第85話 崖にあいた洞窟
「アーロ、どうした? 怖じ気づいたか?」
これまでの六年の旅を振り返っていたアーロにパルタが声を掛ける。
「いえ、緊張はしていますが、大丈夫です。……いよいよここまで来たんだなと思うと、感慨深くて六年間の旅を思い出していました」
結局、魔国の王都を前にして、キンチャとポッソとは別行動になっていた――というのも、今回ばかりは正面入り口から幻術を使って入ると流石にバレてしまうとポッソが言うのだ。
そこで、王都侵入の確率をあげるために、キンチャとポッソ、アーロとパルタの二手に分かれて侵入することになったのだ。王都侵入後は、王都内にあるポッソの自宅で合流予定である。
万が一見つかることも見越して、ポッソの幻術で見た目は偽エルフのままだ。パルタのゴリラエルフ姿も、最初のうちは面白くて笑いを堪えていたアーロだったが、今ではすっかり見慣れてアーロは何も感じなくなっていた。
アーロとパルタの前には切り立った崖のような断崖絶壁が立ちはだかっている。王都に入るためにはこの崖を登るしかなかった。
「ムスタはこの崖は登れないから、このあたりで隠れていてくれ」とアーロはムスタに告げて頭を撫でた。ムスタは名残惜しいのか、アーロのわきの下鼻先を突っ込んで自分の顔を擦りつけた。
しばらくアーロの匂いを嗅いだムスタはちらちらとアーロを振り返りながら近くの森に隠れた。
「よし、登るぞ」
パルタの掛け声にアーロは頷き、崖を登り始めた。
パルタとアーロはもくもくと崖を登った。ありがたいことに、所々木が生えていたり、くぼんだ穴が開いたりして休める場所もあったので、そういった場所を利用しながら進んだ。
大きなくぼみまで登り切り、アーロとパルタはそこで一息ついた。
ヘルミがアーロの懐から這い出して来る。
「ここから上は、飛竜の巣があります。お二人は今なんちゃって魔族ですから、襲われることはないはずですが、縄張りに近づくと怒らせてしまう可能性があります。もし飛竜に見つかったら、動きを止めて敵意がないことをアピールしてください」
アーロとパルタはヘルミの話を頷きながら聞いた。
パルタとアーロは休憩を終え、また崖を登り始めた。
ヘルミの言っていた飛竜も気になったが、吹き付ける強風もじわじわとアーロの体力を奪っていった。
かなり登ったはずだが、いまだに頂上は見えてこない。気力も体力もギリギリの状態だった。
「ギャー――!!!!」
大きな鳴き声と共に現れたのはヘルミがさっき説明していた飛竜だった。黒い鱗に覆われたそれは、大きな翼をばたつかせてアーロとパルタを威嚇してくる。
二人はヘルミに言われたようにじっと耐えた。
しかし、アーロが足を置いていた岩がアーロの重さに耐えられなくなったのか、ガクッと落ちた。
アーロは落ちそうになる寸前のところで、懐からヘルミを出してパルタに投げた。
「ひげパパ! ヘルミを頼みます!」
「アーロ!!」
パルタは何とかヘルミを受け取り、アーロの名前を呼んだが、アーロは10m下の岩に落下して、脚を強く打った。
「ぐ!!」
すぐに飛竜がアーロのことを追いかけてきて、牙をむいて威嚇体制だ。
「アーロ!!」と上からパルタの声がする。
アーロは自分の脚を見たが、左足がおかしな方向に曲がってしまっていた。
「ひげパパ! 先に行ってください! しばらく動けそうにありません! あとから追いかけます!」
「……分かった! 無理はするなよ!」
アーロからはパルタの顔は見えなかったが、パルタが先に進む選択をしてくれたことに、ほっと息を吐く。
飛竜はヘルミの言った通り、動かなければ襲ってはこなかった。しばらくアーロを睨みつけていたが、アーロに敵意がないことが分かったようで飛び去って行った。
アーロは深呼吸してから、自分の脚に回復魔法をかけた。
(落ち着け…… 簡単な回復魔法しか使えないけど何とかなるはずだ…… 完全に治るまでは少し時間がかかるかもしれないけど、問題ない)
アーロは足がじんじんと痛み、脂汗が出た。
回復魔法の影響で急激な眠気に襲われてその場に倒れた。
* * *
どれくらい寝ていたのか分からないが、アーロが目覚めると穴の外には満点の星空が広がっていた。
アーロは負傷した左足を動かしてみたが、どうやら無事回復できたようで痛みは感じなかった。
「良かった…… 動けそうだ」
アーロが立ち上がろうとした、その時――
穴の入り口側とは反対――つまり穴の奥から風が吹いてくるのを感じた。しかもなんだか美味しい匂いがした気がする。
「もしかして、この穴…… 洞窟なのか?」
食べ物の匂いがしたということは、目的の王都につながっている可能性もある。
アーロは洞窟の奥へと進んでみることにした。
腰につけたマジックバックから光る魔石の入ったランタンを出し立ち上がる。
そして洞窟の奥へと足を進めた。
洞窟の中はアーロがやっと立っていられるだけの高さの穴が続き、アーロは頭を打たないように少しかがみながら進まなければならなかった。
途中、道が枝分かれしている場所もあったが、おいしい匂いを頼りに進んでいく。
十分ほど歩いただろうか。前方に光源があるらしく、少しづつ洞窟の中が明るくなっていく。
(もしかして、出口か?)
アーロは光の方へと駆け出した。
「なんだ、これ……」
アーロがたどり着いたのは、壁中が薄青色の魔石に覆われた空間だった。どうやら、この魔石が発光していたらしく、その空間は昼間のように明るかった。
そして、その空間の中央でとある人物が焚火で何かを焼いているのが目に入った。
アーロはその人物の美しさに目を奪われて動けなくなってしまった。
ウォームベージュの腰まである長い髪に緑色の瞳。白い薄手のドレスを着ていて、焚火の火を見るために屈むと広くあいた襟元から白い胸元が見えてアーロは顔を赤らめた。
アーロは手に持っていたランタンを地面に落とした。
その音で、美女がアーロに気が付き顔をあげた。
「む? エルフ?」




