第39話 クッカはキンチャのお嫁さん
クッカはキンチャと町の入口の近くで野草を摘んで花輪を作っていた。
クッカがキンチャの分を作り、キンチャがクッカの分を作る。キンチャは手先が器用なのか、美しく出来の良い花輪をクッカの頭の上に乗せ、クッカは何とか輪っかの形を保っている花輪をキンチャの頭に乗せた。
そこにやっとクースィの町が見える距離まで辿り着いたアーロが、クッカを見つけて一目散に走ってきた。
「クッカ!!」
「あ! アーロだ! おーーい!」
アーロに気がついたクッカはぴょんぴょんと飛び上がりながらアーロに手を振った。
アーロに遅れてヘンリクとレヘテアも森から出てきたので、クッカはほっと胸を撫で下ろした。どうやら皆無事のようだ。
クッカのもとまで辿り着いたアーロは膝をついてクッカをぎゅっと抱きしめた。そしてクッカの襟を開いて肩の怪我を確認した。
「クッカ! 怪我はどうした!?」
クッカは回復魔法で治したと説明しようとしたが、血相を変えたキンチャがクッカとアーロの間に割って入って、素早くクッカの襟を直した。そしてアーロに殴りかかった。
「ちょ、ちょっと! キンチャ、どうしたの!?」
クッカは慌てた。アーロはというと不意を突かれたがキンチャの拳を手で受け止め、キンチャを地面に押さえつけた。
「この子だれ?」
アーロはキンチャの背中に乗り、両腕を背中に回して太ももで極めた。キンチャは痛みなのか怒りなのか牙を剥き出している。いつもの優しいキンチャからは想像も出来ないような凶暴な顔をしていた。
「アーロ、やめてよ! キンチャは私の友達だよ!」
アーロはクッカの『友達』という言葉に眉をひそめた。
クッカはアーロを押し退けて、キンチャを助け出す。キンチャは立ち上がると素早く拳を構えて臨戦態勢だ。
「お前、何者だ! クッカは僕のお嫁さんなんだから触るな!」
————ん?????
クッカの頭の中には大量のクエッションマークが浮かんでいた。
アーロは立ち上がり、拳を構えるちびっこキンチャを見下ろした。
「……クッカ、どういうこと? この子とクッカはいつの間に結婚したの?」
アーロの声は怒気を含み、冷たい目でキンチャを睨んでいる。
「いやぁ、私にも何のことだか……」
「え! クッカ、昨日約束したじゃないか!」
キンチャは尻尾の毛を逆立てて驚いている。
クッカは腕を組んで考えた。昨日した約束と言えば『尻尾を触る約束』しかないが——
ヘンリクとレヘテアもただならぬ様子を見て、駆け寄ってきた。
「クッカ、まさかとは思うけど、この少年と『尻尾を触る約束』などしていないだろうね……?」
駆け寄ってきたヘンリクは聞いた。
「え? なんで分かったのです、先生? 昨日、キンチャの尻尾を触らせてもらう約束をしましたが……」
ヘンリクはヒュッと息を飲んだ。顔から血の気が引いていた。
「ちょっとこっちに来なさい、クッカ」
ヘンリクはクッカを手招きする。ヘンリクから、チリチリと冷気が出ているのを見て、クッカの顔からも血の気が引いた。
(ヤバい…… 先生に怒られるやつだ……)
クッカはヘンリクに怒られることを想像し、ぷるぷると震えながらヘンリクに近寄ろうとする——が、キンチャがクッカの手を掴んだ。
「あぁ、大丈夫だよ、キンチャくん。私はクッカの保護者で師匠だ。君の大事なお嫁さんを傷つけたりはしないから、ちょっと借りていってもいいかな?」
ヘンリクが笑顔でそう言うと、キンチャは渋々クッカの手を離した。
クッカは涙目になりながら、ヘンリクと森まで移動した。
「どうして、獣人の子供と『尻尾を触る約束』をしたのか……説明してもらおうか……クッカ」
ヘンリクからは相変わらず冷気が漏れていた。
クッカはモスベアに捕まり、死にそうだった所をオウニとキンチャに助けられた事。二人にクースィまで連れてこられて保護されていた事。キンチャと仲良くなって『尻尾を触る約束』をした経緯をヘンリクに話して聞かせた。
ヘンリクはため息を吐く。
「クッカ…… 『尻尾を触らせろ』っていうのは、獣人にとってのプロポーズなんだ」
「えぇぇ!!!」
(だからキンチャは恥ずかしがっていたのか……)
「だから『尻尾を触る約束』は婚約を意味する…… クッカは五歳にして婚約者ができたんだな。おめでとう」
ヘンリクは全然御目出度いと思っていない顔で頭に手を当てた。
「私……そんな事とは知らなくて……」
「確認のために聞くが、クッカはキンチャと結婚する気はあるのか?」
クッカは首をぶんぶんと横に振った。
「私は大きくなったらひげパパと結婚するの」
それを聞いたヘンリクはまた頭を抱えた。
「とにかく、キンチャやオウニ達に謝ろう…… 許してくれるか分からないけど……」
* * *
「という訳なんだ…… 許してくれ! オウニ!」
クッカとヘンリクはキンチャとその両親の前で土下座していた。
オウニとネリは顔を見合わせて笑い、キンチャはオウニの足にまとわりついてぐすんぐすんと泣いていた。
「ヘンリク、クッカ。頭を上げてくれ。俺たちもそんな事だろうとは思っていたんだ。キンチャだけ本気にしてたみたいだけどな」
オウニとネリが怒っていないのを見て、ヘンリクはほっと息を吐いた。
「ほら、クッカもキンチャに謝りなさい」
ヘンリクは未だに床に頭を擦り付けているクッカの頭を撫でた。
「キンチャ! ごめんなさい!」
クッカが謝るのを聞いてキンチャはより一層涙を流した。
キンチャはしくしくと泣きながら、クッカの前にぺたんと座った。
「クッカは僕のこと好きじゃないの……?」
「すきだよ!」
クッカはガバっと顔を上げた。
「じゃあ、どうして結婚してくれないの?」
「私、ひげパパと結婚する約束をしてるから……」
ひげパパというのはパルタの事であることをヘンリクがオウニとネリに説明すると二人は腹を抱えて笑っていた。
「クッカ、父親とは結婚できないんだよ?」
「えぇ!! ひげパパはそんな事教えてくれなかったけど……」
「ひげパパと結婚出来なかったら、僕のお嫁さんになってくれる? 大きくなったら、僕のこと真剣に考えてくれる?」
キンチャは自分の体に尻尾を巻き付けながら聞いた。
「大きくなっても、私はひげパパの事が好きだと思うけど…… 分かった。大きくなったら、キンチャと結婚するか、もう一回考えるよ」
クッカがそう言うとキンチャは尻尾をぶんぶん振ってクッカに抱きついた。
「約束だよ! 絶対だからね!」
キンチャはクッカのぷにぷにほっぺにチュッと短くキスをしてにこにこ笑った。




