第73話 スムの葛藤
私は初めのうちこそアーロを腹立たしく思っていたが、一緒に生活しているとそれも次第におさまってきた。情が湧いたというのもあるが、アーロがいるとクッカとのいざこざが丸く収まることが多くなったからだ。
私は何でもきっちりしないと気が済まない性格だったが、クッカは良く言えばおおらか、悪く言えばガサツで、いい加減で、だらしがなかった。
だから私とクッカは以前はよく喧嘩になったが、アーロが来てからというものそれがめっきりと減った。
このアーロという男は何かの世話を焼くことが好きなようで、クッカのだらしがない所を喜んで世話した。
クッカがいない時に、私が「アーロって駄目な女に引っかかるタイプだよな」と言うと、「えぇ!? 心外だな、そんなことないと思うんだけど……」と返し、全く自覚がないらしい。
クッカには言えないこと(主にクッカの愚痴)を遠慮なく話せるアーロは、私にとってもなくてはならない存在になりつつあった。
しかし、アーロとクッカが二人で並んでいる所を見ると未だに胸に謎の不快感が湧き上がる。
クッカもアーロも私にとって大切な友人となった今、二人の関係を応援したいと思う気持ちと胸の不快感が心の中でせめぎ合っているようだった。
* * *
「えぇ、それでは魔王軍定例会議を行います。本日の司会進行は、ふわもちボディの僕――ミミのお当番です!」
「余計な事を言わずにさっさと進めろ」
「御意!」
ミミはビシッと敬礼する。
魔王城内にある会議室に、私と部下たちが集まり定例会議だ。一月に一度必ず行なっている会議だった。
「スム将軍閣下、発言よろしいでしょうか?」
手を挙げたのは鎧を着たカエルのクロアークだった。
私が頷くとミミが「クロアークくん」と指名する。
「本日の会議は陛下は出席されないのですか?」
「クッカがいても、いつも寝ているのだからいてもいなくても同じだろ」
本当のことを言うと、クッカは今日はアーロと二人で出かけていた。クッカ自身は会議に参加すると言い張ったが、私が追い払ったのだ。最近はクッカ単体で見ていても胸がムカムカするようになってしまって、少し距離を置きたかったのだ。
「私はそうは思いませんが…………失礼いたしました」
一睨みすると、クロアークは押し黙る。
次に手を挙げたのは鳥族のヴァリスだった。
「ヴァリスくん」と言ってミミが指名する。
「ご報告でございます、将軍閣下。オーガの里に謀反の動きがあります。映像資料がありますので、ご覧ください」
鳥族は見た目が完全に普通の鳥と同じなので、密偵や監視をさせるのにもってこいの種族だった。なので国中を秘密裏に監視する任務を鳥族には出している。
ヴァリスの見た目も黒い体に灰色の襟巻のような模様のあるカラスにしか見えない。
ヴァリスが机上の水晶玉を黒い翼で撫でると水晶玉が光り出し、壁に映像を投影した。
頭に短い角を生やしたオーガたちが、里の広場に集まり何かを話し合っている。
監視されているとは知らず、昼間っから堂々と国家転覆の相談をしていた。
『最近、里の見回りに魔王を見かけなくなったけど、何かあったのか?』
『お前、知らないのか? 魔王は今人間の男に夢中で遊んで歩いているらしいぞ。国中を人間の男と観光してるらしい』
『え? そうなのか? 俺はてっきり魔王は将軍とそういう仲なのかと思ってたけどな。じゃあ、将軍は人間に魔王を取られてしまった訳だ! こりゃ傑作だ!』
オーガたちが下品な声で笑い合う。
『あぁ、このまま魔王と人間が結婚でもしてくれれば、あの目障りな将軍も魔王を見捨てるかもしれないな。そしたら今回の作戦もよりスムーズに進むだろう。またオーガ族の時代が来るかもしれないぞ』
水晶の光が揺らいで、不愉快な映像は消えた。
「報告は以上です。オーガ族だけでなく、妖狐族、人狼族も陛下の最近のご様子から何か画策しているようです」
ヴァリスは苦虫を嚙み潰したような顔で報告した。
「何かとはなんだ。具体的に報告しろ」
「オーガ族は、陛下が不在時を狙い将軍閣下を強襲しようとしているようです……」
「まぁ、それは分かっていれば対策できるからいいだろう。他には?」
「妖狐族、人狼族は陛下のお気に入りの人間を攫おうとしているようです。さすれば、陛下を意のままに動かせると踏んでいるようですね」
「……」
なんと返すべきか、すぐに答えが出せなかった。
会議室の空気は重かった。
「え? 簡単なことでは? アーロに護衛でもつければ良いではないですか」とミミは目を丸くして言ったが、問題はそんなに簡単なことではなかった。
「誰がその護衛をやると言うのだ!! 私の隊は誰もやらんぞ!! 人間の護衛などまっぴらごめんだ」とクロアークはミミに怒鳴り散らす。
会議室は静まり返った。この中にはアーロの護衛を名乗り出る者が一人もいなかった。
アーロに『復活の術』をかけるという方法もないわけではないが、実は『復活の術』には人数制限があった。現時点で、『復活の術』の定員はいっぱいの状態なので、アーロに術を使おうとすると誰かがその枠から溢れることとなる。とてもじゃないが、提案できる内容ではなかった。
「よろしいですか? 閣下」
「リッチくん」とミミは律儀に司会進行を続ける。手を挙げたのは黒いフードを被ったリッチだ。
「閣下は、仮に陛下と人間が結婚すると言い出したら、お許しになるのですか?」
一番耳の痛い話だった。誰かがこの会議で言い出すことは予想ができていたが、考えたくなくてわざと気づかないふりをしていたのだ。
「……」
私が返答しないでいるとリッチは更に厳しい意見で詰めてきた。
「正直に申しますと、私は反対でございます。私は陛下と閣下が結ばれるべきだと進言いたします」
「……」
「閣下も理由はお分かりかと思いますが、皆に共有するために述べさせていただきます。閣下ご自身が自らに『復活の術』をかけられないのですから、閣下にもしものことがあった時のために最低でももう一人後継者が必要です。カノコ族の生き残りは陛下と閣下のみ。この貴重な血筋を人間などに差し出すことは、私は断固反対です」
リッチの言うことはもっともだった。『復活の術』は私しか使えないし、『復活の術』は術を使用できる術者にはかけることのできないものだった。ゆえに私が死ぬということは、魔王軍の全滅を意味していた。
『復活の術』の術者を増やすためには、私とクッカで子をなす他に方法はない。
「分かっている……」
私は両手を自分の額の前に組み、なんとかそう答えた。
「男女のことですので、私がとやかく言うのもどうかと思い今まで黙っておりましたが、あの人間に陛下がご執心な以上、何か間違いが起こる前に閣下にはこの問題を解決していただきたい。これは私たちにはどうすることもできない問題ですので」
会議室には、リッチの意見に賛同を示す拍手が沸き起こった。
その日の会議はそれでお開きとなった。
私はしばらくそこから動けなかったが、何とか立ち上がりミミにクッカとアーロの居場所を聞いた。
「今は、二人で城の中庭にいらっしゃるようですね」
ミミはふわふわの毛を逆立ててクッカの気配を探り、そう答えた。
私はすぐに中庭に向かった。どうすればいいのかは分からなかったが、クッカとアーロの顔を見たかった。
中庭へと続く長い回廊を抜けるとクッカとアーロの姿が見えた。声をかけようと思ったが、二人の表情を見て思わず柱の陰に隠れてしまった。クッカとアーロが熱っぽい視線で見つめあっていたからだ。
恐る恐る、柱の陰から二人を見るとクッカとアーロは唇を重ねていた。
私はすぐに視線をそらし、その場に座り込んでしまった。心臓が激しく鼓動し、激しい怒りが込みあがってくるのを感じた。自分では感じたことない怒りを感じ、自分のことが恐ろしくすらあった。まるで、自分の体が誰か別の者に乗っ取られてしまったかのようだった。




