第71話 前世のアーロ
海で拾った人間のアーロは、クッカが甲斐甲斐しく介抱したおかげですっかり元気になっていた。
クッカとアーロは魔王城の中庭で一緒にリンゴを齧りながら、お互いの話をしていた。
ミミがクッカの膝の上に乗り、アーロをじっと見つめている。アーロはしばらくミミを見つめ返してみたが、ミミが全く目をそらさないので根負けし、ミミを見ることをやめた。
「へぇ、アーロは冒険者なんだね」
「冒険者が分かるの? この国にも冒険者はいるのか?」
「ううん。魔国は魔物と魔族の国で冒険者はいないよ。冒険者のことが分かるのは、たまに人間の国の物がこの国に流れ着くことがあるからなんだ。人間の『絵本』って言うのかな? あれで冒険のお話を見たことがあって、なんとなくイメージはできるよ」
「なるほど。それで、人間のことを知っていたんだな。納得したよ。
ところでクッカはこの国の王族だったりするのか? こんな立派な城に住んでるから、もしかしてこの国の姫だったり?」
アーロの質問にクッカは無邪気に腹を抱えて笑う。
「お姫様なんかじゃないよ、こんなガサツな姫がいるわけないじゃん。他の部族に族長の娘とかいるけど、もっと美人でお淑やかだよ」
「え、クッカもすごく綺麗だと思うけど」
「え……」
クッカはアーロの思いがけない返答に心臓の鼓動が跳ね、頬が持っていたリンゴと同じ色に染まった。
そう言ったアーロ本人もクッカの赤面した顔を見ると、少し驚いてから決まりが悪そうに顔を背けてしまった。耳だけが赤くなっているのが分かる。
しばらくの沈黙が流れた。
「あはは…… アーロは冗談が上手だね。私はお姫様じゃなくて、一応この国の王様――魔王をしてるんだ」
「そ、そうなんだ! 魔王…… え? 魔王!?」
お互い気恥ずかしさを胡麻化そうしたが、アーロはクッカの言葉に驚き、聞き返す。
「そう、魔王。まぁ、特に王様らしいことはしてないから、名前だけなんだけどね」
「クッカが魔王…… 全然見えないよ」
「ふふ、ありがとう。最近は何にもしてないのに周りからは敬われるから、ちょっと居心地悪かったんだ。アーロは私と対等の友達になってくれる?」
「もちろん、喜んで友達になるよ」
クッカとアーロは互いに顔を見合わせて笑い合った。
「そうだ! ここにずっといてもつまらないから、どこか案内しよっか?」とクッカ。
「いいのか? 人間の俺を嫌がる奴がいたりするんじゃないか?」
「私の前でそんな馬鹿なことをいう奴はいないよ。私の客人だって言えば、誰も文句なんか言えない。どこか行ってみたい場所はある?」
「クッカと一緒だったら、どこにだって行ってみたいよ」
アーロが何も意識していないようにそんなことをいうからクッカはまた顔を赤くした。
「……じゃ、じゃあ、今日はすぐそこの城下町にいってみよう。町の皆にアーロのことを紹介するね」
* * *
「陛下こんにちは!」「クッカ様、こんにちは」
町を歩いていると、町の魔族は皆クッカに声をかける。アーロにはクッカが町の住人に愛されていることがよく伝わってきた。
頭に角を生やしている人や二足歩行で歩くワニなど、行きかう人々の種族は多種多様だ。
クッカとアーロは並んで歩き、ミミはクッカの頭の上からアーロを凝視している。
「この町は、自分たちの里がなくなってしまった人たちのためにスムが作った町なんだ。いろんな姿の人がいるでしょ?」
「スムっていうのは?」
「あぁ、言ってなかったね。魔王軍の将軍で私の幼馴染。親友で、同居人って感じかな。しばらく魔王城を留守にしてるんだけど、帰ってきたらアーロにも紹介するね。ちょっと堅苦しいタイプだけど、根はいいやつだから、きっとアーロも友達になれると思う!」
クッカは曇りのない顔でニカッと笑う。
「お! 陛下、随分ときれいな男を連れて歩いているじゃないか」
市場で果物を売っている露店の店主がクッカに声をかけた。店主の見た目は完全に巨大な猫だった。後ろ脚で立ち上がり、頭にはいっちょ前に帽子をかぶっているが、体は服を着ておらず、ふわふわの体毛を隠すことなくそのままにしている。
「そうでしょ! 綺麗だよね! 海で拾ったのよ。私の友人でアーロっていうの。仲良くしてあげてね」
「おお! よろしくな、アーロ」
猫店主とアーロは握手した。「こちらこそ」と返事をしながら、アーロは店主のぷにぷに肉球をさわって顔が緩んだ。
猫店主はクッカとアーロの顔を見比べてニヤニヤした顔をする。
「陛下も隅に置けないね。こんな真昼間からデートかい?」
「で、デートじゃないよ!?」
クッカはカっと顔を赤くして猫店主に言い返す。
「ははは! 陛下が可愛らしいから、ついからかっちまったよ。はい、これ、お詫び」
猫店主はクッカとアーロに黄色いリンゴを一つずつ持たせた。
市場を出たクッカは自分の顔を手でパタパタと仰ぎながら歩く。アーロと並んで歩くのが恥ずかしくなってしまったのか、少し早歩きだ。
「クッカ」
アーロも早歩きしてクッカの隣まで追いつくが、すぐにクッカは小走りで速度を上げ、アーロの前を進む。
「クッカ!」
アーロも小走りで追いつくが、いよいよクッカは走り出した。
「クッカぁ!!」
アーロもクッカに追いつこうと全速力だ。最早、徒競走のようになってしまった。
町の外れの森までたどり着くと、クッカは初めて振り返って止まった。
アーロは息を切らしながらなんとか追いついた。
「アーロ、なかなか足早いね。私に追いつける人、魔族でもほとんどいないんだけど」
「そりゃどうも……ありがと」
アーロは肩で息をしながら、やっとやっと返事をした。
「クッカ……」
「何?」
「俺は……クッカとデートできて嬉しいと思ってるけど」
アーロが呼吸を整えながら、はにかんだ笑顔でそう言った。
クッカはまた顔を真っ赤にして、一目散に走って逃げ出した。
アーロは楽しそうに軽快な声で笑ってから、「かわいすぎだろ」とつぶやいてクッカを追いかけた。




