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【最終話】あなたの隣で

レイドと二人きり、時間が許す限り、誰の目も気にすることなく、エルサーナは夢のような時間を過ごした。

さすがに朝っぱらから風呂場で襲い掛かるという暴挙に及んだことを反省したのか、それからレイドから手を出されるようなことはなかったものの、片時も離れず腕に抱いて、たくさんのキスと「愛している」の言葉をもらった。

城に帰り、お互いに別れるときにも、もう2人の関係を隠さないと約束する。

何があっても、もう前のように逃がしはしないと、改めてレイドに凄まれるというおまけつきではあったが。

あれから、エルサーナは変わらず王宮で専属侍女としての日々を過ごしている。

夜会から少しの間は、耳に入る噂にぴりぴりしていたけれど、特に尾ひれがつくこともなく、拍子抜けするほどあっさりと沈静化していった。

時には、二人の仲を邪推し、中傷するような言葉を聞くこともあったけれど、そのときには一晩中レイドの部屋で、その腕に抱かれることで忘れられた。


侍女たちの控え室は、ちょっとしたサロンの役割も果たす。行儀見習いに上がる侍女たちは、仕事よりもここでの情報交換に熱心だ。

たまたま部屋の前を通りかかったエルサーナは、中の会話に足を止めた。

「一時期、エルサーナ様とグランツ様の噂がありましたわよね」

「そうね、あの時はすぐに立ち消えになってしまったけれど、もしかしてよりを戻したと言うことかしら?」

「そうだとしても、お似合いでいいのではないの? 年齢的にもちょうどいいですし、まぁ、婚期は遅いとは思いますけれど」

「でも、レイド様はエルサーナ様とライトリーク様のお2人を引き込んで、ウォーロック家の後押しで騎士団長になられたと言うことじゃありませんでしたかしら?」

「そんな話もありましたわね。でも、あの氷の宰相様がそんな甘い判断をなさるとは思えないわ」

「真実はどうあれ、今の騎士団の名声を聞くならば、間違った選択ではないのではなくて?」

「そうですわね。結果が出ているから、議会からも文句は出ないのでしょうし。お幸せそうだから、いいじゃない。そうそう、騎士団と言えば、第9小隊の小隊長様をご存知?」

「ああ、確かフェロー伯爵家のご次男だとか」

「それが、アリベイラ子爵夫人と密かにお会いなさっているらしいわよ!」

「あら、わたくしもその噂は聞きましたわ! なんでも、グレアム侯爵の夜会で、ずいぶんと仲むつまじい様子だったとか…」

そこまで聞いたところで、エルサーナはそっとその場を離れた。

噂の移り変わりは早い。貴婦人達は、すぐに別の話題へ移っていく。蝶のように、蜂のように、甘い蜜がなくなればそこに執着はしない。

レイドの言うことは本当だと、エルサーナは内心でため息をつく。

きっと、自分達が若くないのも、あまり騒ぎにならない原因だろう。あの時は、自分もまだぎりぎり適齢期だったし、そこそこ夜会でも注目を集めている存在でもあった。誰がウォーロックの姫を射止めるかと、自分には見えないところでの駆け引きもあったと聞く。

けれど、今は社交界からも遠ざかり、年も30を数えて、適齢期の男性達からはすでに結婚相手としては対象外だ。彼らの興味は、もっと年若く、社交界を華やかに彩る令嬢たちに移り、それに伴って貴婦人達の興味も移る。

昔に比べて、注目される度合いも、それに伴う風当たりも減った。それに、昔より多少は強くなったとも思える。多少のことでは、レイドのそばから逃げ出そうと思わなくなった程度には。

「レイド様」

廊下の向こうにレイドを見つけて、エルサーナは声を上げた。振り返ったレイドの周りは、にぎやかだ。

「だからっ…今昼っ! 人もいっぱいいるから…っ」

「俺は気にしない」

「私は嫌なんだってば! やーっ、離してっ!」

「アーシェ、好きだよ」

「ここここんなところでそういうこと言わないでっ…!」

レイドの前ではアーシェが、艶めいた笑顔で抱き寄せるライトリークの腕を、必死に防いでいるところだった。

アーシェはライトリークの攻撃をかわすのに精いっぱいで気づいていないようだけれど、弟が彼女を見つめる視線は、いとしさであふれてしまいそうに見える。今まで、どんな女性にも向けたことのないそれを一身に浴びているアーシェは、まるでゆだってしまいそうに真っ赤で、それがまたかわいらしい。

なにやら甘い空気を漂わせる攻防に、レイドは軽いため息をついて我関せず、といった様子だ。…きっと、俺を巻き込むなと思っているのだろうけれど。

「あっ、エルサーナさん、こんにちは!」

「こんにちは、アーシェ。ええと…元気そうね」

黒髪の少女は、エルサーナに気付いて、元気にあいさつをしてくれる。それも、必死にライトリークの手を叩き落としながら。苦笑して歩み寄れば、アーシェはついに腹に巻きついたライトリークの手を振りほどこうと暴れ出した。

「もうっ! 恥ずかしいから離してってば!」

「嫌だ」

「エルサーナさん、なんとかしてくださいいっ!」

「ライト、やめてあげて。かわいそうじゃない」

さすがに気の毒で助け舟を出してみるけれど、ライトはふいっと視線を逸らす。

「子供みたい!」

すかさず突っ込むアーシェに、ついくすりと笑うと。低い声が空気を震わせた。

「ライト。週末は、王立図書館に寄贈された彫刻の除幕式だったな」

「ああ、それが?」

幾分怒りを孕んだような空気に、アーシェにいたずらをしかけていたライトリークの手が止まった。

「除幕式には王妃陛下と王女殿下が出席なさる。警備計画書の提出は、今日の昼までだったはずだが?」

途端、ライトリークの顔が苦虫をかみつぶしたように変わった。

レイドを見上げれば怒っている風だけれど、本当は、…呆れてる?

昼時間までは、あと30分ほどだ。

「ちっ、わかったよ。アーシェ、行くよ、仕事だ。手伝って」

「えっ、はっ、はい! エルサーナさん、また!」

ふてくされたように背を向けたライトに手を引かれ、半ばひきずられるように連れて行かれながら、アーシェがぺこりと頭を下げる。

城での作法はまだまだだけれど、素直でいい子だ。いろいろと問題のある弟だけれど、見捨てないでほしいと、切実に思う。

二人を見送って、エルサーナは傍らのレイドを見上げた。

「エル」

低い声で呼ばれるだけで、その唇の端に薄い笑みが浮かんでいるのを見るだけで、エルサーナの胸は熱いものでいっぱいになる。

「お仕事、大丈夫でしょうか?」

「ああ、あらかた出来てるはずだ。警備計画書をラズウェル様に出さなきゃならんが、その使いにアーシェをやるのが嫌で時間稼ぎしてただけだ」

王立図書館の総裁は、王太子であるラズウェルが担っている。名前だけとはいえ、王族の責務でもある。

名のある彫刻家が寄贈したという彫刻の除幕式には、王族が3人も出席するのだ。ラズウェルとしても、警備計画は気になるところなのだろう。

ただ、ラズウェルは女性が好きだ。アーシェは出自が出自だし、ライトリークの相手ということで、余計に興味を引くらしい。そんな彼の元にアーシェが使いに行くとなれば、確かにライトリークの懸念もわからなくはない。

「久しぶりに会ったのに、俺よりもライトの方が心配か?」

不意に言われた言葉は、およそレイドには不似合いで、思わずまじまじと顔を見てしまう。すると、わずかに眉をしかめて、すっと上がった指先が滑らかな頬に触れた。

「いい年をした弟のことなど、放っておけ」

「あら、それならレイド様も、十分いい年ではありませんか」

放っておきましょうか? と笑いながら切り返せば、眉間にしわを刻んだレイドが、エルサーナの手を掴んで歩き出した。まるでさっきのライトリークとアーシェのようだ、なんて思っているうちに、階段の踊り場に連れてこられた。

人気のないそこで、エルサーナは壁についたレイドの両手に、まるで檻のようにとらわれる。

「レイド様…?」

「お前だけだ。俺にそんな意地の悪いことを言うのは」

小さな溜息は、まるで途方に暮れているようで、やっぱりエルサーナは嬉しくて笑う。

レイドにこんなことをさせられるのも、こんなことを言わせられるのも、こんな顔をさせられるのも、こんなため息をつかせられるのも、自分だけだ。

エルサーナは、自分からレイドの胸に飛び込み、その広い背中にぎゅっと両手を回してしがみついた。


この人の隣なら、先の夢を見られる。

この人の隣なら、行く道を照らしてくれる。

いつでもどんなときでも、待っていてくれる。

先を歩いて、手を引いてくれる。


こうしてエルサーナだけを変わらず見つめてくれる人は、ほかにいない。

それに気づくまでに、何年も遠回りしてしまったけれど。

自分ももう、彼の隣から二度と離れたりしない、その覚悟は出来たから。


「レイド様、大好きです」

エルサーナは、驚いたように目を見開いたレイドを見上げて、ふわりと笑った。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

ここで一旦完結といたします。続きはあるのですが、それはまたの機会ということで。

この二人が好きで好きで、ついついはじめてしまった連載ですが、まさかここまで長くなるとは思っていませんでした。

好きに書き散らしましたので、満足です^^

そして、ちょこっとだけ本編の二人を出してみました。相変わらずライトのだめっぷりがひどいですがw 本当はここまでダメ男になる予定じゃなかったんですけどねぇ。まぁ、しょうがないんでこいつはこの路線のまま突っ走らせたいと思います。

さて、二人の夜のお話は、後程ムーンにてアップします。例によって大人のお姉さま方のみお楽しみください。

ほかにもいろいろ構想はありますが、とりあえずはこの辺で。

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