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十七話

町へと戻る道すがら、結城の足取りは昨日までとは違っていた。


リュックの中で微かに重みを感じさせる日記帳が、彼の背中に熱を伝えている。それは、かつて彼が都会で誰にも悟られないように押し殺していた、あの冷たくて重い絶望の塊と同じ重さだった。けれど今は、それを分かち合ってくれる誰かの存在を感じていた。


「……栞さん、そこにいるの?」


坂道の途中で足を止め、結城は振り返った。

森の入り口は深い影に沈み、何も答えない。けれど、ざわめく木の葉の音の中に、ふっと彼女の穏やかな微笑みが混じったような気がした。


町に入ると、いつものように活気ある声が彼を呼び止めた。


「おーい、結城! どこ行ってたんだよ。みんなでスイカ食おうぜって話してたんだ」


自転車に乗ったタケルが、反対側から勢いよく駆けてくる。その後ろには、数人の地元の高校生が笑いながら続いていた。


「タケル……」


「なんだよ、湿っぽい顔して。ほら、お前も来いよ。女将さんが『あの子は食が細いから、あんたたちがしっかり食わせなさい』ってうるさいんだからさ」


タケルは結城の肩を力強く叩いた。その手の熱さに、結城は鼻の奥がツンとするのを感じた。


50年前。この町の人々は、きっと彼女のことも同じように愛していたはずだ。けれど、家の扉の向こう側で起きていた「孤独」という沈黙にまでは、手が届かなかった。

彼女が見せたあの煌びやかなパーティーは、彼女が死の間際まで夢見ていた、この町の「本当の優しさ」の形だったのかもしれない。


「……うん。行くよ」


結城は小さく、けれどはっきりと答えた。


その日の午後、彼はタケルたちと一緒に、賑やかな笑い声の中で冷えたスイカを頬張った。

町の人々は、結城がどこへ行き、何を見てきたのか、詳しくは聞き出そうとしなかった。ただ、彼が少しだけ泣いたような目をしているのを見て、いつもより少し多めに食べ物を差し出し、いつもより少し長く、その背中をさすってくれた。


夕暮れ時。

結城は一人、あの岬を訪れた。


「栞さん」


水平線の向こうへ沈んでいく太陽が、海を燃えるような琥珀色に染めている。

そこには、もう彼女の姿はなかった。


「僕、もう行くよ」


結城は海に向かって呟いた。

「僕は、君がなれなかった大人になる。君が欲しかった温かさを、忘れないで生きていく。……だから、もう寂しくないよ」


風が吹き抜け、結城の頬を撫でた。

それは昨夜のドレスの指先よりも、ずっと温かく、柔らかな感触だった。


ふと足元を見ると、一輪の白い花が、岩陰でひっそりと揺れている。

結城はその花を摘まずに、ただそっと見守った。


翌日。

結城は『みなと宿』の女将さんやタケル、そして町の多くの人々に見送られながら、バスに乗り込んだ。

リュックの中には、50年前の日記帳と、町の人たちが持たせてくれた大量のお土産が入っている。


バスが動き出し、窓の外で手を振る人々の姿が小さくなっていく。

結城は、一度だけ、あの森の向こうにある岬を振り返った。

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