第62話 アーロとくさパパ
一方その頃、アーロとくさパパはというと……
「クッカとエリサはまだ帰ってこないのか……」
くさパパは妻と娘の様子が気になるらしく、仕事に身が入っていない。こんな調子で、クッカがいない五年の間はいったいどうやって過ごしていたのだろうかとアーロは不思議でならなかった。
「くさパパが心配しても、二人は早く帰ってきたりしませんよ」
アーロは働かないくさパパの代わりに精霊たちを二体も召喚して、せっせと森の雑草抜きをしている。働かないくさパパに若干の苛立ちを感じ、愚痴の相づちがやや適当になってきた。ヘルミなんか聞いているのが嫌になったのか、アーロの服に潜り込んで寝始めた。モフモフのせいで背中が熱い。
「アーロは心配じゃないのか!?」
「心配じゃないですけど……」
別に魔物を狩りに行っているわけでもないのだから、そんなに心配しなくてもいいだろう――というのがアーロの考えだ。
「クッカが嫁に行ったら、また家からいなくなるじゃないか!」
「くさパパ、前も言いましたけど、嫁入りの心配はまだまだ先の話でしょ?」
「何を言う! クッカもあと六年で成人だ。あと六年しか一緒にいられないんだぞ……」
くさパパは目頭を押さえてまた泣き出した。最初のうちこそ励ましていたアーロだったが、だんだん面倒になってきてしまって、今は気にせず雑草抜きを続けている。
「俺には六年は長く感じるけどな」
「それはお前がまだ若いからそう思うんだ。歳とってくるとな、だんだん一年の長さが短く感じるようになるんだよ」
アーロにはくさパパの言うことが信じられなかった。
「そんなにクッカを嫁にやるのが嫌なら、家業を継がせたらいいんじゃないですか? そうすれば、ずっと一緒にいられますよ。そうだ!婿でも迎えればいいんじゃないですか!」
「そんな勝手なこと俺が決められるわけないだろ…… クッカにはちゃんと自分で好きになった男と結婚してほしいんだ。家業のことを理由に男を選ばせたくない」
(いちいち面倒な…… あっちもダメ、こっちもダメでは、悩みが解決しないじゃないか……)
アーロは額の汗を拭いながら、「あぁ、そうですか」と投げやりな返事を返す。
ひとしきり娘の心配をしたくさパパは今度はアーロの顔をじっと見つめて何かを考えているようだった。
「今度はなんですか?」
「アーロは将来のことは考えているのか?」
今度はクッカのことではなくアーロのことまで心配になってきたらしい。自分の父親に心配などされた記憶がないアーロはくさパパに少し鬱陶しささえ感じた。初めて反抗期の子供の気持ちが分かった気がする。
「俺のことはほっといてくださいよ」
「うちにはいつまでいても構わないが、エテラマキの家には連絡してあるのか?」
「……」
していなかった。したいとも思わなかった。何か連絡を取ろうものなら、すぐに帰ってくるか、さっさとまた魔大陸に出発しろと怒鳴られる気がしてならないからだ。
アーロは父親とのいい思い出が一つもなかった。一緒に遊んだこともなければ、どこかに出かけた記憶もない。父親は常に忙しそうにしていて家にいないことが多かった。
アーロが父親に褒められた記憶と言えば、四歳で二体目の精霊トゥリチットゥと契約できた時と十二歳で勇者に選ばれた時の二回だけ。そのくせ怒鳴られた記憶だけは数えきれないほどあった。学園での成績のこと、精霊の成長が遅いこと、母親に心配をかけるななど、数えだしたらキリがない。
「あちらのご両親もお前のことを心配しているだろうに……」
「くさパパに俺の何が分かるんですか?」
「アーロのことは分からないさ。でも同じ親の気持ちなら分かる。俺なら息子から連絡がなかったら、死ぬほど寂しい」
アーロは鼻で笑った。
「うちの親はそういうタイプじゃないので安心してください」
「そうだろうか」
「そうですよ」
くさパパはアーロの顔をじっと見つめた。アーロは自分の心の中を見透かされているような居心地の悪さを感じて、くさパパに背を向けて雑草を抜いた。
「よし、決めた。アーロ、草取りは終わりだ。出かけるぞ」
「え? どこにですか?」
急に立ち上がったくさパパをアーロは汗を拭きながら見上げた。
「川だ。釣り竿を持って川に行こう。今晩の晩飯用にマスでも釣っておいて、エリサとクッカを驚かせるんだ。美味いものを食べたら嫁に行きたくなくなるかもしれない! 一石二鳥! 我ながらナイスアイディアだな」
「どこが一石二鳥なんです? クッカとエリサさんを喜ばせるだけなら、良いことは一つだけでは?」
ひげパパはクッカに似たいたずらっぽい笑顔で笑った。
「もう一つの良いことは、俺たちが楽しめることだ! 遊びにいくんだよ、アーロ。ほら、さっさとついて来い」
アーロは、なんだか少し込み上げてくるものがあったが、息を吐いて堪えた。そして前を歩くくさパパを追いかけた。
* * *
アーロは釣りをした事がない。なので、何も考えず釣り針だけがついた竿を振って川に入れてみた。
それを見たくさパパは吹き出したように笑った。
「アーロ、餌を付けないと魚は釣れないぞ。こっちだ」
アーロはくさパパに手招きされた方へ近づく。
くさパパは、近くの落ち葉が沢山落ちている地面から落ち葉を除けて、その下の柔らかい土をスコップで掘り始めた。すると土の中からデカいミミズ出てきた。
「これを釣り針に刺すんだ」
「え!?」
「一匹だとデカいから半分にする」
くさパパはスコップでミミズをぷつんと半分に切った。ミミズは上半身と下半身に分かれて、両方ともウネウネと動いている。
「ほら、針に刺してみろ」
くさパパは半分になったミミズをさっさと自分の針に付けた。
アーロは地面をのたうち回っている残りのミミズを極力手で触らないように釣り針を押し当てたが、ミミズはウネウネと動いてなかなか針が刺さらない。
「アーロ、ミミズを持たないと刺さらないぞ」とくさパパは横でアドバイスする。
ミミズを触ることはちょっと——いやかなり抵抗感があった。
(こんな事…… 魔大陸では沢山魔物を狩ったじゃないか!)
アーロは自分を奮い立たせて一気にミミズを掴み、釣り針に刺した。刺している間もミミズはウネウネと暴れ、アーロはぐっと息を止めて顔をしかめながら釣り針を刺した。
「よし、よくできたな」
くさパパは笑顔でアーロの肩を叩いてくれた。アーロはくさパパに褒められた事が嬉しくて笑顔を返した。
「でも、これだけだとすぐに取れてしまうから、仕上げはやってやろう」
ミミズの針に刺さっていない尻尾の部分がくねくねの暴れているのをくさパパは容赦なく掴み、尻尾の部分も針に刺した。アーロはまた顔をしかめた。
やっと釣りを始められる。
まさか釣りをする前にこんな苦行があるとはアーロは思ってもみなかった。
そして釣り糸を垂らしている時間はただただ暇だった。
「早く釣るためのコツとかないんですか?」
「心を無にすることだ。『早く釣れないかなぁ』って思っている内は釣れない」
(うさんくせぇ)
くさパパは竿を川辺りの岩に引っ掛けて居眠りを始めた。
(絶対くさパパより先に釣ってやる)
アーロは真剣に川面に見える魚影を見つめ続ける。明らかに自分の餌の近くに魚がいるのに、なかなか魚は食いついてこない。
(なぜ?)
「よし、きた!!」
先にかかったのはくさパパの方だった。釣り糸の先には立派なマスがかかっていた。水しぶきをあげながら、くさパパはマスを陸へと引き上げる。川べりを跳ねて暴れるマスにくさパパはその辺の石を拾い上げてマスの頭を叩いた。マスはぐったりとして動かなくなった。
「なんか残酷!」
思わずアーロは思ったことを言ってしまった。
「こうしないとバケツに入れても跳ねて逃げてしまうからな」
くさパパは釣り針を外したマスをバケツに放り込んだ。
「どうしてそんなに早く釣れるんですか?」
「だからさっきも言っただろ? 『早く釣れないかなぁ』って思ってるうちは釣れないんだ。あと、魚影は見るな」
「なぜです?」
「お前に魚が見えてるってことは、魚にもお前が見えているってことだ。わざわざ自分から釣られにいく魚なんかいないのさ。水面が光で反射しているところとか、木陰を狙って糸を垂らせ。そこなら魚影は見えないからバレないぞ」
「それを先に言ってくださいよ」
アーロは文句を言いながら釣り糸を垂らす位置を少し変えた。くさパパは豪快に笑う。
「俺よりお前の方が先に釣ってしまったらつまらんからな!」
くさパパの言う通りに魚影を見ずに心を鎮めると、十分ほどでアーロの竿にもあたりが来た。アーロも無事にマスを釣り上げることに成功した。
「やった! くさパパ、見てください!」
「いいから早く引き上げろ、逃げられるぞ」
アーロもくさパパがやったようにマスにとどめを刺してバケツにマスを入れた。
「よし、二匹もいれば今晩の分は十分だな。帰るぞ、アーロ」
「はい! ……あの、くさパパ」
「なんだ?」
「連れてきてくれてありがとうございました。……その、楽しかったです」
アーロは照れ臭かったが、感謝の気持ちを素直にくさパパに伝えた。
くさパパはニカッと笑ってから急に真剣な顔になった。
「アーロ、ここからが一番大切なことだからよく覚えておけ」
「はい!」
「魚は釣ってお終いじゃない。持って帰って、裁いて料理するところまでがセットなんだ」
「はい?」
アーロはくさパパの言いたいことが分からず、首を傾げる。
「要するに、釣ってきたぞ!ってそのまま嫁に渡すなってことだ。魚を捌くのは結構面倒だからな。すぐに食べられる状態にまでしておくのがいつまでも嫁に愛される秘訣だぞ」
「おお! 勉強になります! くさパパ!」
家に帰るとくさパパは、素早くマスを捌いたり、料理をしたり、最後までかっこよかった。アーロはくさパパに尊敬のまなざしを向けた。
夕方になって帰ってきたエリサはくさパパが用意した料理に感動して、今朝のようにくさパパにキスをした。
アーロがまたクッカの目を隠すはめになったのは言うまでもない。




