第66話 いなくなったクッカ
パーティーも大詰め、いよいよダンスの時間となった。会場には楽団が入場し、生演奏が始まる。
「クッカ、踊りましょう」とイェレはクッカの手を引く。
「いいよ、皆を驚かせよう」
クッカは視界の端にアーロと王女が見えたが、ヘンリクに注意されたのでイェレだけを見るように気を付けた。
クッカとイェレのダンスは好評だった。大人顔負けの出来に周りで踊っていた人たちは皆振り返るほどだ。
アーロもルノ王女と一緒に踊る。かなり久しぶりに踊るので、ステップを忘れていないか心配していたアーロだったが、体が覚えていてくれたようでいらぬ心配であった。こちらも、周りが見惚れてため息をつくほどである。
そんな中、一人の招待客がふと大広間の天井を見上げて、あることに気が付く。
「ん? なんだ、あれは?」
天井にはぽっかりと大きな黒い穴が開いていた。穴の奥は何も見えず、ただ深い闇が広がっていた。
黒い穴から現れたのは、リッチ一体、大人二人分くらいの大きさのアイスブルーのドラゴン、それから一羽のカラスだった。
魔物の出現に気が付いた招待客から悲鳴が上がり、会場は大混乱となった。
勇者や聖女たちは、すぐに身構えて戦闘態勢に入ろうとしたが、今は武器を持っていないのでどうすることもできない。クッカとアーロも自分たちのパートナーを守ろうとパートナーの前に立った。
(あのリッチ、前に見た気が……)
クッカはリッチの緑に光る眼に見覚えがあった。あれは間違いなく、クルホのダンジョンの隠し部屋にいたリッチと同じ目だった。
何かを探すようにきょろきょろと会場を見渡していたリッチの目がクッカをとらえる。するとリッチはクッカのことを指さした。
「あの方です! 間違いありません!」
リッチの指示でドラゴンがクッカ目掛けて急降下してくる、クッカは咄嗟にイェレを突き飛ばした。
「クッカ!!」
イェレの悲鳴にも似た声が会場に響いた。
クッカはドラゴンの足に捕まり、空中へと連れ去られてしまう。
捕まりながらも反撃しようとしたクッカだったが、すぐ目の前にカラスが飛んできてクッカの顔を覗き込んだ。
「陛下、申し訳ありません。スム将軍閣下のご命令ですので。あとで私を叱らないでくださいよ」
カラスはクッカの目の前で、不思議な歌を歌った。するとクッカの瞼が重くなり、瞬く間もなく眠ってしまった。眠ったクッカの手足は力が抜けてだらんと垂れ下がっている。
「それでは、皆さん、お邪魔いたしました。私どもの用は済みましたので、どうぞパーティーを続けてください」
カラスはそう言ってからペコリと器用に頭を下げた。そして魔物たちはクッカ共々、天井の黒い穴に入って見えなくなった。魔物がいなくなるのと同時に黒い穴も萎んで消えてしまい、そこには何も残らなかった。
会場のざわめきが止まない。何が起こったのか、そこにいる全員が状況を理解できていなかった。
「静まるのじゃ!!!!」
止まないざわめきの中で王の声が響き、会場は静まり返った。全員が王と見たが、中には恐怖で腰を抜かしているものもいる。当然だろう。ヴオリ国内で魔物が出現したのは、今回が初めてなのだから。
「勇者と聖女、あと警備の兵士たちはこちらへ集まってくれ。現状を把握したい。他の者たちは申し訳ないが、今日はお開きとさせてくれ」
王の指示に全員が従った。少しずつ招待客が帰る中で、イェレだけは目の前でクッカが攫われてしまったことがショックでその場に泣き崩れていた。カウッパ会長と夫人がイェレに駆け寄り、何とか立たせていた。
アーロは王女に声をかけようとしたが、王女がそれを制して「早く陛下のところへ行きなさい。私のことはいいから」とアーロを送り出した。
駆け足で他の勇者や聖女と合流し、アーロも何とか話に参加する。アーロは突然クッカが攫われてしまったことに混乱していたが、自分の胸を押さえて何とか気持ちを鎮めた。心臓の音だけは大きく高鳴り、自分の耳までじんじんと血液が走るのを感じた。
「さっきのあれはなんだ…… 分かる者はいるか?」
玉座に座り、頭を抱えた王が一同に問いかけた。
「陛下」
「なんだ、ヘンリク」
「さっきのは間違いなく魔物でした。そして、あれらが移動に使っていたのは、おそらく高度な転移魔法です。人間では使える者はおりませんが、魔大陸であれを使う魔物を見たことがございます」
「では、あれは魔大陸から来たというのか!? 銀の聖女はなぜ攫われたんだ!?」
「奴らがなんのためにクッカを攫ったのかまでは分かりません。しかし、早急な調査が必要かと思われます。他の個体がまだ王宮内に潜んでいる可能性も捨てきれません」
「では、兵士は王宮の中の安全確認を。勇者と聖女は攫われた銀の聖女の行方を可能な限り調査してくれ」
* * *
王の命令で速やかに調査が行われた。夜通し調査が行われた結果、王宮や王都の中に他の魔物はおらず、クッカの姿もどこにも見当たらなかった。
王宮に魔物が出現しクッカが攫われたというニュースは次の日の新聞の一面で報じられ、すぐに国中に知れ渡ることとなった。新聞を読んだパルタとエリサは朝一番の汽車で王宮へと駆け付けた。
多くの勇者や聖女が寝ずにクッカを探し、疲れ果てて王宮の前の広場ぐったりとうなだれていた。アーロもその中の一人だった。
「くそ! くそ!」
アーロは泣きながら地面に自分の拳を何度も叩きつけた。アーロの拳からは血が滲んでいた。
アーロは自分がクッカのパートナーにならなかったことを死ぬほど後悔していた。もし、クッカの隣にいたのがイェレではなく自分だったら、少なくともあんなにあっさりと連れ去られることはなかったはずだと思えてならないからだ。
王宮についたパルタはアーロを見つけると泣きながらアーロの胸倉を掴んだ。
「どうしてクッカを守ってくれなかったんだ!!」
「あなたやめて! 辛いのはアーロも一緒だわ!」
エリサが慌ててパルタとアーロの間に割って入る。
「ごめんなさい…… ごめんなさい……」
アーロは泣きながら、パルタとエリサに謝り続けた。その姿を見たエリサもその場に泣き崩れてしまった。
王宮中を悲しみが包んでいた。何人もの人がクッカを心配し涙を流した。
泣き崩れたエリサのカバンから、ヘルミがもぞもぞと出てきて、前足でアーロのつま先をカリカリと引っ搔いた。
「アーロ、隠していたことがあるんだ」
そうアーロに声をかけたのは、アーロの足に自分の前足を乗せたヘルミだった。




