第42話 五歳のアーロ
アーロの兄と姉は、アーロの物心ついたころからアーロを毛嫌いしていた。
兄と姉は精霊術の練習に付き合うという名目で、よくアーロを呼び出した。そしてアーロには難しい無理難題を吹っかけては、アーロに暴力をふるったり暴言を浴びせた。
今日、兄と姉がアーロに出した課題は10m先の大岩に精霊術を放つというものだった。
アーロの精霊は小さなキヴィとトゥリチットゥだけ。
「……いけ、キヴィ」
アーロは震える手でキヴィに命じた。
キヴィは空中に小石を出すと、的めがけて小石を打ち出した。しかし、キヴィの小石は3m程飛ぶと地面に落ちてしまった。
10mも先の目標に攻撃するなど、到底出来っこないのだ。
「そんな事も出来ないのか…… お前が同じエテラマキだと思うと反吐が出る」
兄のヴィエノに背中を蹴られて、顔から躓く。アーロが転んだ先には昨日降った雨で水たまりができていた。
頭から泥水を被って、口の中にまで泥の味が広がった。
姉のアイラもヴィエノに同調するように、ヴィエノの横でアーロをあざ笑った。
「あはは! きったなーーい!」
アーロは泥水から顔を上げて、兄と姉を睨んだ。
「なんだ、その顔は」
ヴィエノもアイラもアーロの反抗的な態度を決して許しはしなかった。
「トゥリパロ、やれ」
ヴィエノの横に大きな黒いトカゲの精霊が姿を現した。危険を察知したアーロはすぐに立ち上がって逃げ出したが、無駄な抵抗であった。トゥリパロは逃げるアーロに向かって口から火を吐いた。トゥリパロの炎はあっという間にアーロに追いついて、炎はアーロの服に引火した。
「ぎゃあ!!!」
アーロは地面に転がりながら火のついた服を脱いだ。急いで脱いだが、間に合わずに足をやけどしてしまった。
「イルティ、捕まえて」
次はアイラが自分の精霊をけしかけてきた。頭から葉っぱの生えた緑の女の姿をした精霊は手から植物のツタを出して、裸のアーロを縛り上げた。イルティはニコニコしながら、近くの大きな木にアーロを吊るした。
「いやだ!!! おろして!!!」
アーロは足をバタバタさせて、抵抗したが、イルティのツタは切れなかった。
「ほら、アーロ。さっきよりだいぶん近くなったぞ。ここからなら本気を出せば届くだろ?」
「いやだ!!! もうやりたくない!!! おろして!!!」
「トゥリパロ、足を炙ってやれ」
「ぎゃあああ!!!」
「ほら、早くしろ。足が燃えてなくなるぞ」
トゥリパロの炎が止んでもアーロは痛みで涙が流れた。
「このままじゃできないから、やけどは直してあげる」
アイラのイルティがアーロのやけどを撫でるとやけどが治って、足には傷一つ無くなった。
「早くやれ、アーロ! せっかく練習に付き合ってやってるんだぞ!」
ヴィエノに怒鳴られ、アーロは泣きながらキヴィに命じたがキヴィの石は的には届かなかった。
「ほんと役立たず。じゃあ罰ゲームね」
アイラはアーロが脱ぎ捨てた服を汚いものをさわるようにつまみ、水たまりの中に捨てた。
「夕飯までには戻っておいでね。お父様が心配するから。じゃあねぇ」
ヴィエノとアイラは笑いながら帰って行った。
アーロは木に吊るされたまま放置された。アーロは悔しさと恥かしさで涙が止まらなかった。唇を自分で強く噛んだせいで、口から血が流れた。
イルティのツタはトゥリチットゥが燃やして切ってくれたが、アーロは地面に着地できず、強くたたきつけられた。
泣きながら、泥だらけの服を広い、冷たく気持ちが悪いその服を着て家まで帰った。
母のイラには、泥だらけで帰ったことを怒られた。どうしてこんなに泥だらけなのか聞かれたが、アーロは決して兄と姉のことを母には話さなかった。仕返しされるのが怖かったんじゃない。兄と姉に負けを認めるようで嫌だったのだ。
――いつか、必ず復讐してやる。
幼い日のアーロは、人知れず心にそう刻み込んだのだった。
* * *
アーロはずっと兄と姉を見返すことだけを目標に生きていたことを思い出した。
『やっと、思い出したのかい?』
トゥリチットゥは姿に似合わない低い声で、アーロに問いかけた。
『最近のアーロはおかしかった。復讐を忘れてしまったのかと思ったよ』
実際、忘れていた。クッカと過ごす毎日は兄と姉のことを考えられないくらい充実していたからだ。
アーロはクッカとの思い出を走馬灯のように思い浮かべた。
初めて出会った日に喧嘩をしてしまったこと。
一緒に王宮で任命式に出たこと。
初めての船旅。クッカのほっぺ。抱きしめた時のぬくもり。クッカと一緒に笑いあった日々。クッカといると初めて心の底から笑えた気がした。
クッカと過ごした全ての時間がアーロにとって、今まで生きてきたどんな時間よりもかけがえのない思い出だった。
『復讐はもう、どうでもいい』
『ほう……』
アーロの返事にトゥリチットゥは驚きの声を上げた。
『あんなに恨んでいたのにか?』
『そうだ。俺には復讐することより、クッカのことの方がずっとずっと大事だ。俺が欲しいのは復讐するための力じゃない。クッカを守る力だ』
『『その強き想い、承知した』』
キヴィとトゥリチットゥの声が重なり、2匹が強い光を放った。アーロは目を開けていることができずに瞑った。
目を開けると、そこには大きく成長したキヴィとトゥリチットゥの姿があった。2体とも神々しい金色の光を放ちながら、アーロの前に頭を垂れていた。
「二人とも、俺に力を貸してくれるか?」
キヴィとトゥリチットゥはアーロの目をしっかりと見つめてから頷いた。




