第88話 最後の大仕事
「陛下を見つけたぞ!!」
カラスのヴァリスが洞窟の天井からクッカの前に素早く舞い降りる。天井の穴からは朝の光が差し込んでいた。
「来たか」
クッカはこうなることを予想していて、驚くことなく毅然と立ち上がった。アーロも前もってこうなるかもしれないことをクッカから聞かされていたので、慌てこそしなかったが、ひどく緊張した面持ちだ。
ヴァリスに続いて、天井の穴から数本のロープが垂れさがった。カエル族の兵士たちが、ロープを使ってするすると降りてくる。
抵抗しなかったので、アーロはすぐにカエル族の兵士に捕まり後ろ手に縛られる。カエル族の兵士はクッカのことは縛る気がないらしく、「陛下、ご同行いただけますね?」とだけ問う。クッカは素直に頷いた。
洞窟の外に出ると、そこは森の中で、スム、カエル族の兵士たち、リザードマンの兵士たちが洞窟の穴を囲むように立っていた。ヴァリスはスムの肩にとまり、ドラゴンのタイヴァスは兵士たちの最後尾に控え、申し訳なさそうな顔をしながらクッカにペコペコと頭を下げている。
森の中は朝の霧が少し立ち込め冷たい風がクッカの頬を撫でた。
スムはカエル族の兵士に捕まったアーロを見て、アーロを睨みつけた。
「こんな所まで侵入していたのか、アーロ。クッカを連れて逃げるつもりだったのか?」
スムが手で宙を扇ぐとアーロに向って強い風が吹き付けた。アーロの長い耳が消え、アーロは人間の姿に戻ってしまった。
アーロが何も答えないのを見て、スムは自分の後ろのカエル族の兵士に目配せした。
「他の奴らも捕まえた。大人しく観念するんだな」
カエルの兵士が縛り上げられたパルタ、ヘルミ、キンチャとポッソを引っ張って連れてきた。
「クッカ、コイツらの命が惜しかったら大人しくこちらへ来るんだ」
「スム、勘違いしているみたいだけど、私は逃げる気も隠れる気もない」とクッカは毅然とした態度で言った。その顔には恐れや緊張といった様子は一切なかった。
スムはクッカが何を言いたいのか分からないようで眉間に皺を寄せる。
「私はスムを殺す」
クッカがそういうと、カエルたちが一斉にスムを守ろうとスムの前に並んだ。しかし、リザードマンの兵士たちはカエルたちを相対するようにクッカの前に立った。
「お前たち! 裏切るのか!」と黒い体のカエル族――クロアークがリザードマンたちを睨む。
「何を言っている。元々我々はクッカ陛下にお仕えしていたのだから、陛下をお守りするのが事の理。間違っているのはお前たちの方だ」
カエル族とリザードマンは武器を構えて一触即発の状態だ。
それを見たスムは急に笑い出した。
「フハハハハ、面白い。こうなることを予想していたのか?クッカ。
いいぞ、このままどちらかが死ぬまで戦おうじゃないか」
クッカは悲しいのを無理に押し殺して笑顔を浮かべた。
「心にもないことを言わないでよ…… どうせ、スムは本気で私と戦う気なんかないんでしょ?
クロアーク、スムに騙されるな。お前たちが守ろうとしている男はただの死にたがりだ。そちらについてもお前たちに利はないぞ」
クッカの言葉にカエル族たちはどうしたらいいのか悩んでいるように慌てだした。カエルたちも日ごろのスムの様子から思い当る節があるのかもしれない。
「リスコ」
「は、こちらでございます。陛下」
クッカが名前を呼ぶと、リザードマンの中から赤い体の兵士がクッカに向かって跪いた。
「魔王軍各部隊の隊長を今すぐここに呼び集めろ」
「仰せのままに」
赤い体のリスコはすぐに飛竜に跨り、飛び立った。
「何をするつもりだ、クッカ」とスムはクッカの真意が分からず聞いた。
「スムが死にたいなら、私がスムのことを殺してあげる。でも、それは私の秘術を使ってからだ」
「秘術だと……」
スムは動揺を隠せないようだ。
「スムには、黙っていたけど、私もスムと同じように秘術を授かっていたんだ。誰にも言ってはいけないと前世の両親に固く口留めされていたんだ。隊長たちがそろったら、どういうことか説明する」
十分と待たないうちに、リスコはコボルト隊の隊長とリッチを連れて舞い戻ってきた。
「全員そろったな」
クッカはそういうと、アーロの腰についているマジックバックから大きな魔石を取り出した。クッカはそれに触れながらゆっくりと瞬きする。するとクッカの瞳が金色に変わった。
クッカが放つ圧倒的な存在感に魔王軍の兵士たちは皆膝まづいた。その場にいたアーロもクッカが放つ威圧感が全く別人のようで驚いた。ただスムだけは目を細めながらその場に立ち続けていた。
「私は魔王軍に所属する兵士全員に『願いの術』をかけることを決めた。そして、希望するものには『転生の術』と『不老の術』を解除する」
「恐れながら、陛下。その『願いの術』とはどういった術かお教えいただいてもよろしいでしょうか」とクッカの隣に素早く控えたリスコが聞く。
「『願いの術』とは、生まれ変わった来世の願いをかなえる術だ。私もその術を使って、『愛する者と同じ国に生まれる』という願いを叶えている」
クッカがそう言うと、集まった者たちからざわめきが起こった。
「どんな願いでも良いのですか?」とリスコ。
「構わない。ただし、一人につき一つの願いだけだ。スム、『転生の術』と『不老の術』の石板を私に渡して」
スムは苦悶の表情を浮かべている。
「スム…… 大丈夫だから、私を信じて。あなたを困らせることは絶対にしないから」
スムは重い足取りでクッカの隣に立ち、懐から二枚の石板を出してクッカに渡した。
「何を考えている」
スムはクッカに小声で耳打ちする。クッカは「まぁ、見てて」と言ってスムの肩を叩いた。
「解放を望むものは名乗り出ろ」
「儂を一番にお願いいたします。陛下」
一番に名乗り出たのはポッソだった。クッカがカエル族にポッソの縄を解くように命じる。
ポッソはクッカの前まで進み、クッカの前で頭を垂れた。
「ポッソ、お前の来世の願いはなんだ」
「……妻と…… 先だった妻の近くに転生したいのです、陛下」
「分かった」
クッカがポッソの頭に手を当てると金色の光がポッソの体を包んだ。ポッソは頭をあげ、目を細めた。
「あぁ、陛下……感じます。儂の想いが創世の女神に届いたことを感じますぞ」とポッソは翼を羽ばたかせ、喜びを表現した。
「閣下……」
ポッソはクッカの隣に立つスムに顔を向けた。
「長きにわたり、魔国と我々を見守っていただきありがとうございました。儂は先に次の旅へと出発させていただきます。次お会いすることがありましたら、また一緒に茶でも飲んでください」
「ポッソ…… 長い間、お前を引き留めて悪かった……」
スムはきれいなルビー色の瞳からぽろぽろと涙を流した。ポッソは首を横に振る。
「いえ、閣下が陛下を見つけ出していただけたおかげで明るい気持ちで来世へと旅立つことができます。どうか、もう、ご自分を責めないでください」
「言い残すことはないか」とクッカが聞くとポッソは大きく頷いた。
クッカは『転生の術』と『不老の術』の石板から、ポッソの名前を消した。すると、ポッソの体は無数の光の粒になり、風にのって飛ばされた。光の粒は、空に向かって舞い上がっていった。
クッカはポッソの冥福を祈り、黙とうした。
「各部隊の隊長は今見たことを自分の隊の兵士、全員に伝えてほしい。そしてどうするのか自分たちで決めてくれ」
「陛下」
「なんだ、クロアーク」
「我々カエル族は元々の寿命がかなり長い種族でございます。『転生の術』と『不老の術』を解除しても、我々は死ぬことはないと思うのですが、その場合も『願いの術』を使っていただけるのでしょうか?」
「希望するものは寿命に関わらず全員に使うと約束しよう。お前たちが転生にこだわるというなら『願いの術』で、今生の記憶を残したいとでも願えばいい。
その代わり、スムや他の旅立つ兵士たちを笑顔で見送ってくれると約束してほしい」
「承知いたしました。兵士を集め考えさせて参ります」
クロアークはそう言い残すとカエル族の兵士たちを集めて、話し合いをさせた。
クロアークと同じようにリスコはリザードマンたちを集め、他の隊長たちも自分たちの部下に説明するため、森を去っていった。
クッカは改めて隣に立つスムに向き直った。
「スム。私なりに考えてみたんだけど……どうかな? スムは魔王軍の皆のことも手放せなくて、辛かったんじゃないかって思ったんだけど」
スムの目はたっぷりと涙をためて潤んでいた。
「ありがとう、クッカ…… 私だけでは、ポッソをただ殺すことしかできなかったから…… 心が……軽くなったよ……」
スムの頬をまた涙が伝った。クッカがいない間の二百年は本当に申し訳ないことをしたと思い、クッカは胸が苦しくなった。
「スムも『願い』、何にするか考えてね」
「私はクッカに罰を与えてほしいんだ。そういう願いにしたい」
「駄目!! そういうのは絶対お断りだよ!! スムのことだから、「来世では厳しい環境で生まれたい」とか、また自分を追い込むようなこと考えてるんでしょ?」
「駄目か?」
「駄目!! ぜーーーーったい駄目!! ハッピーなお願いしか受け付けないからね!! 私もアーロも、もう過去のことは全く怒ってないの!! いつまでも気にしてるの、スムだけなんだからね!」
「そうなのか?」
スムは意外そうな顔でアーロを見た。前世の記憶のないアーロにとっては、怒るもなにもないのだが、空気を読むのが特技のアーロは笑顔でスムに頷いた。
スムはアーロの笑顔がよっぽど嬉しかったのか、泣きながらくすっと笑った。その顔はクッカの記憶にある昔のスムの笑顔そのものだった。
「あぁ! 皆の縄も解かなくちゃね」
クッカは残された、パルタとキンチャとヘルミ、そしてアーロの縄を解いてやった。もちろんパルタが一番にクッカを抱きしめた。
「すっかり大人になっちゃったな…… クッカ……」とパルタはぽとぽと涙を流した。
「迎えに来てくれてありがとう。パパ」とクッカもパルタと一緒になって涙を流した。
パルタから離れたクッカは次にキンチャと握手した。
「クッカ、俺と」
「ごめん、私はアーロと結婚する約束をしちゃったから、キンチャとは結婚できない」
キンチャが何か言う前にクッカはしっかりとキンチャに自分の気持ちを伝えた。キンチャは「なんとなく、そんな気はしてた。でも、クッカが幸せなら、俺はそれで満足だ」と笑顔を返してくれた。
ヘルミはクッカの体を駆け上り、クッカの肩に乗ってクッカの頬を舐めた。
クッカは最後にアーロの顔を見る。アーロはクッカと目が合うと腕を広げてくれた。クッカがそこに笑顔で飛び込むとアーロはクッカをぎゅっと抱きしめた。
* * *
クッカの前には、魔王軍の兵士たちの長い列ができた。皆、クッカに『願いの術』をかけてもらうためだ。
カエル族とコボルト族、それからリッチは寿命の残りを使って、魔大陸で過ごすことをクッカとスムに報告した。そして『願いの術』は皆各々の願いをクッカに伝えた。
クロアークの頭に手を当てて、クッカが術を使うとクロアークの体が金色の光に包まれる。
「将軍閣下の術も不思議ではありましたが、陛下の術も本当に不思議ですね。体中がぽかぽかと温かい日差しに包まれたようです。感謝いたします、陛下」
クッカはクロアークと固い握手を交わした。
カエル族とコボルト族とリッチの次に並んだのが、鳥族とリザードマンたちだった。彼らは皆新しい旅へと出発する者たちだ。
「我々は、以前からポッソ殿と一緒に魔王軍退役を上申していた者でございます。陛下のご配慮、大変感謝いたします」とヴァリスは深々と頭を下げた。
「また会えたらいいね、ヴァリス、リスコ」
クッカは光の粒になって旅だった兵士たち、一人ひとりに祈りを捧げた。
次はドラゴンのタイヴァスだ。のっしのっしと歩いてクッカの前に頭を下げる。
「陛下、私はまだまだ寿命があります。『願いの術』も必要ありません。ですが、もしよろしければ陛下のお傍に今後も仕えさせていただければと存じます」
「え…… それは予想外だったな…… ちょっと、それは母国に確認しないといけないから、ちょっと保留ってことでいい? ちゃんとお願いしてみるから」
タイヴァスは嬉しそうにうんうんと頷いてクッカの隣にお座りした。まだ決まっていないのに、すっかりついていく気まんまんである。
「クッカ様、次は僕です」
クッカの肩に乗っていたヘルミが駆け下りて、クッカの前に膝まづいた。
「僕はもう寿命はないので死んでしまうのですが、すぐにクッカ様のお近くに転生させてください」
「ヘルミ…… 記憶は残らないけど、大丈夫?」
ヘルミは大きく頷いた。
「大丈夫でございます! 僕はクッカ様のお近くに転生できれば、またクッカ様を大好きになる自信がありますから!」
「……分かったよ」
クッカは涙が流れそうになるのを堪えて笑顔でヘルミに『願いの術』をかけた。そしてクッカは二枚の石板からミミの名前を消した。
「また、会いましょう、クッカさ――」
ヘルミが全て言い終わる前にヘルミは光の粒になって飛んでいった。クッカの目からは堪えられずに涙がこぼれた。
クッカの後ろでアーロとパルタ、キンチャまで涙を流した。ヘルミがそれだけ皆にとって大きな存在だったのだ。
「ほらクッカ、しっかりしてくれ。私で最後だ」
スムはクッカに白いハンカチを手渡した。クッカをそれを受け取り涙をふく。
「クッカ。私の願いはクッカには言いたくないんだが、それでもいいか?」
「え!! 変なのはだめだよ!!」
スムがクスクスと笑う。
「大丈夫だ。ちゃんと私がそうなったら幸せだろうなと思える願いにしたから」
「じゃあいいよ。基本的に術をかけられる人の心の中にある願いが創世の女神に届く術だから、言わなくても大丈夫」
「良かった、じゃあ頼む」
スムは片膝をついて、クッカの前に膝まづいた。
クッカは他の者たちと同じようにスムにも術をかけた。クッカは風にそよぐスムの白い髪をそっと撫でた。
「スム、ありがとう……」
スムは何もクッカに言わなかったが、クッカの顔を見ていたずらっぽく笑った。
クッカは震える手で、『不老の術』の石板の一番上に残っていたスムの名前を消した。
スムが光の粒になって空に舞い上がると、クッカは膝をついて泣き崩れた。クッカは最期にスムに渡された白いハンカチを強く握りしめた。




