第77話 クッカ、目覚める
なんだかとてつもなく長い夢を見ていた気がする……
クッカは朧気だが、夢の内容を思い出すことができた。そして瞼に日の光が当たるのを感じてゆっくりを瞼を開けた。
「…………お腹空いた……」
目覚めたのと同時に腹の虫がなった。
(夢の中の自分は随分と長い間、何も食べていなかったけど、一体どうやって空腹を我慢してたんだろう……)
クッカが目覚めると、クッカの寝ているベッドのすぐ脇に座っていた人物がガタンと音を立てて立ち上がる。
「まぁ、クッカ様! おはようございます! 今お食事を用意させますから、少しだけお待ちくださいね!」
(ん? 猫?)
(……気のせいだろうか。今、あわてて部屋を出ていった人は二足歩行の猫だった気がする)
クッカは自分の目を手で擦った。
「お待たせしました、クッカ様! 急に食べると、お腹がびっくりしてしまうので、粥を薄くお湯で溶いたものを持ってきましたよ」
戻ってきたのは、やっぱり猫だった。
全身白い毛が生えた猫で、目はターコイズ色だ。そして二足歩行で大きい。人間の成人女性と同じ身長はあるだろうか。
「あ、ありがとう……」
この二足歩行白猫が誰かは分からなかったが、お腹が空きすぎて死にそうだったクッカは、マグカップを受け取るために起き上がろうとした。しかし、体に力が入らず起き上がれない。
「クッカ様、失礼いたします」
二足歩行白猫はクッカの背中とベッドの間に腕を入れてクッカを起き上がらせた。
クッカはすぐにマグカップを受け取ろうとしたが手もプルプル震えて、なんだか思い通りに動かない。
見かねた二足歩行白猫はクッカの口元までそっとカップを近づけてほぼ白湯のお粥を飲ませてくれた。
ちびちびと粥を飲むと腹の中がじんわりと温まって、クッカの頬は自然と緩んだ。
こんな白湯だけでは物足りないのではないかと思ったクッカだったが、半分ほど飲むと腹が膨れてしまった。
(何かがおかしい……)
「もう飲めそうにないや」
「六年ぶりのお食事ですから。こんなものかと思いますよ」
「へ? 六年ぶり……?」
「さようでございます。クッカ様は六年間眠り続けていたのでございます」
クッカはその言葉に頭が真っ白になる。何が何だかさっぱり状況を理解できない。
「……なんで?」
「スム様がクッカ様に過去の記憶を見せる術を使ったのです。起きていては使えない術だそうで、クッカ様には長く眠っていただく必要がございました。眠りながら過去の記憶をご覧になっていたはずです。長い間夢を見ていたのではないですか?」
「うん…… ん?」
クッカは混乱した。
(そもそも、なんで私はここにいるんだっけ……)
クッカは夢の中の記憶と起きていた時の記憶が混ざり合い、何が何だか分からなくなっていた。
「しばらくは落ち着かないかと思いますが、次第に過去の記憶も馴染むとスム様はおっしゃっていました」
「はい……」
クッカは気のない返事を二足歩行白猫に返す。
「あぁ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。私、クッカ様の身の回りのお世話をさせていただきます。シロと申します。よろしくお願いいたします」
「あ、はい、よろしくお願いします」
状況が理解できないクッカは条件反射的に頭を下げた。
クッカはゆっくりと辺りを見回す。
白い天蓋付きのベッドに自分がいて、横にはシロがいる。壁が白くて、家具も白い。見たことのない部屋だった。
「私の前の部屋はどうしたの?」
自分でそう発言してからクッカは自分の口に手を当てた。
(「私の前の部屋」ってなに?)
「……以前お使いになっていた部屋は、スム様が塞いでしまいました。こちらは新しく魔王城に用意したクッカ様のお部屋でございます。お気に召しませんでしたか?」
シロはクッカの顔色を伺いながら、恐る恐る聞いた。
「ううん、綺麗な部屋で気に入ったよ。ありがとう」
クッカがお礼を言うとシロはしっぽをゆったりと振って微笑んだ。
もう少し部屋を観察しているとシロの後ろに鏡台があることに気が付いた。そこには腰まで届く長い髪の女性が映り込んでいた。
ウォームベージュの髪に緑色の瞳。体はかなり痩せているが、白いナイトドレスからは成人女性ならではの体つきが見て取れた。
「え……」
クッカは思わず自分の体を手当たり次第にさわりまくった。最後に胸を触り感触を確かめる。
「胸があるぞ……」
(おかしい! 確か私の体はもっとまっ平だったはず!)
「六年も寝ていらっしゃったのですから、体が急に成長したように感じても仕方がないですね」とシロはフフフと笑いながら言った。
クッカはもう一度鏡台の鏡に映る自分を見た。
(なんだか、夢の中に出てきた私にそっくりだ……)
急に体が成長してしまったはずなのに、なぜか違和感は感じない。むしろその逆で、元の正常な状態に収まったような不思議な感覚がクッカの体にはあった。
「何だか、頭がぼんやりするよ…… 私、魔王城じゃない場所にいたような気がするんだけど、どこだったっけ?」
シロは不思議そうに首を傾げるだけだ。
「え…… 六年も寝てたら、誰か心配してるんじゃないかな? あれ……?」
(思い出せない……)
慌てるクッカをシロが優しくベッドへ寝かせ、布団をかけた。
「今は少し混乱しているだけですわ。慣れてきたら以前の記憶も自然と戻ってくるはずです。ご無理をなさらず、ゆっくり休んでいいのですよ」
「いいのかな?」
「えぇ、大丈夫です。私が、クッカ様のお傍にいますから、安心してください」
シロはクッカの額から瞼までを撫でて子守歌を歌った。顔の上をピンクの肉球が行ったり来たりして心地いい。
シロの子守歌を聞くと、クッカは気持ちが落ち着き、すっと眠ってしまった。




