第37話 クッカ! 絶対絶命!
モスベアがクッカを連れて行ったのは、高い崖にあいた岩穴だった。そこにはモスベアの子グマが三匹いた。
モスベアは岩穴にクッカを放った。すぐに子グマがクッカに集まってくる。クッカは出血と痛みで意識が朦朧として動けない。
シャー!!
クッカの懐からヘルミが出て来て、子グマたちに威嚇した。
親グマのモスベアは子グマに狩りの練習でもさせたいのか、穴を覗いているだけで何もしてこない。
子グマたちの注意はすっかりヘルミに移ったようで、ヘルミは岩穴の中をちょこまかと走り回り時間稼ぎをしてくれている。
(今のうちに回復しなきゃ……)
クッカは途絶えてしまいそうな意識の中で、魔力を込めた息をゆっくりと吐き出していく。肩についた痛々しい噛み跡が少しずつ癒えていく。子グマに食べさせる為か、肩を食いちぎられなかったのが唯一の救いだろう。流石に肩がなくなってしまっていたら、クッカの命は途絶えていた筈だからだ。
強い眠気が襲ってくる。回復魔法の弊害は強い眠気を伴うことだろう。
いつまでヘルミが子グマたちの気を引いていられるか分からないし、いつ親グマの気が変わって岩穴に入って来るか分からない。
クッカは絶対絶命の状態であった。
パシュ!
グァァァァァァァァ!!
岩穴の外から親グマの唸り声が聞こえた。誰かがモスベアと戦っているようだった。
ぼやけた視界の中に目立つオレンジ色に近い赤毛と揺れ動く猫の尻尾のようなものが見えた気がした。
程なくモスベアが地面に倒れる大きな音がした。
親グマを倒したその人物の陰から、同じようなオレンジ色の髪色の小さな子供が出てきた。その子供は岩穴に入ると手際良く子グマたちを狩っていく。
「父上! フェアリーラビットと女の子がいます!」
子供がクッカに近づこうとしたが、ヘルミが間に立ちはだかり、牙を剥いて威嚇している。
「……ヘルミ、シャーだめ……」
クッカが力なくそう言うと、ヘルミはクッカの懐に潜り込みクッカの顔をペロペロと舐めた。
「すごい! フェアリーラビットが人に懐いているの初めて見たよ」
赤毛の子供はゆっくりクッカに近づき、クッカの顔を覗き込んだ。その子の頭には猫のようなぴょこぴょこ動く耳がついていた。オレンジ色の瞳が食い入るようにクッカを見つめていた。
(猫耳……)
クッカはそこで意識を手放した。
* * *
「アーロ! レヘテアを連れて離れなさい! 一気に仕留める!」
アーロはクッカが連れ去られてしまったことに気が動転していたが、何とかレヘテアの手を取り二体のモスベアの間をすり抜けて距離を取った。
アーロとレヘテアが離れたの見計らって、ヘンリクはすぐに呪文を唱えた。ヘンリクを中心に一瞬で地面が凍りつき、モスベア二体も見る見るうちに凍ってしまった。動かなくなったモスベアをヘンリクが杖で叩くとモスベアは崩れ落ち、魔石と氷漬けのモスベアの欠片が辺りに散らばった。
ヘンリクだけなら、モスベアに後れを取ることなどないのであろう。アーロは自分の未熟さを嘆いた。
「さぁ、クッカを探そう。そんなに遠くはない筈だ」
三人はクッカの残した血痕を辿ってクッカを探した。レヘテアは震える両手を自分の胸の前で握りしめていた。
アーロは誰よりも急いで走った。クッカを守ると誓ったのに、守れなかった自分がただただ腹立たしくて仕方がなかった。
しばらく走ると高い崖にぽっかりと穴があいている場所を見つけた。血痕はその岩穴へと続いていた。
岩穴の前には、さっきクッカを連れ去った個体と思われるモスベアの死体が転がっていた。背中に生えた苔だけ綺麗に回収されているようだった。
「クッカ!!」
アーロは岩穴を覗き込んだが、そこにクッカの姿はなかった。あったのは子グマの死体が三体倒れているだけだった。
「クッカぁぁ!!」
アーロは涙を流しながら、森に向かって何度もクッカの名前を呼んだが誰かから返事が返ってくることはなく、アーロ声が虚しく響くだけであった。
ヘンリクは泣き叫ぶアーロを抱きしめた。
「アーロ、しっかりしろ。この様子だとクッカは他のバディか冒険者に助けられたんだろう。目的地のクースィに向かおう。恐らくクッカもそこに向かう筈だ」
ヘンリクは悔しさを顔に滲ませながらそう言った。
アーロは袖で自分の涙をごしごしと拭き、力なく頷く事しか出来なかった。




