第94話 王国の選択
二日目の夜、アレンは一晩かけて、答えを組み立てた。
エリオットの合理も、カタリーナの倫理も、正しい。だが、どちらか一方を選ぶことは、この国をどこかの誰かに委ねることと同義だった。二つの正しさの間に、第三の道はないか――机の上の地図と、機構の加盟国一覧を、何度も見比べた。
夜が明ける頃、ようやく一つの形が見えた。
三日目の朝、ヴェルナーが再び応接室に現れた。
「お答えを、伺いに来ました」
「関税自主権の委譲は、お断りします」
前置きなく、アレンは言った。ヴェルナーの眉が、わずかに動く。
「では、資金源は」
「機構の多国間条約への、正式加盟を提案します」
部屋の空気が、変わった。
「加盟国は現在十三。準加盟七。この国が正式加盟すれば、二国間の融資ではなく、加盟国全体の枠組みで復興資金を調達できます。返済も、単一国家への依存ではなく、多国間の分担になります」
「随分と、話が大きくなりましたね」
ヴェルナーは感情を見せない声で言った。
「一国との取引を、機構全体の問題にすり替えるつもりですか」
「すり替えではありません。この国の財政破綻は、一国の問題ではなく、機構が対処すべき戦後処理の範疇です。それを、正面から扱うだけです」
「加盟には審査があるはずです。時間がかかる」
「かかります。ですが、審査の間の緊急融資枠を、既存加盟国から募ることは可能です」
アレンは机の上に別の書類を置いた。ベルクから届いたばかりの、緊急融資の試算だった。
「アウストリア単独の支援より、条件は不利かもしれません。ですが、この国が誰か一国の意向に左右されない形を、選びたいのです」
ヴェルナーはしばらく黙って書類を見つめていた。
「……あなたらしい選択です」
やがて、そう呟いた。
「結構。ですが、覚えておいてください。多国間の枠組みは、時に一国の支援より遅く、頼りない。この国が、その遅さに耐えられるかどうかは、また別の問題です」
「承知しています」
ヴェルナーは席を立ち、部屋を出る前に振り返った。
「私の申し出は、いつでも撤回できます。あなたの選択が、破綻したときのために」
それだけ言い残し、去っていった。
リアーヌが詰めていた息を吐き出す。
「……大丈夫、なのでしょうか」
「分かりません」
アレンは正直に答えた。
「ですが、誰か一人の意向にこの国を委ねるより、いくつもの支えを分散させたほうが、長い目で見れば安定します。それが、今の私の判断です」
「もし、その判断が間違っていたら」
「そのときは、また別の道を探します」
リアーヌはしばらく黙っていた。それから、小さく息を吐く。
「……あなたと話していると、時々、怖くなります」
「私が、ですか」
「はい。間違う可能性を、少しも恐れていないように見えるので」
「恐れています」
アレンは静かに訂正した。
「ただ、恐れを理由に、選ぶことをやめないだけです」
窓の外、遠くの空に、暗い雲が近づいていた。
戦後処理官は知っている。
安全な選択と、正しい選択は、必ずしも同じ道の上にはないということを。
次話、財政危機がいよいよ山場を迎えます。




