第95話 ぎりぎりの選択
多国間加盟の審査は、想定より慎重に進んでいた。
加盟国の一つひとつが、王国の実情を確認し、意見を交わし、承認の手続きを踏む。制度として正しい手順であることは、アレン自身が誰よりも理解していた。
だが、その正しさが、今は重くのしかかっていた。
緊急融資枠の返答は、遅れていた。
審査の慎重さは理解できる。だが、王国の国庫は、待ってくれなかった。
「残り、十二日分です」
財務官の声が、震えていた。
「食料の備蓄も、越冬用の燃料も、このままでは足りません」
アレンは数字を見つめた。多国間の枠組みを選んだ結果、支援は確実に安定するはずだった。だが、確実さと速さは、両立しなかった。
「ヴェルナー殿の申し出を、今からでも受けるべきでは」
若い戦後処理官が、震える声で言った。誰もが、口には出さなかったが、同じ考えがよぎっていたはずだ。
「いいえ」
アレンは静かに首を振った。
「今からそれを選べば、この十日間の選択そのものが、意味を失います」
「では、どうするんですか」
アレンは机に広げた地図と帳簿を、もう一度見渡した。
削るべき場所を探した。だが、既に削れる無駄は、この国にはほとんど残っていなかった。
残された道は、一つだけだった。
翌日、王都の広場に、住民が集められた。
演台に立ったのは、アレンとリアーヌ、そしてベルナールだった。三人が並ぶ姿に、広場がざわめく。
「隠さずお伝えします」
アレンの声が、静かに響いた。
「この国の国庫は、あと十二日で尽きます。多国間の支援は決定していますが、実際に資金が届くまでには、さらに時間がかかります」
悲鳴に似たどよめきが起きた。
「選択肢は、二つです」
アレンは続けた。
「一つ、越冬用の燃料配給を三割減らし、その分を食料の確保に回す。寒さは厳しくなりますが、餓える者は減らせます。もう一つ、燃料は維持し、食料配給を減らす。凍える者は減りますが、飢える者が増えます」
「そんなことを、我々に決めさせるのか」
誰かが叫んだ。
「はい」
アレンは目を逸らさなかった。
「どちらを選んでも、犠牲は出ます。それを隠したまま、私たちだけで決めることはできません。あなたたちの冬です。あなたたちに、選んでいただきます」
広場から、声が消えた。
人々の間から、戸惑いと、怒りと、そして戸惑いに近い沈黙が、入り混じって漏れていた。誰もが、これほど重い問いを直接手渡されることに慣れていなかった。
老婆の一人が、震える声で言った。
「……今までは、誰かが勝手に決めていた。それで、いつも私たちが泣かされてきた」
「はい」
「それを、今度は自分たちで選べと」
「はい」
アレンは繰り返した。逃げも、飾りもしない答えだった。
ベルナールが一歩前に出た。
「かつて、この国は全てを裏で決め、結果だけを民に押しつけてきた。……今、目の前にいる男は、それをしないと言っている。私は、それを支持する」
老いた宰相の言葉に、広場の空気がわずかに動いた。
リアーヌも静かに頷いた。
「私も、この選び方を支持します」
沈黙のあと、ぽつりぽつりと、声が上がり始めた。
戦後処理官は知っている。
答えを隠さず差し出すことは、時に、最も勇気のいる救済だということを。
本編75話の型を、続編でもう一度なぞる回になりました。




