第69話 夢の中のクッカ
クッカは夢を見ていた。
不思議なことにその夢は、夢の中の光景であるはずなのに、一度経験したことのあるような既視感を感じる夢であった。
夢の中のクッカは白い石材でできた高い塔の窓から、外の景色を金の瞳でただ眺めていた。月白色の衣で身を包んだクッカの見た目は今よりも何歳も年上に見える。
窓の外には町が広がり、その町をぐるっと切り立った高い山が囲んでいる。
「はぁ……」
クッカは窓の外を見ながらため息をついた。
「どうした? クッカ」
クッカのため息に気が付き、声をかけたのは真っ白な髪に鹿のような角を持つ男だった。ルビー色の瞳の目をぱちぱちと瞬きさせて、不思議そうにクッカを見ている。
「スム、毎日同じことの繰り返しで流石に飽きちゃったよ…… だって、私、もう八百年も王様やってるんだよ?」
クッカの返答にスムと呼ばれた白い男はくすっと短い声で笑う。
「わがままを言うな。クッカがいなくなれば、また魔国は戦乱の時代に逆戻りしてしまう」
「私の代わりにスムが魔王をすればいいと思う」
クッカは窓枠に頬杖をついてむくれている。
「私では皆納得しない。クッカの強さや人徳があるからこそ、皆従っているんだ」
スムはまるで小さな子供に言い聞かせるかのように優しくクッカに言い聞かせた。
「少し散歩にでも行ってきたらどうだ? 気晴らしになるかもしれない」
「いいの!?」
クッカは後ろに立つスムに振り返り、目を輝かせた。
「あぁ、しばらく部族間の争いも起こっていないから、少し位遊んでも問題ないだろう。私が留守番しているから、ミミを連れていってきたらいい」
「分かった! ありがとう。ミミ、おいで」
クッカがミミと呼ぶと、白いふわふわで丸い大きな耳のヘルミがクッカの膝の上に飛び乗った。
(そうだ…… ヘルミはミミって名前だったっけ……)
クッカは夢を見ながらヘルミの以前の名前を思い出した。
* * *
クッカは砂浜の上を靴を脱いで歩いた。足の裏が太陽の熱で焼けないように、波打ち際の濡れているいる地面を選んで歩く。
砂浜に残る足跡や指の間に入る濡れた砂の感触が心地いい。クッカはスカートの裾が波で濡れないように手で摘みながら歩いた。
ミミがクッカの足下にぴったりとくっついて歩くので、クッカは時々ミミの事を踏んづけそうになって、可笑しくて笑った。
しばらく砂浜を歩いていると、砂浜に何かうちあがっているのが見えた。
恐る恐る近づいてみると、それは人間の男のようだった。ぐったりしていて動かない。足には痛々しい大きな傷があり、血が流れて近くの砂浜が赤く染まっていた。
「大丈夫?! しっかりして!」
クッカはその怪我をした男を自分の膝の上に抱き上げ、息をのんだ。海水で濡れて額に張り付く亜麻色の髪に整った甘い顔立ちにクッカは目を離せなくなってしまったのだ。
不躾に男の顔を観察していたクッカは、ハッと正気に戻り、必死に治癒魔法をかけた。足の傷は見る見るうちに塞がり、青白かった顔には少しずつ血の気が戻る。男はゆっくりと目を開けた。
「ここは……?」
「ここは……魔国だよ」
「あなたが助けてくれたのか……?」
「う、うん」
クッカはスム以外の男とちゃんと話したことがなかったので、変に緊張して手に汗をかく。
意識を取り戻した男は今度は寒いのか体が震え始めた。全身が濡れているのだから当然だろう。
しかしクッカは緊張でそんなことまで頭が回らずミミに助けを求めた。
「あぁ、ミミ! 私どうしたらいいの!? この人死んじゃうの!?」と上ずった声を出す。
「クッカ様、落ち着いてくさだい。たぶん寒いんじゃないかと思います。魔王城に連れ帰って手当してみましょう」
「は! そうだよね!」
クッカは急いで転移魔法を使って男を魔王城の浴室まで一気に運んだ。
浴室の床に男を静かに降ろすと、クッカはおろおろして浴室を右往左往している。
「クッカ様、この男の面倒は僕が見ておきますので、あなた様も着替えてきてください」
男を抱えていたクッカも濡れて砂だらけだった。
「でもでも」
「クッカ様はこの男の裸を観察するつもりですか?」
「ち、ちがうよ! 心配なだけ!」
クッカはミミの言葉で男の裸を想像し赤面した。
「僕がうまくやりますから、さっさと着替えて、この男の新しい着替えでも用意してきてください」
「分かった! 絶対にその人を助けてね、お願いよ」
ミミが、はいはいと軽い返事を返したのを聞かないうちにクッカは慌てて浴室を飛び出していった。
(急げ急げ! 人間はひ弱な生き物だと聞いたことがある。早く着替えを用意しないと死んでしまうかもしれない)
クッカはざっと自分の着替えを済ませて、猫のように素早い動きで転移魔法を使った。一気に魔王城の下の町の衣料品店まで飛ぶ。
「あの、あの!」
「おや、陛下。今日はどういったご用件ですか?」
衣料品店の女将さんは突然現れ慌てふためくクッカの背中を撫でて落ち着かせた。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください。私がなんでもご用意しますからね。深呼吸してください。ほら、ゆっくり」
クッカは女将さんの呼吸に合わせてゆっくり深呼吸した。ゆっくり呼吸を繰り返すと早くなっていた鼓動が少し落ち着いてくる。
「ありがとう、女将さん。うちに今お客さんが来ているの。男の人で、しばらくうちにいると思うから、その人の着替えがいるの」
「はいはい、分かりましたよ。着替え一式を何日か分用意しますね。何日かいるってことは家具なんかもいるんじゃないですか? 陛下の城に客人用の物はないですよね?」
「ほ、ほんとだ!! ど、ど、ど、どうしよう!!」
「あぁ陛下、落ち着いて。この後、一緒に家具屋にも行きましょう。大丈夫、私がしっかり一緒に見てあげますからね」
世話焼きの女将さんがしっかりクッカの面倒を見て、人間の客人が泊まる準備は万全に整った。
新しく準備した客室のベットに拾ってきた男が静かな寝息を立てている様子をクッカはじっと観察する。
男の穏やかな寝顔を見て、死なないことが分かったクッカはやっと気持ちを落ち着かせることができたのだった。




