第50話 クッカは楽しみなことがあると眠れなくなるタイプ
「ちょっと、クッカ大丈夫?」
クッカは目の下に濃いクマを作っていた。ラインがそれに気が付き、クッカの顔を覗き込む。
「初めてのダンジョンが楽しみ過ぎて…… 昨日の夜、眠れなかった」
クッカの返事を聞いたプウは豪快に笑い、アーロはやれやれと自分の額を押さえている。
「だから昨日早く風呂入って布団に入れって言っただろ? 遅くまで本を読んでいるから、そういうことになるんだ」
「ごめんなさい、お母さん」
「誰がお母さんじゃい」
アーロがクッカの頭にチョップをいれた。
「よし、リーダー。今日の任務の指示を頼むよ」
ヘンリクは一人だけストレッチして準備万端だ。プウの指示を催促する。「ふざけてないでさっさと行こう」とでも言いたいのかもしれない。
「失礼しました。じゃあ、今日の隊列から」
プウはテキパキと指示を出した。前衛がプウとアーロ、中堅がヘンリクとライン、最後尾がクッカとういう並びだ。
クッカは最後尾でパーティの後方を守る大事な立ち位置に選ばれたことに跳ねて喜んだが、すぐにアーロがキヴィを出してクッカの後ろに配置したのでクッカはがっくりと肩を落とした。
クルホの縦穴ダンジョンは街の外から眺めた時はただの大穴だったが、近くで見ると植木鉢のような形をしているようだ。大穴の外周に螺旋階段がついていて、そこから少しずつ下に下がっていく作りになっている。
外からの日の光が大穴から差し込んではいるが、ダンジョンの中は薄暗く、じめじめしていてかび臭い。日が当たらないところは肌寒さを感じた。
先頭を歩くアーロは光る魔石の入ったランタンを持ち、ヘンリクは杖の先を光らせて歩く。
クッカもヘンリクの真似をしようとしたが、指先から豆粒一つ分の光しか出せず、すぐに使うのを止めた。なかなかにコツのいる魔法のようだ。
「今日は三十階層まで一気に降ります。そこに九十階層まで飛べる転移魔方陣がありますので、今日はそこまで進む予定です」
プウがヘンリクに今日の予定を説明し、ヘンリクは頷いた。
階段を下りているとクッカは大穴とは反対側の壁に通路があるのを見つけた。ちょっとだけ覗いていると隊列から遅れをとって、すぐにヘンリクに怒られた。
「クッカ、隊列を乱すな。お前の行動がパーティの命につながっていると考えろ」
「ごめんなさい……」
今日のヘンリクは緊張感がある。それだけダンジョンは危険な場所なのであろう。
クッカが落ち込んでしまったので、クッカの懐からヘルミが出てきてクッカのほっぺに自分のふわふわボディを擦りつけた。
「気になるわよね。気持ちは分かるわ」
ラインがクッカの横まで後退してきてくれた。二人で横並びになり、一緒に階段を下っていく。
「この辺の横道はもうすべて先輩たちが探索済みなの。私たちの目的はボス部屋を見つけることだから、今日は今見つかっている最下層まで降りるのよ」
ラインがクッカににっこりと微笑んでくれたので、クッカは気持ちを切り替えた。
キィィ!!
甲高い鳴き声が聞こえた。
大穴から大きな蝙蝠が数体こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「モングバットだ!!」
全員が武器を抜いて、モングバットと相対した。
* * *
その後も何回か戦闘に発展することがあったが、特に誰かが怪我をすることもなく、目的の三十階層まで到着した。
三十階層の横道に入ると中は円形の大きな広場のようになっていた。所々黒ずんだシミがあったり、壁が崩れたりしている。
クッカの視線で気が付いたのか、ラインがこの階層の説明をしてくれた。
「ここには以前はボスがいたのよ。ヴオリ王国で討伐したけど、何人か犠牲者も出たわ」
「そうなんですね……」
クッカはその場に膝をつき、死者の冥福を祈った。アーロもクッカの隣に跪き、黙とうした。
「今日はここでキャンプする。役割分担は」
「プウ隊長! 私、火と水が出せます!」
プウが指示する前に、クッカが食い気味に、ついでにどや顔で答えた。
「よし、じゃあ火起こしはクッカに任せる。残りでテントの設営を終わらせてしまおう」
プウの指示で各々の仕事に取り掛かった。
クッカは腰に下げたマジックバックから、焚火用の木材を取り出して、そこに魔法で火をつけた。じめじめして陰鬱な雰囲気の場所だが、火をおこすと火の明るさと温かさで少しだけ心が落ち着いた。
しばらくすると、テントの設営が完了したメンバーが焚火に集まってきて、各々腰を下ろして座った。
ヘンリクが風曲の二人に引退後、何をするつもりなのかを聞いて会話していたが、クッカには大人の話はつまらなくなってしまって、アーロをつついた。
「ん? どうした?」
「なんかして遊ぼ」
「いいよ。なにする?」
「ちょっとこの部屋探検してみようよ」
二人の会話が聞こえていたのかプウがOKを出した。
「この部屋だけなら、自由にしてていいぞ」
「見えるところにいてね」
ラインの補足もしっかり聞いて、クッカとアーロは頷いた。
クッカとアーロは二人で壁沿いに歩いた。ヘルミがクッカの懐から飛び出し、少し前をトットコと走る。
壁は石を積んで作った壁になっていて、石の大きさや形は不揃いだ。
「ねえねえアーロ。ダンジョンって誰が作ったの?」
「うーーん、諸説あるけど、昔魔大陸に住んでいた人たちが作ったってことになってるかな? でも、確かなことは誰にもわかってないんだ」
「へえ。じゃあアーロはこの部屋は何に使われていた部屋だと思う?」
「そうだなぁ…… あそこにステージっぽいところがあるから、何か発表するのに使っていた部屋なんじゃないかな。ほら、あそこ」
アーロの指さしたところは、確かに他の場所より一段高くなっていた。
クッカは走ってステージに跳び乗った。
「はいはーい! 一曲歌います!」
「おい、クッカ!」
流石にダンジョンで歌は不味いだろと思ったアーロは止めに入ろうとしたが、後ろで焚き火に当たっていた大人たちは拍手をしてクッカの提案を歓迎した。
アーロは他のメンバーが反対しないならいいかと思い直し、ステージの前に腰を下ろした。
クッカが歌った歌は歌詞のないヴォカリーズだった。短調の曲で悲しい雰囲気の曲であった。
アーロはこの曲を知らなかったが、もしかしたらクッカはここで犠牲になった勇者や聖女に向けて歌っているのかもしれないと感じた。
——ゴゴゴゴゴ
「な、なに!?」
驚きの声を上げたクッカの後ろで、壁がグラグラと揺れながら横にスライドした。




