第38話 猫耳獣人のキンチャ
「どこだ、ここ……」
クッカが目を覚ました事に気がついたヘルミがクッカのほっぺをペロペロと舐めて喜んだ。
どうやらどこかの部屋の中のようだ。見慣れない天井に、見慣れないベッド。よく見ると着ている服まで変えられていた。どこの国の服か分からないが前合わせない服で腰には柔らかい帯が巻かれている。ヴオリ王国の服でないことは確かだった。モスベアに噛まれた肩は回復魔法のおかげか傷跡一つ残っていなかった。
「あら、目が覚めたの?」
部屋に入ってきたのはクリーム色の髪に同じ色の猫耳、尻尾まである女性だった。クッカと同じ前合わせの服にゆったりとしたズボンを履いている。手には鍋と茶碗と匙が乗った盆を持っている。
「あの…… ここはどこですか?」
女性は猫耳をパタパタと動かしながらクッカに微笑んだ。
「ここは、私たち家族が拠点に使っている宿の一室。私の名前はネリよ」
ネリはクッカのベッドの前にある椅子に腰掛け、盆をベッドの脇にあった机に置いた。
「ネリさん…… 助けていただき、ありがとうございます」
「助けたのは私ではなく、夫のオウニと息子のキンチャよ。私は夫が連れて来たあなたを身綺麗にしただけ。お粥作ったのだけど、食べられる?」
「……いただきます」
ネリがクッカに振る舞ったのは出汁がきいた卵粥だった。クッカは匙を使って少しずつお粥を食べた。
「美味しい……」
疲れた体に染みる味だった。
「良かったわ。口に合うか心配だったのよ」
クッカとネリはお互いに質問をしながら話をした。
ネリの話によると、ネリは一家で魔大陸に出稼ぎに来ているペイン共和国の冒険者らしい。
クッカが今いるのはクッカ達が目的地としていたクースィの町の宿屋とのことだった。
なぜクッカがネリの一家に助けられたかと言うと、たまたまネリの夫にモスベアの苔を採集する依頼が入って、モスベアを探していたらクッカを見つけた——ということらしい。
「クッカはその歳で聖女をしているのね! すごいじゃないの! ご両親も勇者と聖女だったりするの?」
「父が勇者だったらしいです。名をパルタといいます」
クッカはやっと最近ひげパパの名前を覚えていた。
「まぁ! あなた、パルタの娘なの!? パルタは私たち夫婦の友人なのよ」
世の中が狭いのか、パルタの顔が広いのか分からないが、魔大陸には随分とパルタの知り合いが多いようだ。
「え! そうなのですか! じゃあヘンリク先生の事も知っていますか? 私のお師匠様で、一緒に魔大陸まで来てくれているのです」
「知ってるも何も、ヘンリクも私たちの友人よ!」
ふとここでクッカはヘンリクたちのことが気になった。
「そうだ…… 先生たち、私の事を探しているかも……」
「たぶん、数日後にはヘンリクもここにたどり着くから安心なさいな。あの人も勇者歴が長いから、そのくらいは予想できるはずだわ。私がヴオリの町役場にあなたを預かっている事を伝えておいてあげるから、あなたはそれまでここに泊まっていいからね」
ネリは優しく微笑んでクッカの頭を撫でた。クッカはネリを見ていると実家のエリサを思い出して、心がほっと落ち着くのを感じた。
「あぁ! 起きてる!!」
部屋の入口から、赤毛の男の子が顔だけ出して部屋を覗いていた。頭にはネリと同じように猫耳が生えていて、ピコピコと動いている。
男の子はそそくさと部屋に入って来てネリの隣に座った。見た感じ、クッカと同じくらいの年頃の子供に見えた。
「フェアリーラビットはどうやって捕まえたの?」
男の子はクッカとヘルミに興味津々といった様子で尻尾を振った。
「キンチャ、質問する前に先ずは挨拶が先でしょ?」
ネリは息子のキンチャを嗜めた。キンチャは母に注意され、気まずそうに耳を下げた。
「ごめん…… 僕はキンチャだよ、はじめまして。お名前を教えて?」
シュンとしょげた様子のキンチャが可愛くてクッカは息を飲んだ。
(なんだ、この可愛い生き物は……)
ヘルミはクッカの膝の上にでキンチャに牙を剥いている。
「私はクッカだよ。仲良くしてね」
クッカが握手を求めて手を出すと、キンチャは尻尾を振りながら握手をしてくれた。
(可愛い……)
クッカとキンチャはすぐに仲良くなった。年もキンチャが一つ年上なだけで、クッカは仲間たちを待つ数日はずっとキンチャと一緒に遊んで過ごした。
* * *
クースィの宿屋の前には大きな厩舎があり、多種多様な騎獣が繋がれていた。騎獣とは馬のように乗ることができる生き物の事であるらしい。キンチャの家族も騎獣を一体飼っていて、ダンダンという名前の虎似た生き物だった。
ダンダンの世話はキンチャの仕事らしく、厩舎の掃除や餌やりの為にキンチャは早起きして世話をしていた。クッカもお世話になっているので率先して手伝いをした。
「そっか、ダンダンがいたからキンチャとオウニさんはこんなに早く私を町まで連れて来られたんだね」
「そうだよ。クッカは騎獣は飼ってないの?」
「うん。飼ってない」
「騎獣がいないと不便じゃない? クッカも飼った方がいいよ」
キンチャはダンダンのブラッシングをしながら言った。ダンダンは気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
——確かに、騎獣がいた方が移動の時間が短縮出来て仕事の効率が上がりそうだ。今回みたいにレヘテアを連れていても、騎獣がいればレヘテアが戦闘から離脱しやすいだろう。
「先生がこっちに来たら相談してみる」
「うん!」
キンチャは自分の提案を受け入れてもらえたのが嬉しいのか、尻尾をぶんぶんと振った。
(尻尾、かわいい……)
クッカはキンチャのふわふわ揺れる尻尾を見ると無性に触りたくなってしまって手をにぎにぎした。
「ねぇねぇ、キンチャ。キンチャの尻尾触ってみてもいい?」
「え!」
キンチャの顔が見る見るうちに赤くなった。
「だめ!」
キンチャは両手で顔を隠してしまった。
「えぇ~、触りたいな」
「だめ!」
「どうしても?」
キンチャは指の隙間からクッカを見た。
「だって、僕たちまだ子供でしょ?」
(どういうことだ……)
クッカには何のことだかさっぱりだ。
「大きくなったら触らせてくれるってこと?」
キンチャは尻尾を振っている。
「……うん。クッカがいいなら……」
——それにしても、成長しないと触らせてくれないとは、なかなかにケチくさい。まぁでも触らせてくれると言うのだから、ここは一つ念を押しておこう。
「分かった! じゃあ約束だよ!」
「うん…… 約束」
クッカとキンチャは指切りげんまんをした。
キンチャはその日のうちにオウニとネリに『尻尾を触る約束』をしたことを報告した。オウニとネリは大層喜び、その日の夕飯はネリが赤飯を炊いてくれた。
クッカは——ピンクのご飯、もちもちでうま!——としか思っていなかった。
事の重大さに気がついたのは、アーロやヘンリク、レヘテアが町に着いてからであった。




