第75話 罪
「アーロは向こうで他の娘と結婚していた」
魔王城に戻った私はクッカにただその事実だけを伝えた。
クッカは「そっか…… わざわざ、見てきてくれて、ありがとう」とだけ答えて自分の部屋にこもってしまった。
五年も音沙汰がなかったのだから、ある程度そういったことも想定していたのかもしれない。急に取り乱したりはしなかった。
クッカの冷静な様子を見て、ほっと胸を撫でおろした私だったが、すぐにその判断は間違っていたと考えを改めさせられた。
クッカはその日以来、一切の食べ物を受け付けなくなった。何を作って持って行っても手を付けないのだ。
『復活の術』があるので、決して死ぬことはないがそれでも私やミミは慌てた。
クッカを心配したミミはクッカからぴったりくっついて離れなくなったし、クッカを慕う魔王軍の部下たちや城下町の住人が代わる代わるクッカを励ますためにクッカの部屋を訪れた。
クッカは泣かなかった。それでもどこか目はうつろで、ここではないどこか違う場所を見つめているようだった。
誰が何と声をかけても、クッカは以前のように微笑み返すことはなくなってしまった。
少しでもクッカに何か食べてほしくて、私はクッカの好きなアップルパイを焼いた。焼きあがったアップルパイにナイフを入れて切ってみたが、やっぱりアーロのように上手くはできていなかった。
自分の不甲斐なさに涙が出そうになったが堪えた。全ては自分が決めて、招いた結果だからだ。
「クッカ…… 少しだけでも食べないか?」
クッカの部屋に、私がアップルパイを持って入る。クッカはベッドの前に崩れたように座り込んでいた。
ミミがクッカの膝の上に乗り、自分の腹を撫でてもらおうとクッカに差し出しているが、そんなことにも気が付けないのかクッカは窓の外をうつろな目で見つめるだけだった。
クッカの隣に座ってみたが、クッカの反応はない。まるで抜け殻のようだ。
「私じゃ駄目か……」
「……」
「私がアーロの代わりをする」
クッカのことを愛してるんだ。
そう言おうとしたが、「スムはスムで、アーロはアーロでしょ……」という返事だけがクッカから返ってきた。
絶望した。どんなに頑張っても、私はアーロの代わりにはなれないとはっきり突き付けられたように感じ、苦しさで胸が引き裂かれそうだった。
クッカはこの時初めてぽろぽろと涙を流した。私が知る限り、八百年一緒に過ごして初めての涙だった。
「私、死にたい…… もう解放してよ、スム。私、生まれ変わって、次はアーロと同じ国に生まれたい。ずっと、女神様にそうお願いしてるの」
クッカは泣きながら私を見つめてくる。
「……できない…… できないよ……」
泣いてはいけないことは分かっていたが、クッカの訴えに私の頬にも涙が伝った。
「私なりに八百年頑張ったでしょ…… スムに頼まれたことは何でもやったよ……」
「嫌だ…… クッカを『復活の術』から解放したりはしない。絶対だ……」
泣いているクッカと一緒にいることに耐えられなくなった私は立ち上がって部屋を出た。クッカの部屋の扉を背にして、目頭を押さえた。
背中を当てた扉から、クッカが泣いている声だけが響いていた。




