が解ける。ソレイユが立ち上がり試合は再開。
ソレイユはまだフラフラ。
でもね、ちょっとずつ流れが変わったの。技は相変わらず返されるけど、ソレイユも返し返す。
例えばチョップの応酬。叩かれたら叩かれただけ叩き返す。
例えば切り返し。投げられそうな瞬間にエルボーとかでその動きを止める。
声援受けてソレイユの動きは良くなって、オンブルくんに技が決まり始める。その姿を見て更に声援が。それを受けてさらに良くなるソレイユの動き。
「いけーっ、もうちょっとだっ」
「やべぇっ、ソレイユ様後ろーーっ」
いつの間にか、声援は子供達だけじゃなくなってた。自分達の声援で大逆転なんて展開に興奮しないはずが無いよね。
「すげぇ……本当にすげぇもの見れてるぜ……」
アンダーソンも手をギュッと握って、見入ってる。
試合は一進一退。ソレイユの攻撃も効いているけど、オンブルくんも負けてない。返し技以外にも自分からも攻める様になってるよ。
「ああっ、オンブルをロープに飛ばしましたよ。ソレイユ殿は……逆方向のロープにっ」
オーガウも興奮。ちなみにリスティナは興奮し過ぎて声も出なくなっちゃった。
試合の方は大きく流れが変わったの。天秤が傾いたって言った方が良いのかな。もちろんソレイユの方にね。
オーガウが実況したロープワークで、ソレイユはドロップキックを再度したの。さっきは効かなかったけど、今度は自分もロープの反動を使ったことで威力が増加。オンブルくんはこの試合初めてのダウン。
この日一番の大声援。
ソレイユはここがチャンスと畳み掛ける。敢えてフォールには行かず、無理矢理立たせるとチョップ、チョップの連打。締めに『モンゴリアンチョップ』左右の方向から首に両腕でチョップだよ。
でもまだまだソレイユの攻撃の番だよ。
オンブルくんに前から組み付いて背後に反り投げる、『フロント・スープレックス』。更に立たせながらフロントヘッドロックをしつつ背後に倒れ、頭部をマットに叩きつける『DDT』。最後にオンブルくんを逆さまに持ち上げて停止、綺麗な一直線になった所をみんなに見せて、背後に投げる『ブレーンバスター』。
投げ技三連発の後は、オンブルくんをコーナーポストの上に座らせてからの『フランケンシュタイナー』。フランケンシュタイナーってのはね、両足で頭を挟んで背後に投げちゃうとんでもない技なの。それをポストの上からするから、もっととんでもない。
この連続技でオンブルくんは完全にダウン。でもソレイユは最後の追撃を繰り広げちゃう。
ポストの上に外に向かって立ち上がって、観客みんなに指を指してアピール。
そしてっ
跳んだよっ。
後方への宙返りしつつ、回転と捻り加えた『ボディ・プレス』。みんなおっきなソレイユが宙に跳ぶ姿を見て唖然としてる。喧しいぐらいに盛り上がっていた声援も、いっぺんに消えちゃった。
『ラウンディング・ボディ・プレス』と言われるその技を、ダウンしているオンブルくんに浴びせる。
マットの上で積み重なるオンブルくんとソレイユ。これはフォール。私は出せる限りの大きな声でカウント。
「ワンッ」
子供達が私に続く。
「ツー」
そしてみんなでの
「スリー」
大歓声。ソレイユの勝利。
うわっ、うわー。
体が震える。ここに居るみんなの声が一つになった瞬間、体の芯から震えがきちゃった。……ううん、今も。今も震えてる。
こんなの知らない。
ソレイユが連れ出してくれなかったら、私こんなことずっと知らないままだったんだ。
私はリングの上を見る。
そこには勝った事をアピールするソレイユ。両腕上げてのガッツポーズを観客のみんなに見せて、リングの上を回る。
あ、目があった。マスク越しだけど私分かっちゃった。それにこう言っていたよ。
『楽しかったか?』って。
うん、楽しかったよっ。
次回『青空プロレス5』
シルク視点はここまで。
青空プロレスの締めはソレイユ視点です。




