第86話 謎の美女
「む? エルフ?」
アーロを見つめる謎の美女は首を傾げた。どうしてこんなところにエルフがいるのか不思議とでも言いたいのかもしれないが、アーロからしたらこんな洞窟の中に薄着の美女がいることの方がはるかに怪しかった。
(どうしよう…… 何かの罠か……?)
ぐぅぅぅぅ
アーロがどうすればいいか悩んでいると、アーロの腹の虫が盛大に洞窟内に響き渡った。考えてみれば朝の出発前に食べてから、何も食べていなかった。
アーロの腹の虫の声が聞こえたのか、美女はぴょんと立ち上がり笑顔で手招きをしてきた。
それでもアーロが悩んでいると美女の方からこちらに近づいてくるではないか。アーロは狼狽えた。
「お腹空いてるんでしょ? 早くおいでよ」
謎の美女は勝手にアーロの手を取り引っ張って歩いた。アーロはその美女の揺れる髪をただただ呆然と眺めることしかできなかった。
美女に促されるままにアーロは焚火の前に座らされる。
美女もアーロの隣の地べたに座った。
アーロが隣の美女を見ると、また胸元が見えそうだったので、アーロは慌てて自分が着ていたジャケットを脱いで美女の肩にかけた。
美女は少しだけ驚いた顔をしたが、「ありがと、急い出てきたから着替えてくる暇なかったんだ」と、自分の恰好のことを全く気にしていないようだ。アーロのジャケットを着て、袖が長いのか袖の先を何回か折っている。
「はい、これ」
美女は焚火で焼いた、木の枝に刺さった何かをアーロに手渡した。
木の枝に刺さった何かは見るからにトカゲのような形をしていた。
「これは……?」
「トカゲだよ。さっき、そこで捕まえたの」
やっぱりトカゲだった。
(魔族の美女はトカゲを食べるのか? トカゲ食が美の秘訣なのか?)
アーロは美女の横で緊張と混乱が入り混ざり、考えがおかしくなっていた。
美女も自分の分の焼きトカゲを取り、おいしそうに食べ始めた。アーロはかなり抵抗があったが、美女の手前食べられないとは言えず、泣きながら焼きトカゲを食べた。
「……名前を聞いてもいいですか?」
アーロは罠かもしれないと思いつつも、美女の名前を聞いた。
「く……じゃなくて、えぇっと、クリスタだよ」
「クリスタ…… いい名前ですね」
美人は名前まできれいなんだな――とアーロは頭の中でクリスタの名前を繰り返し唱えた。
「クリスタはここで何をしていたんですか?」
「ここの魔石を採りに来たんだよ。ほらこれ」
クリスタが見せてくれたのは巨大な魔石だった。かなり重そうだが、クリスタは難なく持ち上げて、それをアーロの前にごろんと置いた。
「こんなに巨大な魔石、初めて見ました」
「えへへ、すごいでしょ」
アーロの驚く顔にクリスタは満足そうな笑顔を浮かべる。
アーロはクリスタの笑顔を見ると心臓の鼓動が早くなって息苦しかった。その笑顔からはどこかで見たことがあるような懐かしさを感じた。
クリスタの話によると、ピッケルを使って自分でこの巨大魔石を掘り出したらしい。
クリスタが指さした先の魔石の壁が大きく削られてへこんでいた。
さっきの焼きトカゲといい、巨大魔石採掘といい、魔族の女性は随分とたくましいようだ。
「へっくち」
クリスタがくしゃみをした。いくら焚火の火があるからとはいっても、こんな薄着では風邪を引いてしまうかもしれない。
「ここにはどうやって入ってきたんですか?」
アーロの質問にクリスタは洞窟の天井を指さした。そこにはぽっかりと穴が開いていて、穴からは星空が見えた。外につながっているらしい。
「採掘にもっと時間がかかると思ったから、朝に迎えに来てもらう約束にしてあるんだ。それまでは焚火でしのがないとね」
「朝には迎えが来てくれるんですね」
クリスタは頷く――とはいえ、ぶるぶると震えるクリスタが心配になったアーロはトゥリチットゥを召喚した。
「え……? トゥリチットゥだ……」
クリスタはなぜかアーロの精霊の名前を知っていた。クリスタの反応にアーロは事態が呑み込めず動きが止まる。
「あなた、アーロね! 会いたかった!」
そういうとクリスタはアーロの胸に飛び込んできた。
「え! なに!?」
アーロはクリスタが何を言いたいのか全く分からなかった。綺麗なクリスタが飛びついてきたことが恥ずかしくてただでさえ回転の遅い頭が全く働かない。
「もう、私だよ、私! クッカだってば!」
クリスタが額をアーロの胸に擦りつけるので、アーロはもうどうにかなってしまいそうだったが、クッカの名前を聞いて我に帰る。
「え? さっき、クリスタって名乗ってくれたよね?」
「それは、私もアーロだって気が付かなかったから! ちょっと今、魔王城を抜け出してきてたから、見つかるのはまずいかなぁって思ったのよ」
クリスタと名乗っていた美女は成長したクッカだったのだ。しかし、アーロはまだ信じられない。アーロの中でクッカの姿は十歳の時のイメージで止まってしまっていたからだ。
「信じられない! だって、クッカはもっと小さかっただろ? え…… じゃあ、クッカがこんなに綺麗になったってこと……?」
アーロの言葉に、クッカは初めて恥ずかしくなったのかポッと顔を赤らめた。その顔を見たアーロももっと恥ずかしくなり、クッカから目を背けた。
「アーロ…… もしかして、私のことを探しにこんなところまで来てくれたの?」
「……そうだよ」
「ありがとう」
クッカはまたアーロの胸に自分の頭を預けた。クッカの顔はアーロから見えなかったが、髪の隙間から見える首筋が赤くなっているのが分かり、アーロは恐る恐るクッカを抱きしめた。
「本当にクッカなのか……?」
「だから、そうだって言ってるじゃん」
クッカの返事を聞いてアーロの力が強くなる。アーロはクッカの肩に自分の頭を乗せてぎゅっとクッカを抱きしめた。
「ぐ、ぐるじい」
「無事でよかった……」
クッカが着ているアーロのジャケットの肩に涙のしみができた。
アーロはあふれ出る涙を止めることができなかった。




